デジタル化を迅速に進めていかなければならないことは、まぎれもない事実である。だが、デジタル化は変革のための手段のひとつに過ぎず、十分条件ではない。デジタル化そのものが、企業変革を成功に導くための道筋になるわけではない。では、どうすれば、企業は他社に勝る優位性を生み出すことができるのか。そのために必要な「企業変革の7つの必須要件」とは何か。『ビヨンド・デジタル』の著者のひとり、ポール・レインワンドに聞く。(聞き手/池内俊之【PwCコンサルティング合同会社】、構成/谷山宏典)
池内:『ビヨンド・デジタル』の日本語版が発刊されました。はじめに、『ビヨンド・デジタル』を執筆した背景を教えてください。
ポール・レインワンド(以下レインワンド):近年、飛躍的に進展したデジタル技術によって、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。さらに気候変動やコロナ禍、地政学的な問題などの影響も大きく受けています。そんな状況の中、企業を経営しているリーダーたちは、どこに投資をして、どのように変革を進めていくべきか、決断が求められています。
本書は、新しい時代の課題に直面しながらも企業変革を成し遂げたフィリップス、日立、コマツなど12社の実例研究をもとにしたものです。成功を収めた12社の事例は、世界中の経営リーダーたちが企業変革を実行していくための重要な知見や洞察をもたらしてくれるはずです。
池内:なぜ『ビヨンド・デジタル(Beyond Digital)』という書名をつけたのでしょうか。
レインワンド:多くの企業が自社の変革プログラムとして、DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいます。しかし、12社の研究から得られた興味深い教訓のひとつは、デジタル化そのものが企業変革を成功に導くための道筋になるわけではないということです。
デジタル化を迅速に進めていかなければならないことは、まぎれもない事実です。あらゆる業務のプロセスがデジタル化されることで、市場での競争力を維持することはできます。しかし、いまの時代においてリーダーが取り組まなければならないのは、競争力を保つことではなく、差別化を図り、優位性を獲得することです。D(デジタル化)は、X(トランスフォーメーション 変革)のための手段のひとつに過ぎず、十分条件ではないのです。
では、どうすれば、企業は他社に勝る優位性を生み出すことができるのか。そのために必要なのが、日本語版のサブタイトルにもなっている「企業変革の7つの必須要件」なのです。この7つの要件は、先進的な組織が今日の世界において意味ある変革を成し遂げるための必須のメカニズムだと言えます。
池内:それぞれの概要を教えていただけますか。
レインワンド:7つの要件は、大きく3つのテーマに分かれています。1つ目が「社会や市場とどのように向き合うか」という対外的なこと。2つ目が「自社をどのように運営するか」という対内的なこと。そして3つ目が「どのように組織をリードするか」という経営リーダー自身のリーダーシップのあり方です。
対外的なテーマの中には3つの必須要件があり、第1の要件が世界における自社の立ち位置を再構想することです。自社の現在地にとどまり、いまある製品やサービスを提供するだけでは、将来的には市場での地位が大幅に低下していく可能性があります。経営環境が大きく変化し続ける中、より広範な顧客にアプローチをしていくためにも、自社のケイパビリティ(強み)は何かを再定義し、自分たちの将来像を自分たちで作り出していく必要があります。
第2の要件は、多数の企業からなる生態系を意味する「エコシステム」を作り上げることです。取り組む課題や提供すべき価値が大きくなるほど、自社単独ではソリューションを生み出すことが困難になります。だからこそ、お互いに協力し合えるパートナーが必要になるのです。
第3の要件は、顧客に関する専有的な知見に関することです。変化に対応していくためには、市場や顧客を独自に調査・研究して自社しか持ちえない知見(インサイト)を獲得し、それを社内で共有・活用することで、提供する価値を継続的に向上させていかなければなりません。
池内:社会や世界との向き合い方を考えていくうえで、以上の3つの要件があるわけですね。次に対内的なことに関する要件を教えてください。
レインワンド:まず、組織やチーム作りをするにあたっては、「成果指向の組織」をめざします。これが第4の要件です。企業が提供しなければならないあらゆるソリューションは、以前よりも複雑化しており、部門や部署を基本とした旧来の組織モデルは役に立ちません。顧客にとって有意義な成果を生み出していくには、多様なスキルを持つメンバーを成果指向のチームに結集させ、それらのチームを組織モデルの中心にしていく必要があるのです。
第5の要件は、リーダーシップチームに関することです。リーダーシップチームは、現在の成果を上げるだけではなく、将来のために変革を進めていくという困難なチャレンジに取り組むことになります。成果と変革を同時に達成するには、リーダーシップチームの機能や構造を再考しなければなりません。答えがはっきりしない世界では、多様な見解が必然的に必要になります。リーダーシップチームに必要なのは、リーダー同士の仲を深めたり意見を一致させたりすることではなく、リーダーそれぞれが果たすべき責任を自覚し、それぞれの多様な実績を組織に還元していくことです。つまり、ダイバーシティの観点もこの要件には欠かせません。
第6の要件は、従業員との社会的契約に関することです。自社のケイパビリティを構築するには、リーダーだけではなく、従業員にもその方向に進んでいくように動機づけをする必要があります。12社の事例からは、本当の意味での従業員のエンゲージメントやモチベーションの向上の方法や、日々の仕事における目的の提示の仕方などを学ぶことができます。以上が、自社の運営に関わる3つの要件です。
そして第7の必須要件が、自身のリーダーシップについて、つまり「どのように組織をリードしていくか」です。本書では、リーダーが企業変革を推進していくために必要な「リーダーシップにまつわる6つのパラドックス」という考え方を紹介しています。
池内:いまお話しいただいた7つの要件のフレームワークは、企業全体だけではなく、それぞれの部門や個々のプロジェクトでも活用することができるのではないでしょうか?
レインワンド:それは良い視点ですね。おっしゃる通り、個々の部門やビジネスユニットでもこの7つの必須要件に基づいて、自分たちの立ち位置や顧客との関係性を見直し、組織モデルを再構築することで、変革を進めていくことも可能ですね。
池内:本書で取り上げている12社はそれぞれ、どのようなきっかけで変革への舵を切ったのでしょうか? また、何か共通点があれば、教えてください。
レインワンド:変革のトリガーが何だったのかという問題は、私たちも時間をかけて考えてきました。変革のきっかけ自体は、企業によって異なっています。既存の事業が低迷し、必要に迫られてという場合もあるし、現在の事業が順調に進展しているにもかかわらず、いち早く次なる一手を打つために変革に取り組んだ企業もあります。
共通点は、CEOやリーダーシップチームの姿勢でしょうか。自社の業績や経営環境の変化を認識したとき、反応の仕方は大きく2パターンに分かれます。1つは、変化を認識しながらも、「何が起こるか、まずは状況を見守ろう」という様子見パターンです。変化の最中に重要な決定を下すのは容易ではないので、そうなってしまうのでしょう。
一方、変化を前にして「いまは、大きなチャンスだ」と即座に行動を起こすCEOや経営陣もいます。彼らは「これからいろいろなことが変わっていくはずであり、自分たちはその最前線に立っていたい」と考えます。変革を実行できるのは、やはりこの後者のケースであることが多いですね。
池内:変革の7つの要件のうち、日本企業が苦手とするものはありますか。
レインワンド:私たちが世界中の企業と仕事をしてきた中で感じるのは、どんな国や地域の企業であろうと、必ず7つの要件のそれぞれに改善する余地があるということです。ですので、特に日本企業だから、という項目はありません。
池内:変革に終わりはないということですね。いま、多くの企業が、現状に対する危機感を持ち、自分たちの会社を変えていかなければと考えています。しかし現実には、そうした企業のすべてが変革に成功できるわけではありません。変革できる企業と、できない企業の「差」は何だと思いますか?
レインワンド:変革を実行できないのは、やはり明確な目的意識を持てていないからではないでしょうか。何かに取り組もうとすれば、時間もお金も労力もかかってしまうでしょう。中途半端にやれば、変革が進まないばかりか、既存事業での業績の向上も難しくなってしまいます。
目的意識を確固としたものにするためには、まずは経営陣や取締役会のメンバーが「現状維持は正しい選択ではない」と理解し、「自分たちは、これからどこに向かって進んでいくのか」について対話を重ねていくことだと思います。
池内:日本経済は長らく低迷し、ほかの国や地域に比べて、目立った成長を遂げられていません。かつてはグローバルに活躍する日本企業がたくさんありましたが、残念ながらその存在感は低下しています。さらにこれから少子高齢化が進めば、グローバルな競争力はますます落ちていくでしょう。日本企業が再び力を取り戻すには、どうすればよいとお考えですか。
レインワンド:いま、マクロ経済学や人口統計学の見地から「日本企業の競争力が低下している」という課題を挙げてくれました。しかし、長年にわたって多くの企業の研究をしてきた私に言わせれば、「まだまだ成長する可能性はある」と思います。
もちろん、これまで通りの古いやり方に固執したり、現在の顧客に依存し続けたりするのであれば、可能性の扉は閉じたままでしょう。企業変革のファーストステップは、自分たちの組織がめざす目的、世界における立ち位置を根本的に考え直し、再定義していくことです。だからこそ、私たちは、困難や変化に直面している企業と仕事をするときには、「あなたの会社はどこに向かおうとしているのですか」「世界におけるバリュープロポジションは何ですか」ということを繰り返し問いかけているのです。
※当記事は2022年12月16日にダイヤモンド社書籍オンラインにて掲載された記事を、同社の許諾を得て転載しています。