昨年11月に発売された書籍『ビヨンド・デジタル――企業変革の7つの必須要件』では、新しいデジタル時代において企業変革を成し遂げた世界12社のうち、日本企業の事例として2社が取り上げられている。その1社が、建設機械メーカーのコマツ(株式会社 小松製作所)である。同社は2015年から、建設現場の生産性向上のためのソリューション「スマートコンストラクション」の提供を開始。2017年には、自社の取り組みを建設業界全体に展開すべく、オープンプラットフォーム「ランドログ」を立ち上げた。コマツの変革はいかにして進められてきたのか。変革の陣頭指揮を執ってきた四家千佳史氏(コマツ/執行役員スマートコンストラクション推進本部長)と、北川友彦氏(PwCコンサルティング合同会社Strategy&/パートナー)の対談の一部を掲載する。(構成・谷山宏典 写真・住友一俊)
コマツ/執行役員スマートコンストラクション推進本部長 四家千佳史氏、
PwCコンサルティング合同会社Strategy&/パートナー 北川友彦氏
北川:コマツは、2015年にスマートコンストラクションをスタートさせています。これが御社の企業変革の出発点になったのではないかと思います。そもそもなぜ、変革へと舵を切ったのでしょうか?
四家:当社は長年、「モノ作り」すなわち建設機械などの製品の進化や信頼性を高めていくことで、お客様の生産性の向上に寄与してきました。しかし『ビヨンド・デジタル』の中でも書かれているように、近い将来やってくる建設現場における深刻な労働力不足などの社会課題に対応するには、モノを作って売るだけでは難しいだろうと考えるようになりました。これからの時代、建設現場の生産性を大きく改善していくには、施工プロセス全体を最適化することが不可欠です。お客様に対するそうした支援も我々コマツが行っていくために、スマートコンストラクション推進本部が創設されました。
北川:スマートコンストラクションが始まって7年が経過しています。これまでに見えてきたことや実現できたこと、また将来を見据えた課題などがあれば、教えてください。
四家:施工プロセス全体を最適化していくには、まずは測量から検査まで建設現場で発生するすべての生産活動をデジタル空間で忠実に再現する必要があります。再現できれば、生産活動の全体像が「見える化(可視化)」され、課題を発見できます。課題が明らかになれば、それをタスク化して現場に戻し、そのタスクを実行してもらうことでお客様の価値創造につながります。現時点では、そうしたサイクルがようやく回せるようになってきたところです。
ただ、建設現場には、コマツの建機だけではなく、他社の機械もあるし、古い機械もあります。プロセスの最適化には、すべての機械をデジタル空間につなげていかなければなりません。また、個々のタスクが現場の人たちによって確実に実行されて、はじめて課題を解決して最適化を実現できます。それらのことは、我々の意志だけでは不可能で、お客様自身に委ねられています。スマートコンストラクションという枠組みはできているので、あとはその枠組みを使ってお客様にどれだけ実践していただけるか。その支援も今後は強化していく必要性を感じています。
北川:スマートコンストラクションでは、IoTデバイスやアプリケーションなど多様なデジタル技術を駆使して建設現場の生産性の向上を目指しているわけですが、現時点でどの程度まで実現できているとお考えですか?
四家:ひとつの例ですが、昨年末、スマートコンストラクションを導入していただいている企業の方から、ある現場での損益計算書を見せてもらい、「利益を60%増加させることができた」というお言葉をいただくことができました。もちろんこれは一事例であり、現場の規模や環境によっても導入成果はさまざまですが、それを見て、我々も「お客様の価値創造に貢献できている」という、確かな実感を持つことができました。創造できる価値をより増大させていくなどの今後の課題はありますが、スマートコンストラクションというソリューションには我々自身も大いに自信を持って、お客様におすすめしています。
北川:ビジネスとしてマネタイズしていく目途は、すでに立っているのでしょうか?
四家:このサービスをどのようなかたちでお客様に提供すべきなのか、社内では「デリバリーモデル」「ビジネスモデル」と呼んでいますが、それもこれからの課題であり、議論を重ねてきました。SaaS(Software as a Service)としてサブスクリプションで提供するのか、我々がハンズオンでオペレーションを支えながらサービスを提供していくのか、もしくはフランチャイズのようなかたちで施工そのものを提供していくのか、さまざまな意見が出ています。
これまで「お客様の価値創造に貢献しよう」と取り組んできて、実際に成果が出せるようになってきました。これからは、その創造した価値からどのように我々に分配をしていただくのか、そのモデル作りに入っていかなければならないと考えています。
北川:それはつまり、自社の目先の利益よりも、顧客の価値創造を優先してきた、ということでしょうか?
四家:そもそもお客様が新しい価値を創造できなければ、我々に対して支払えるものもないですからね。価値が創出できてはじめて、その一部を分配してもらえる。お客様の価値創造を第一に考えたのも、そうした発想からです。
北川:スマートコンストラクションという御社の変革において、デジタル技術はどのような役割を果たしているのでしょうか?
四家:我々は、必ずしもデジタル化そのものを目的としているわけではありません。もしデジタル以外の方法で、お客様の施工プロセスや生産活動が最適化できるのであれば、それで十分だと思っています。ただ、いまの建設現場が抱えている課題を解決するには、デジタル技術を使ったほうが、圧倒的に効率がいい。ですから、課題解決ありきで、その手段としてほぼ100%デジタル技術を選択することになった、ということでしょうか。
四家千佳史氏
北川友彦氏
北川:コマツは、これまで日本を代表する建設機械メーカーとして「モノ売り」をビジネスとしてきましたが、スマートコンストラクションによって「コト売り」への変革を成し遂げました。「モノ売り」と「コト売り」は対極にある考え方だと思うのですが、社内で変革を推進していく中でさまざまな壁に直面することも多かったのではないですか?
四家:おっしゃる通り、「モノ売り」と「コト売り」は、ビジネスとしてまったく異なります。例えば、モノ(製品)は工場を出荷する際には価値ができあがっており、お客様に納品した段階で価値の移転が行われます。一方、コトの場合は、製品がお客様のもとに届き、実際に使いはじめてから、価値の創造が始まります。つまり、モノの終点が、コトにとっては起点になるわけです。
また、モノの場合は使いはじめたときが最高の価値で、そこから5年、10年と使い続ける中で価値が減少していき、やがて新しい製品に買い替えることになります。ところが、コトの場合は、最小の価値からスタートして、使い続けていただくことで価値を増大させることができます。
このようにモノとコトは何もかもが違っていて、我々も当初から「モノ売り(作り)の延長にコト売り(作り)はない」と考え、両者を別々なものとして並列的に考えてきました。
北川:四家さんご自身は、以前に建設機械のレンタル事業に携わられていたこともあり、顧客目線でコト売りに移行するのは比較的スムーズだったのではないかと思います。とはいえ、会社全体で見れば、やはりモノ売りからコト売りへの意識改革は大変だったのでは?
四家:モノとコトが対極にあるとはいえ、モノを否定してコトに移行するわけではないので、コマツが100年間守り続けてきたモノ作りへの姿勢はこれからも大切にしていきます。一方で、製品を通じてお客様の生産性を向上させていくというコト作りは、これまでの我々になかったビジネスモデルです。ですので、まずはしっかりとモノとコトの本質を理解したうえで、互いを対立させるのではなく、どうすればそれぞれの強みを生かし、両立させることができるか、という考え方を社内に浸透させていきました。
例えば、モノ作りに携わる人は、コト作りとの親和性の高いモノ(製品)を生み出していく。片やコト側の社員は、モノ作りのノウハウをコト作りに生かしていく。実際、お客様の生産工程をシミュレーションするシステムのアルゴリズムは、お客様の施工現場を自分たちの生産現場と捉えて、生産技術の社員が自社で培ってきたノウハウを使って作っています。
北川:世の中では「モノ売りからコト売りへのシフト」などと言われていますが、御社ではモノ売りとコト売りのそれぞれ守るべきところは守り、両者の親和性を保ちながら変革を進めてきたことが、成功の要因のひとつになっているわけですね。
北川:『ビヨンド・デジタル』の中では、企業変革の必須要件として7つの項目を挙げていますが、そのひとつに「エコシステムを作り上げること」があります。そして、その先進的な事例として、御社が立ち上げたオープンプラットフォーム「ランドログ」を取り上げています。スマートコンストラクションを推進していくに当たって、エコシステムという発想はどこから出てきたのでしょうか?
四家:Komtrax(コムトラックス)という、コマツ独自の建設機械のIoTサービスがあります。これは、建設機械に双方向の通信設備を搭載することで、遠隔からでも建機の稼働情報確認やエンジンロック操作を行えるもので、現在、全世界で稼働している約68万台(22年5月末時点)のコマツ製品に装備されています。世間的には、Komtraxは建設機械のデジタル化の成功事例として紹介していただくことが多いのですが、実は我々にとっては反面教師的な面もあるのです。
Komtraxは、建設生産現場にあるコマツの建機が、コマツのアプリケーションによって、コマツのサーバーとつながっている、言うなれば垂直型のシステムです。同じ現場で稼働している他社の建機のことはわからない閉鎖的な仕組みであるため、プロセス全体の最適化には不向きでした。現在は、海外現地法人や代理店が、容易に自前のアプリケーションに Komtraxデータを活用することが可能な新たなKomtraxに進化していますが、従来はKomtraxのデータを使ってほかのアプリケーションを作りたくても実現が難しかった。
そこで新しく始めたスマートコントラクションやランドログでは、コマツの建機だけではなく、建設生産現場にあるすべての機械、材料、人などをつないで巨大なシステム、すなわちエコシステムを作り上げることを目指したのです。
北川:クローズドなシステムではなく、もっとオープンなものにしていこう、と。
四家:そうです。ただし、オープンなシステムにおいて、最もコアなところは自分たちで持たなければ、という意識も強くありました。それこそが、プロセス全体を可視化して課題を発見するためのアプリケーションであり、それは我々が独自に開発してソリューションに組み込んでいます。
北川:オープンなプラットフォームにおいては、顧客の都合や要望次第では、コマツ以外の建機を使用する状況もあり得ます。そうなると、コマツ社内のほかの部門とのコンフリクトが生じてしまうおそれもありますが、実際のところはどうなのでしょう?
四家:発生し得るコンフリクトについても、社内で議論がありました。例えば、建設生産活動を可視化するには、すべての機械をデジタル化しなければなりません。とはいえ、現場で稼働している建機をすべて、ICTに対応した最新のものに買い替えてもらうわけにはいかないので、既存の建機に後付けできる安価なキットを開発して販売しました。それに対して、「そんな安いキットを売ったら、新しい建設機械を買ってもらえなくなるじゃないか」という声が上がったりしました。また、我々はお客様の生産性向上を目指しているのですが、「生産性が上がったら、建設機械の必要台数が減るから、売れなくなる」という意見が出たこともあります。
新しいことをやるときには、必ず利害の衝突が生じます。ただ、当社の場合、経営トップである社長が「そうした話はしない」と決めて、動きはじめたことで、その影響は最小限に抑えられていると思います。また、我々がやらなかったとしても、近い将来、誰かが建設生産活動を効率化するアプリケーションを作り、その結果として使用される建機の数が縮小していくかもしれません。「だったら、いち早く自分たちでやっていこう」「自分たち自身で、破壊的なイノベーションも起こしていこう」というメッセージも、社長が繰り返し発していました。
北川:四家さんご自身も、トップマネジメントのひとりとして変革を推進されてきました。そのご経験を通じて、変革を成功させるためのリーダーシップには何が重要だと考えますか?
四家:難しい質問ですね。コマツのような日本の伝統的な大企業では、社内に異質な動きが生じると、それを外に弾き出したりして、正常な状態に戻そうとする力が働きます。そうした正常化の作用が、ある意味では100年も続く製造業を支えてきたとも言えますが、一方で変革への妨げになることも事実です。そうした社内の体質を変えることができるのは、やはり経営トップだと思います。
トップの人間が、変革を成し遂げるためにどれだけの情熱と覚悟を持っているのか。それを受けて、例えば私のような実行部隊の人間が、社内のリソースを使って、変革をどのように具現化していくのか、考えて実行していくわけです。
北川:日本の企業は、ミドルマネジメントや現場が強いと言われます。とはいえ、変革を実行するには、経営トップが強い意志を持ち、会社全体に示していくことが重要だということですね。
四家:そう思います。コマツの場合も、ミドルや現場には優秀な社員がたくさんいて、彼らは変革に抵抗するわけではないんです。ただ、長年製造業に従事する中で「我々のビジネスはこうあるべきだ」という考えが強く根づき、これまでのやり方を強化することに注力し、それが結果として変化を避けた動きになっているだけです。だからこそ、社内に新しい潮流を生み出し、会社全体を動かしていくには、やはりトップの人間が腹を決め、旗を振っていくことが不可欠なんじゃないでしょうか。
※当記事は2023年2月20日にダイヤモンド社書籍オンラインにて掲載された記事を、同社の許諾を得て転載しています。