テクノロジー業界の動向 2018-19年

IoT、フィンテック、自動運転技術など新しいテクノロジーが実社会に広く、深く、かつてないスピードで浸透しつつある。これに伴い、テクノロジーがもたらすリスクが多様化し、増大している。特に人工知能(AI)を活用した製品やサービスについては、倫理面に関するリスクも増大すると考えられる。

今後、このようなリスクに対するテクノロジー企業の姿勢そのものが、業績に大きな影響を及ぼし得る。本稿では、テクノロジー企業がとるべき姿勢を6つの視点から論じている。(三沢 勝彦)

テクノロジー業界の動向 2018-19年

この業界の激動期で企業は、自社の製品やサービスのリスクと破壊的可能性に対処しなければならない。

テクノロジー業界は一見、極めて好調な1年を送っているように見える。米国5大企業のアルファベット(グーグル)、アマゾン、アップル、フェイスブック、マイクロソフトは、驚異的な売上高や増益、株式時価総額を記録している。対する中国のテクノロジー企業、特にアリババ、ファーウェイ、テンセントも同様に好調で、中国市場トップの座を活かしてグローバル市場においても積極的なシェア獲得に動いている。また、米中両国のスタートアップ企業は順調にユニコーン企業(企業価値評価額が10億ドル以上のベンチャー企業)へと成長し、多くが株式公開を果たしている。テクノロジー業界が展開しているモノのインターネット(IoT)、エッジ・コンピューティング、クラウド、データ・アナリティクス、人工知能(AI)、機械学習といった技術や、これらを応用した自動走行車、先進的なサプライチェーン、電子商取引、製造技術などの影響力の拡大や進歩の重要性を考えると、テクノロジー企業の現在の成功は当然といえるかもしれない。

しかし、テクノロジーに潜むリスクと悪影響が、それをコントロールすべき業界の対応力を超えてしまうような状況が訪れている。政府や規制当局、メディア、顧客、さらには投資家までが、製品によって生じる意図しない結果の責任をテクノロジー企業に負わせるようになってきている。プライバシーと反トラストに関する規制については本格的な取り組みが進んでいる。例えば、2018年5月には個人データの取得と活用方法を規定するEU一般データ保護規則(GDPR)が発効した。米国では、有力な機関投資家が、事業活動と製品により生じる社会的影響に対して、より大きな責任を負うよう企業に圧力をかけている。資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンク会長は2018年1月のCEOへの年次書簡の中で、企業がブラックロックに継続的支援を望むのであれば、成長や収益性に加え、事業戦略の一環として賃金上昇率の低さや気候変動、自動化などの課題を考慮しなければならないと述べた。投資コンサルティング会社のJANAは、責任ある行動をとる企業を奨励する投資ファンドの設立に向け、カリフォルニア教職員退職年金基金と連携している。両社による最初の合同PR活動では、アップルが子供のスマホ中毒の対策を支援するよう提案を行った。アップルはこれに対し、2018年半ばにスマホの使用時間管理に向けた新機能「Screen Time」を発表するなど、PR活動で提起された懸念に真正面から取り組んでおり、より大きな変化の先駆けとなる可能性がある。

このような動きはまるで業界全体が一気に成熟することを求められているかのようである。市場の潜在力を十分に顕在化させるためには、製品とサービスが業界や事業を展開する地域に与えるリスクを認識することが必要となる。そして、人々がデバイスから得ている接続性やさまざまな機会を実現することはもとより、そのようなリスクを管理し、制限するためのソリューションを提供することによって業界が繁栄できるのである。

テクノロジー企業および全業界のCEOの懸念

私たちは、多くの企業はこのような課題に十分対応できるリスク管理手法がとられていないと考えている。業界としてもっと踏み込む必要がある。全ての企業が直面する短期的な事業リスクだけではなく、テクノロジーがもたらす特有の長期的な社会的リスクにも対応する包括的な戦略を策定する必要がある。現在、テクノロジー業界のトップ経営者は図表1のとおり、経営者一般と比べて外部の脅威に対する懸念意識が低い(テロリズムは例外で、全てのCEOが同様に懸念している)。最適な戦略は企業によって異なるが、テクノロジーがもたらす悪影響をコントロールするための全体的な枠組みには、以下に挙げる6つの要素が含まれるべきである。

1. 周囲が気づく前に問題に取り組む。 多くの企業はこれまで、自社の製品やサービスにかかわる問題や懸念、重大事故は、それが公になった時点で対応すればよいと考えてきた。しかし、そうしたやり方はもう通用しない。今は事前対策を講じることが重要である。企業は開発中や市場投入しようとしている段階からテクノロジーの潜在的な問題を考慮しなければならない。そして、顧客やその他のステークホルダーからの信頼を得るために、高い水準の安全性と透明性を確保しなければならない。また、どのように製品を市場投入するのか、どのように価値を獲得するのか、どのように知的財産を扱うのか、どのように人材を採用するのかなど、ビジネスモデルとビジネス手法にインテグリティ、すなわち誠実さを組み込まなければならない。これら全てがあってこそ、企業は実際に問題が生じる前に、自社のテクノロジーのリスクと生じ得る悪影響を予測し、管理することができる。

悪影響を防止し、管理するといっても、単に評判の悪化を防ぐための巧妙な広報戦略を練るとか、特定の課題への技術的ソリューションを考案すればいいというものではない。まず企業文化から手を付けることが望ましい。ハイテク、金融サービスやエネルギーなど多数の企業において最もリスクの高い行為は、ビジネス手法に刷り込まれた強引で傲慢な態度に関連したものである。企業は変わるべき時が来ていると理解し始めている。人材採用手法を見直し、セクシュアルハラスメントを防止し、摩擦を生みやすくリスクの高いビジネス手法を減らすことにより、オープンで透明性の高い企業文化の醸成を進めることができる。問題が生じたときに従業員が声を上げるよう奨励し、それらの問題に公明正大に取り組むという文化である。この種の企業レベルにおける積極的な取り組みは、全世界レベルでの取り組みにもつながる。

企業は、製品を素早く企画し、継続的に改善してきたのと同様に、幅広い視点を取り入れ、自ら説明責任を負うことを学ばなければならない。

2. 敏捷さを持って内省し、改善する。デジタル技術が変化を起こす速度は極めて速いため、事業環境はこれまでよりはるかに急速に動いている。そうした状況下では、CEOには、信頼を築いたり適正なリスク管理を行ったりするといった責任を果たしきれる時間があるとは考えにくい。CEOがテクノロジーにきちんと向き合えば、人事管理や組織開発などの「ソフトな部分」はおのずからついてくると感じている。

これに対する是正策は、テクノロジー企業が動きを減速させることではなく、研究開発から販売までの各部門が孤立せず、俊敏に動く文化を広げていくことである。企業は、製品を素早く企画し、継続的に改善してきたのと同様に、幅広い視点を取り入れ、自ら説明責任を負うことを学ばなければならない。社内の問題に迅速に対応し、トラブルや意図しない結果を解決し、そして従業員や顧客、その他のステークホルダーの幸せに対してより意識的に注意を向けるべきである。

簡潔にいうと、テクノロジー企業は「高速で」内省することを学ぶ必要がある。組織が倫理上、業務上のリスクを抱えつつあると思われるとき、CEOは直ちに変革を行える態勢になければならない。ここでいう変革とは、業務オペレーションの改善や事業の切り離し、評判を貶める恐れのある課題を解決するための短期計画の設定、さらには事業の地理的範囲の変更などである。これらの対策を実施する前には、実際に従業員や顧客、世界全体をよりよくするものかどうかを自問しなければならない。外部から批判を受けたとき、その批判の何が考慮に値するのか?どのような対応をとれば、本質的な改善につながるのか?これらを検討する際は、アジャイル・ソフトウエア開発の手法と同様に、徹底した話し合いと協力を行う体制が必要となる。

3. 責任に対するインセンティブを見直す。テクノロジー業界はこれまでリスクをとることを奨励してきた。多くの技術革新は本質的に「賭け」であり、この業界のスタートアップ企業の大多数は失敗している。多くのテクノロジー企業は、失敗から学ぶことのできる従業員に見返りを与えている。たとえそれが、従来の慣行や古いビジネスモデルを破壊しようとするものであってもだ。

こうしたやり方が業界に活力を生んできた一方、同時に二つの意図しない結果を生んだ。第一に、市場投入するには不完全な製品の発売を強行するという弊害を生んでいる。そのため、ソフトウエアが期待通りに機能しなかったり、有害な機能が含まれていたりといった例にいとまがない。第二に、攻撃的であること自体に価値を見出す、不健全で競争過多な企業文化をもたらしている。

実際、多くのテクノロジー企業が享受している高いバリュエーション(企業価値評価)は、リスクテイクや慣習の破壊が評価されたことによるものではない。むしろ、投資家がイノベーションによる「上振れ」の可能性を認識した時点、すなわち消費者や企業がその製品やサービスを一斉に採用する可能性を認識した時点で、これらの企業はユニコーン企業になる。この「上振れ」を実現したいのであれば、企業はリスクの高いジャンプではなく、より大きな期待とニーズに応えられる長期に渡る創造的イノベーションに軸足を移す必要がある。

例えば、ある企業の経営幹部が、提供するプラットフォームへの信頼に対する重大な違反行為を行った場合には株式付与の権利を失うと分かっていたら、彼らは間違いなくその問題に大きな注意を払うはずである。同じことは、あまり準備が整っていないにも関わらず一般向けに製品発売を強行する製品開発チームにも当てはまる。新しいインセンティブ設計の目標は、イノベーションを阻害することでも新製品の発売を遅らせることでもなく、リスク管理により責任を持たせることである。

4. 規制当局に背かず、協力する。世界の多くのテクノロジー企業は、規制事項をあまり気にしていない。彼らは社会的、経済的、法的な影響を熟慮することなく、ビジネスモデルを構築し、商材を強化し、市場に投入してきた。実際、ビジネスモデルとして、時代遅れの規制を切り抜けたり、回避したりできるかが重要なこともあった。事前に許可を求めるより、事後に謝罪するほうを選択する企業も多かったのである。

こうした経営手法はもう通用しない。規制当局がより実効性を持つようになったという理由だけではない。顧客が一定の規制を望んでいるからである。規制によって顧客は脅威から守られる。

例えば、自動走行車の開発をめぐる世界的な動きを考えて欲しい。勝利の方程式を見つけようと、あらゆる企業が本格的な開発競争に加わっている。テクノロジー企業のほか、自動車メーカーとサプライヤー、ライドシェア企業、地図作成会社などが、個別に、または連携して、安全で信頼できる自動走行車に必要なたくさんの技術を開発しようと取り組んでいる。しかし、規制当局が企業に対して高速道路上での走行実験を自由に行えるよう許可した場合、いわば「ガードレール」となるものの強度は十分でない。生じ得る重大な結果に対処するためには、保険会社や法律の専門家が必要になる。

規制当局は、技術の変化のスピードについていくのにいつも苦慮している。後れを取ると、技術によって生み出される悪影響を何とか抑え込もうと必死になるあまり、テクノロジー業界が生み出すイノベーションの推進力に深刻な影響を与えるような法制を導入する可能性がある。こうした例は以前にもあった。米国では、政府とAT&Tに下された1956年の同意判決により、電話会社がコンピューター事業に参入することを禁止し、成長に向けた道筋の一つが絶たれた。

企業は、イノベーションの推進を妨げることなくリスクを軽減するための「ガードレール」を作るために規制当局と協力することが賢明である。その実現に向け、将来を見据えた業界リーダーとしてやるべきことは次のとおりである。

  • 社会的に前例のない事業活動に対して規制当局がどのように反応するかを考慮する。その事業活動を控える必要はないが、規制当局が示す合理性のある懸念を理解するよう努め、なぜそうした懸念があるのかを考える。
  • 新しいテクノロジーがもたらし得る規制や社会的評価の課題に対して、あらかじめ解決策を見出しておく。これには規制の施行を支援する技術的ツールの開発を含む。
  • 新しいテクノロジーが及ぼす社会全体へのメリットについて啓発するため、最初から規制当局と協力する。
  • イノベーションと成長の道筋を確保しながら、テクノロジーがもたらす潜在的な悪影響を考慮した合理的で公平な規制の策定に向けて規制当局と連携する。
  • 規制当局との協力に向けて他の企業とパートナーシップを組む。それによって業界内から幅広い知見を得るとともに、自社だけが規制環境の構築に関与しようとしているという利己的な印象を避けることができる。

5. オープンに協力しながら共通の基準を作る。テクノロジーがいかに浸透し、人々の日常生活に溶け込んでいるかを考えると、業界は法律に基づく義務を果たせばよいというものではなく、業界一丸となってそれ以上の共通基準を定め、遵守していくべきである。これは高度な技術的課題にとどまらず、セキュリティーやプライバシーなどの問題にも当てはまる。

自動走行車の例が分かりやすい。現在、各社は自動運転技術に伴う多くの課題を克服するため、多くの革新的技術を試している。自動運転技術の世界で勝者となった場合の対価がどれほど大きいかを考えれば、努力するのは当然である。しかし、センサーやコネクテッド・カーに関する独自技術が乱立している中で、あまりに早い段階で一つのシステムに絞り込んでしまうと、より良い選択肢になり得たアイデアを放棄してしまうリスクがある。多くの企業は、全体の利益のために自社の企業秘密と知的財産を共有するという考えには確実に難色を示すだろう。しかし、標準をめぐって対立すれば、車車間通信システムの互換性は確保されず、地図用ソフトウエアは乱立し、道路標識が混乱するといった悲惨な結末になる可能性がある。

6. インテグリティがもたらす競争優位を模索する。テクノロジーのリスクは長年の課題である。現在、大部分の人が十分理解しない形でテクノロジーが事業活動や個人生活に深く浸透しているため、そこに潜むリスクはさまざまな面で増大している。また、新しく普及が進んでいるテクノロジーが生む悪影響の可能性と、それらを開発・販売している企業のビジネス手法に対しても反感が強まっているようである。

このような状況は差別化の機会にもなる。善意を持つ企業というだけではなく、その善意を実現するだけの力を備えた企業としてブランドを構築するチャンスである。言い換えると、技術的、社会的責任を果たす企業として正しいことを行っていると信頼される立場を確立するだけで、大きな価値が得られるのである。

善意を持つ企業であれば、品質や顧客訴求力をもっと徹底すればよい。特に自社がもたらし得るリスクにしっかり向き合っているのであれば、品質や顧客訴求力を信頼性や透明性に直結させることができる。そのような企業は、顧客が利用する際のリスクを軽減するための技術的手段を製品やサービスに組み込むことができる。こうしたテクノロジーは顧客のみならず、投資家や規制当局、メディアからも快く受け入れられよう。

このようなテクノロジー企業になるために、企業変革プログラムを導入し、企業文化の改革、インテグリティ(誠実さ)への強い意識、企業運営に関する包括的な視点を養成していくことも考えられる。このような変革を実現できない企業が失うものは大きい。技術に対する管理が甘くなることで事業活動とビジネス手法への監視がいっそう強まり、成長は限定される。必要な透明性や思慮深さ、信頼性を獲得できる企業が得るものは大きい。テクノロジー企業の代表格として、他者を惹きつけるプラットフォームになれるのである。

Source: Technology Trends 2018-19

執筆協力者 - PwCのジャンビン・ガオ、マイク・ペグラー、ロジャー・ウェリー

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