沈む地場証券 再浮上に向けた5つの課題

はじめに

政府の「資産所得倍増プラン」を受けて、多くの個人が資産形成に取り組む潮流が生まれつつある。2024年7月半ばには日経平均株価が最高値を更新するなど金融市場はおおむね上昇基調をたどり、大手証券会社の業績も堅調さが見込まれる。

だが、同業でありつつ、こうした流れから取り残されている存在もある。未上場・独立系かつ国内資本で、地域を主な商圏とする「地場証券」だ。主要な顧客としてきた地域の富裕層は高齢化によって減少し、財産を相続した世代はインターネット証券や大手証券会社などに資産を移管。顧客と預かり資産が減少するダブルパンチに見舞われている。少子高齢化の加速に加えて委託手数料もゼロに近づいており、淘汰の波は年々高さを増す。先細りする地域の市場において、地場証券が再び浮上するにはどのような変革が必要か。その戦略と解消すべき5つの課題を解説する。

拡大するウェルスマネジメント市場:政府の施策が後押しに

金融市場が乱高下するなかでも、国内ウェルスマネジメント(個人向け資産形成・運用)ビジネス市場が活況だ。NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定供出年金)によって個人マネーが投資に向かう流れが、政府の掲げる「資産所得倍増プラン」によって加速している。同プランの基本コンセプトは、家計金融資産の半分以上を占める現預金を投資につなげて「成長と資産所得の好循環」を実現させることだ。実現に向けて政府はNISAの抜本的拡充や恒久化、iDeCo制度の改革などを導入。上昇基調の金融市場も追い風となっている。2024年に始まった新NISAによる後押しを含め、政府は5年でNISAの総口座数を3,400万口座、買い付け額も56兆円へと、それぞれ2倍に引き上げる計画を描く。

政府の各種施策や上昇基調の金融市場によって、大手証券会社の業績は好調に推移している。大手証券会社5社の2023年度の純営業収益(累計)は前の期に比べて約2割増の3兆6,575億円となった。証券会社によってばらつきは見られるが、依然として金融商品の仲介業者としての性格があるため、相場が変動して取引量が拡大すれば収益も増加する構造になっている。直近16年はリーマンショック、東日本大震災やコロナ禍での量的緩和などで一定の浮き沈みを繰り返してきたが、どうにか業容を維持して現在の拡大トレンドに乗った格好だ。

反転なき地場証券:沈み続けた16年

だが、同じ16年でも地場証券の歩んだ道のりは厳しかった。2007年度の証券業界全体における純営業収益は3兆7,030億円で、地場証券はそのうち2,220億円(6.0%)だった。16年後の2023年度には業界全体の純営業収益が4兆970億円と1割増加したのに対して、地場証券は約7割減の600億円に沈み、全体に占める割合も4.5ポイント減の1.5%にまで縮小している。

2007年度に15億2,200万円だった地場証券1社あたりの純営業収益は、2023年度には11億8,300万円と約2割減少した。結果として大手証券会社や地域金融機関との間で事業譲渡や吸収合併、子会社化が加速し、143社あった地場証券の数は51社と約6割減の状況に陥っている(図表1)。

同じ期間で日経平均株価は約2.6倍伸びたにもかかわらず、大手証券会社が受けた恩恵を地場証券は享受できていない構図が浮かび上がる。その大きな要因の1つが、地方を取り巻く少子高齢化がもたらした顧客層の変化だ。主要顧客セグメントである高齢富裕層の数は年を追うごとに減少する。受け皿となる若い資産形成層は行動様式や価値観がまったく異なるため、相続しても自らが取引しているネット証券や大手銀行系列の証券会社に資産を移管しやすい。

地域の顧客と資産が流出する構図は、金融市場の上昇トレンドや政府の後押しといった追い風すらはね返すネガティブなインパクトを地場証券に与え続けてきた。

図表1 地場証券の業績や社数は直近16年で縮小の一途をたどった

地場証券を待ち受ける「内憂外患」

地場証券の先行きに目を転じると上記の構図が変わる見込みは乏しいことに加え、今後も少子高齢化の加速によってさらに厳しさが増しそうだ。収益モデルやコスト構造の面でも逆風は吹いており、地域の顧客層と企業・業界の構造が急速に悪化する「内憂外患」の状況が続くと見られる(図表2)。

図表2 今後のトレンドも地場証券に対しては全般的にネガティブなインパクトが想定される

高齢富裕層の数や預かり資産は今後も加速度的な減少が避けられない。個人投資家は加齢に伴って現預金比率を高める傾向が見られるほか、認知機能の低下を危惧する家族が投資を制限するケースも生じている。いずれ発生する相続の手間を減らすため、大手金融機関に資産を集約する投資家も少なくない。地場証券にとっての主力顧客層がさらに剥落し、預かり資産額も減少していく状況にあると言えよう(図表3)。

図表3 高齢化の加速で中長期的に預かり資産額の縮小が見込まれる

相続が引き起こす大都市圏への資産流出も深刻だ。今後30年程度の間に東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)の資産流入超過額は38兆1,000億円、大阪圏(京都府、大阪府、兵庫県)は2兆2,000億円にのぼると見られている。だが、それ以外の北海道では8,000億円の資産が流出超過となるほか、その他の8地域でもそれぞれ1兆4,000億円から9兆円の流出超過が見込まれるという*¹。

収益モデルやアドバイスニーズの面でも大きな変化にさらされている。最たる例が委託手数料の低下だろう。2003年に0.19%だった手数料は、2022年の段階で約10分の1の0.02%にまで沈んだ。日本株やNISAの取引で手数料を無料にする動きがネット証券の間で広がっており、今後も上向く要素は見当たらない。自ら手数料を引き下げたネット証券も、インデックスファンドや一般の株からオルタナティブ(代替)資産や投資一任型のファンドラップなどに重点を置くようになり、デジタルチャネルだけでなくハイブリッドチャネル(対面と非対面混合)を構築する動きもある。

一方で、個人投資家の間では資産運用アドバイスサービスの利用意向が高まっている。Strategy&が実施した調査では、個人投資家の約67%が資産運用アドバイスサービスを「利用したい」と回答しており、中でも「ライフプランに沿ったゴール設定や中長期のファイナンシャルプラン」「ポートフォリオの設定・リバランス」への関心が高いことが分かる(図表4)。

図表4 アドバイス面では、個別商品の情報提供などに加えて、ライフプランに沿ったゴールやポートフォリオの設定などへの助言ニーズが強まっている

こうしたニーズは一定の資産を持っている30~50代のアフルエント層(背景金融資産5,000万円~2億円)の間でも高く、主要なサービスに育つポテンシャルを十分に秘めている。

資産運用アドバイスサービスのニーズが拡大している背景には、金融庁が2010年以降に主導したフィデューシャリーデューティー(FD:顧客本位の業務運営)強化の流れもありそうだ。大手証券会社の間では濃淡はありつつも預かり資産型ビジネスに舵を切る動きが出ている。質の高いアドバイスによって顧客との信頼関係を深め、他の金融機関との間で流動しがちだった資産に粘着性を持たせようとする取り組みは今後も増えるだろう。

これらの要素から見えてくるのは、地場証券が得意としてきた金融商品を仲介するビジネスモデルが、すでにほぼ崩れかかっているということだ。

地場証券自身のオペレーションも課題に直面している。労働人口が減少する中で人手不足は深刻化しており、金融・保険業界における人件費は年々高騰している。金融関連の新たな制度や経営環境の変化によってシステムを改修する必要が出てくるほか、FDの流れを受けてコンプライアンス関連の対応にもより力を入れる必要性が高まってきた。こうした人材、システム、コンプライアンス関連のコスト負担も経営の重荷となる。

地場証券の持続可能性:カギを握る5つの課題

金融市場はおおむね堅調であるにもかかわらず、上記の「内憂外患」によって地場証券を取り巻く環境は厳しさを増している。こうした中で地場証券が持続可能性を高めるには、どのような戦略や施策を取るべきか。大きく5つの課題に対応する必要性がありそうだ(図表5)。

図表5 地場証券の事業の持続性を高めるために乗り越えるべき5つの課題

1)顧客基盤と預かり資産の維持・拡大

地域の高齢富裕層の先細りが見込まれるなか、何よりも大切なことが新たな顧客基盤を確保して預かり資産を維持・拡大することだ。セミナーやイベントの開催による新規の顧客獲得は各社ですでに取り組んでいると思われるが、新たな顧客セグメントを見定めたアプローチのほか、新規の商品およびアドバイスの提供も必要になる。

多くの金融機関がウェルスマネジメントの領域でフォーカスしているのが退職前後の顧客だろう。積み上げてきた一定の資産に退職金が加わることで、自らの将来や相続を見越した資産運用・管理のニーズが膨らむためだ。こうした顧客に注力するのは効率がよいものの、成長株やバリュー株の保有から配当金が多い資産への移管を促すといった内容になりがちで、運用のニーズに持続性がないことも多い。高齢化を見据えれば資産を預かる期間も長くはなく、やがては相続によって流出しかねない。何より金融機関の間での獲得競争も激しい。

こうした退職前後の顧客は主力としつつも、持続的なニーズが生まれることを考えるならば、将来的に一定規模以上の資産を築けそうな若手の資産形成層に注目すべきだろう。Strategy&の調査によれば、アフルエント層や一般富裕層(背景金融資産2億~4億円)のうち57%は、運用を始めた当初の資産が1,000万円未満だった*2。時間軸の概念も取り入れることで有望な顧客の幅は広がる。現状の資産規模や収入、金融リテラシーの高さなどではなく、長期の目線で投資を続けられる人こそが有望だと認識するべきだ。こうした顧客を早期に見つけて育てられれば粘着性のある預かり資産を蓄積できるだろう。最終的な資産規模が富裕層レベルに到達しなくとも、長期の人生全般にわたって生じる収益のインパクトは富裕層顧客をしのぐ可能性がある。

2)多様化するアドバイスニーズへの対応

高齢富裕層の間ではいまだに株取引のニーズが根強いが、多様化している若手の資産形成層へのニーズにも対応が求められる。特にポートフォリオの設定やGBA(ゴール・ベース・アプローチ)などを含む資産運用アドバイスの重要性が高い。ただ、これらは従来の顧客対応とはまったく性質が異なることに注意が必要だ。

例えばGBAの場合、顧客が資産運用の先に見据えるゴールをきちんと聞き出したうえでファイナンシャルプランニングを行う。このサービスで重視すべきはゴールに対する進捗管理と顧客との長期的な信頼関係の構築だ。個別の株式や金融商品ごとに見通しやリスクリターンを説明する従来の顧客対応との違いは大きい。当然、社内で行う研修や教育の仕方も抜本的に変えなければならない。

このほか、現状扱っている株式、債券、投信やファンドラップだけではなく、保険、不動産や資産承継サービスといった幅広い選択肢も用意することで、人生百年時代を見定める資産形成層のニーズに対応する必要がある。

3)収益モデルの転換

一般的な仲介による手数料が限りなくゼロに近づきつつあるなか、多くの証券会社は収益モデルを抜本的に転換する必要性に迫られている。一定の手数料を稼げている現状に固執しても先細りは避けられず、動き出しが遅くなればなるほど置かれている状況は厳しくなる。目先の収益は目減りすることを覚悟してでも、預かり資産型のフィービジネスに舵を切る必要があるだろう。投資一任型のファンドラップを含めて、適した資産運用商品の選定を急ぐべきだ。

4)営業生産性の向上

人材を確保しづらくなり人件費の高騰も見込まれるなか、営業生産性をどう高めるかも大きな課題となる。地場証券ならではの対面を主軸としつつも営業関連ツールやAIを含めたテクノロジーを活用することで、営業モデルの効率性は高められる。顧客層によってはリモートセールスを主体にすることも考えられる。保有資産にかかわらず休眠顧客を活性化して対面セールスにトスアップする、資産規模にかかわらず顧客の意向に応じて対面とインサイドセールスを使い分ける、など企業ごとの陣容と顧客層に応じてグラデーションは異なるだろうが、効率のよい営業人員の分業体制を早期に構築すべきだ。顧客一人あたりから得られる収益に対して、どの程度のコストを投じているのかをモニタリングできる管理会計システムと意思決定フローが、経営陣の意思決定を円滑にするために求められる。

5)ミドル・バックコストの抑制

手数料が目減りして収益の低下に歯止めがかからない状況において、ミドル・バックオフィス業務の効率化も重要性が高まっている。抜本的なアウトソーシングやDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組み、新たなツールの導入といった施策もあろうが、個社では限界も見えてくる。同業他社の間でアライアンスを組んで業務をまとめることでコスト改善につなげる手法も選択肢となる。実際、ミドル・バックオフィス業務の効率化について日本証券業協会も課題意識を高めており、サイバーセキュリティや相続、売買審査などといった業務を業界横断的に効率化する手立てを模索する方針だ*3

独力での課題解決は難路:合従連衡も現実解に

地場証券が経営の持続可能性を高めるために取り組むべき課題は数多く、それぞれのハードルも高い。変革を起こすには経営陣が全社アジェンダとしてコミットメントする姿勢をきちんと示し、中長期的な視点で抜本的に取り組んでいく必要がある。だが、これまでに収益基盤が細り続けてきた地場証券にとって変革をやり抜くのは容易ではない。他社との合従連衡も現実解の1つとなる(図表6)。

図表6 他社との合従連衡もハードル解消の選択肢に

例えば地域内で富裕層や準富裕層に対して証券アドバイスを提供できていない地域金融機関は、提携の有力候補となる。さまざまな商品や営業支援ツール、人材育成のコンテンツを用意している大手証券会社のプラットフォームに参画する道もあるだろう。この場合、将来的にはIFA(金融商品仲介業者)への転換という選択肢も考えられる。

ただ、他社との提携やプラットフォームへの参画も魔法の杖ではない。抱えている顧客層と、その顧客が持つニーズを見定めながら自社がどうあるべきかを定義し、何を提供すべきかを考え抜いたうえで選択肢を選ぶ必要がある。そうした根幹がないまま他社との提携やプラットフォームに飛びついても一時しのぎにしかならない。

地場証券の存在感:戦い方次第で今後も発揮

地場証券の存在感は長らく低下し、事業の持続性にも赤信号が灯りかねない状況となっている。だが、存在意義を完全に失ったわけではない。地域の資産運用における「かかりつけ医」としての役割はいまだに重要であり、この先もそうした役割を求める顧客は存在しうる。

現在の日本の証券業界が置かれている状況は、かつての米国のそれに似ている。米国でも手数料の低下などに伴って多くの地場証券が淘汰・再編された。だが、その後に復活し再成長を遂げた企業も存在する。日本の地場証券も戦い方によっては存在感を発揮し続けられるはずだ。

人の価値観は多様化し、人生は長くなっている。さまざまな金融機関が固有の強みを磨いて多様な資産運用ニーズを満たせる環境が整えば、日本のウェルスマネジメント市場はさらに活性化するだろう。

*1:三井住友信託銀行2022年「相続に伴う家計金融資産の地域間移動~圧倒的な東京圏の資産吸収力、相続を経て資産の4割が集中~」

https://www.smtb.jp/-/media/tb/personal/useful/report-economy/pdf/127_1.pdf(2024年2月閲覧)

*2:Strategy&2021年「国内富裕層顧客調査」

*3:日本証券業協会2024年「会長記者会見要旨」
https://www.jsda.or.jp/houdou/kaiken/files/240701youshi.pdf
(2024年7月閲覧)

沈む地場証券 再浮上に向けた5つの課題


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