製薬業界における品質問題の根本的な解決に向けて

第1章:製薬業界における品質問題と、その構造的課題

2021年以降、製薬会社に対する業務停止命令処分が立て続けに発令され、医薬品の品質に対する信頼が揺らいでいる。

日本製薬団体連合会の調査によると、2021年8月末時点で、1万5,444品目のうち、3,143品目(約2割)において出荷停止・調整中という事態に陥っており、そのうちの9割以上を後発医薬品が占める*1。背景には、日本の後発医薬品産業の構造的な課題が潜んでいる。

2007年度の後発医薬品販売額は月額183億円だったが、2021年度には約6倍の1,159億円にまで急成長を遂げた*2。2011年9月時点で39.9%だった後発医薬品の使用割合も2021年9月には79.0%まで拡大*3。高齢化等に伴う医療費負担の増大に対して、薬剤費負担軽減のために、薬価の安い後発品の普及を政府が推進してきたためだ。

社会的要請を背景に、国策が後発医薬品の市場拡大を後押しする中、医薬品メーカーは急速な事業拡大の機会を得た。しかし一方で現場には多大な負荷がかかっていた。その結果、品質を担保して医薬品製造・販売を行うという医薬品事業の当たり前の運営がないがしろにされ、「(品質の担保なき)安定供給」が横行した。

現場の声を聴けば、構造的な疲弊は明らかだ。NHKのホームページに掲載されている品質問題を起こした企業の現場の声を読むと、製造を優先して品質上の課題を放置する企業体質やマネジメント体制が横行していたことがわかる(図表1)。

当局も対策を取り始めている。8年ぶりに更新された「医薬品産業ビジョン2021」では、医薬品産業政策として取り組む重要課題の4テーマ(革新的創薬、後発医薬品、医薬品流通、経済安全保障)の中に、後発医薬品の品質確保と安定供給も取り上げられた*4。 

また、厚生労働省は、2022年の医薬関係予算で後発医薬品などの品質確保・安全対策のために約1億5,000万円の予算を新設。法令違反行為に対するGMP(適正製造規範)調査体制の強化などを中心に後発医薬品に対する監査体制の強化を発表した*5

日本製薬団体連合会も2021年に実施したアンケート調査に基づき、医薬品製造所における人員確保の考え方を厚労省と相談の上でまとめた。品質保証部門の人員比率の目安のほか、品質管理・品質保証の体制強化のあり方を示した*6

だが、品質マネジメントシステムが企業のトップから現場まで一貫して常時機能するようにならなければ、薬事当局の取り組みは対症療法で終わる。

また、課題が起きた背景、組織体制(人員数、技能、役割分担、ガバナンス)、組織の体質(意思決定構造、企業文化)、多くの後発医薬品メーカーのオペレーションの実態を踏まえれば、表出している課題が全貌であると考えるのは早計であろう。

これから医薬品の品質に対する信頼を回復できるかは、産であれ官であれ、どれだけ現場の実態に向き合って現実的かつ抜本的な改革に着手できるかにかかっており、今こそ取り組むべき時である。

第2章:医薬品の法令順守、品質担保、安定供給実現のために注視すべきポイント

本章では、医薬品の品質担保や安定供給実現のために順守すべき法制度と、留意すべき事項について説明する。

(1) 製薬会社が守るべき法制度

製薬会社が順守すべき法制度として、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下、薬機法)が注目されるが、薬機法以外にもさまざまな法制度のもと、事業運営を行う必要がある(図表2)。

a) 医薬品の品質担保のための法制度
医薬品の品質担保に関する法令の一丁目一番地として、薬機法が存在する。薬機法には、GMP省令、GQP省令等、個別省令が存在し、研究開発・製造・販売・流通など、バリューチェーンの各段階に対する規制が定められている。

b) 従業員保護のための法制度
品質の確保された医薬品の製造は、安全安心な労働環境、地域環境のもとに成り立つ。例えば、従業員の労働安全を担保するための規制である労働安全衛生法、危険物の取り扱いについて定める消防法などが挙げられる。これらの法令は、研究開発や製造のプロセスで特に留意すべき法令である。

c) 周辺環境保護のための法制度
医薬品の製造では、地域環境の保護にも留意が必要となる。例えば水質汚濁防止法、下水道法、大気汚染防止法などの製造業一般にかかる規制は、製薬会社も順守が求められる。

医薬品の製造では薬機法に限らず、さまざまな法規制に留意する必要がある。大切なのはバリューチェーンの各機能(研究開発・製造・流通…)がそれぞれに法規制に対応するのではなく、上流から下流まで、一連のオペレーションの前後の連携を想定しながら包括的に対応していくことだ。

(2) コンプライアンスのための重要なレバー

製薬会社が守る法令は多岐にわたり、バリューチェーンの上流から下流までの一連のオペレーションを想定しながら包括的に取り組む必要がある。そのために重要な4つの「レバー」を説明する(図表3、図表4)。

a) 全社への法令順守意識の浸透
全従業員がコンプライアンスの意義、目的を理解しているだろうか。ルールで縛られているからと従業員が仕方なく従っていたり、講習や研修が形式化したりしていないだろうか。コンプライアンス意識が欠如すると、目先の業務に追われ、重大な欠陥を引き起こしかねない。

b) 法規制に関する正しい知識の浸透
一部の担当者に任せきりにせず、経営層から現場社員まで自らの事業に関する最新の法規制を正しく理解しているだろうか。特に経営層が最新の法規制を理解していなければ、法令から逸脱した指示をしてしまうかもしれない。また、現場では、異動や担当替えの際に完全に引き継がれず、知らず知らずのうちに法令違反状態に陥る可能性もある。

c) 法令順守に必要な組織設計・人材配置
コンプライアンスには、意識や知識だけでなく、組織全体としての体制構築も必須だ。現場任せになっていたり担当がサイロ化していたりすると、法令違反に気付けないほか俯瞰的に対応状況を把握できなくなりかねない。コンプライアンスを現場任せ、属人的な活動としてはならず、組織全体として取り組み、カバーし合える状態を築くことが必要である。

d) 法令順守を維持するための仕組み作り
意識・知識・組織に加えて、マニュアルやプロセスの作成も重要となる。属人化を避けて誰もがコンプライアンスを守れるようになるほか、悪意を持った法令違反を未然に防いだり、警告したりできるようになるためだ。

コンプライアンスの活動について、手順書やマニュアルといった文書が整備され、誰もが実施できるようになっているだろうか。また、表計算や手作業が大量に存在したり、ITシステムを十分に活用できない状態になったりしていないだろうか。きちんと仕組みが整っていないと、ミスの多発やデータの消去・改ざんにつながりかねない。

第3章:コンプライアンス(法令順守)経営の要諦

コンプライアンスが企業に問いかけているものは経営品質であり、その中心的役割を果たすものが従業員による現場の業務品質である。だが、コンプライアンスのためのプロセスを作り、従業員の行動をモニターし、チェックを増やすだけでは不十分だ。

従業員の行動を本当に変えるには、従業員の安心・安全を基本とした良い業務習慣を築くことが必要になる。これに対する配慮のないコンプライアンス改善策では「やらされ感」から抜けきれず、改革の士気が一過性の高揚で終わってしまう。新たな業務習慣が、従業員一人一人の幸福の実感に結びついて初めて、行動変容が実現する。

企業の全機能部門で良い業務習慣を築き、コンプライアンスの意識向上を目指して後戻りのない行動変容を実現するには、従業員の業務習慣の変更を中心に据えた施策が必要だ。その際、以下の4つのレバーの検討が欠かせない(図表5)。

 

(1) 従業員の安心・安全に焦点を当てる

従業員がコンプライアンスを当然のこととし、良い業務習慣を実践するには、今の職場を安全と感じ、安心して働ける環境だと自覚することが重要だ。

ある米国企業の経営者は、従業員の安心・安全について、職場で病気やケガをしないという以外に、従業員が毎日次の質問に肯定的に答えられるようにすることが大切だと言っている*7

a) 自分は所属するコミュニティで尊厳と尊敬を持って扱われているか

b) 自分は会社から教育訓練や財務的支援、激励を受けて企業活動に貢献しやすい環境にあるか

c) 自分が評価されたいと思う人(ロールモデル)から適切に評価されているか

 

a)に対して、「いいえ」という場合、例えば、会社が法令違反を犯し行政処分を受けると、家族まで風評被害にさらされて従業員が退職せざるを得ない状況に追い込まれやすい。

b)に対して、「いいえ」という場合、従業員は会社から放置されたと感じ、十分な知識とスキルのないまま、与えられた仕事を強制的にさせられている感覚を抱きがちとなる。その結果、単一のKPI(売上など)を盲信して組織における自分の存在意義を満たそうとする。こうした無知と思考停止と盲信が、業務上の過誤とその隠ぺいを生んだ例は数多い。

上記のc)に対して、「いいえ」という場合は、現在の業務では憧れのロールモデルには近づけない、または評価されていないということになり、積極的に現在の業務を進める意欲を失う。仮に今の業務手順に法令からの逸脱があると認識すれば、自分のロールモデルに見られまいとして、手順を隠ぺいしかねない。

コンプライアンスを十分に満たした業務品質を社員が実現できるように習慣づけるには、そうした習慣を実践している自分への誇りを持つ必要がある。

そのような社員を持つ会社の経営では、戦略や方針の設置、基準やSOP(標準作業手順書)の整備、業績連動評価制度などのハードウェアが整っている。また、従業員が安心・安全に働けるという感覚を持てるように、具体的かつ全社一貫した経営の工夫を施している。

(2) 従業員の業務習慣を変える

コンプライアンス意識の向上には設備投資だけではなく、「この企業なら安心して働ける」と従業員が思えるコンプライアンス優先の企業文化の醸成が最も重要だ。また、リーダーが現状のシリアスな課題を直視し、真摯に解決しようとする姿勢が、従業員の離職を防ぎ、コンプライアンスへの積極性を引き出す。

「従業員は自分の意志で行動を決めている」と経営者は考えがちだが、実は前任者から受け継いだ業務習慣に従っていることの方が多い。この習慣のメカニズムを知ることで「良い習慣」を増やし、「悪い習慣」を減らすことができれば、業務習慣が変わり、コンプライアンスは向上していく。

現場で法令違反を犯して、それを隠ぺいするなどの悪しき習慣には必ずキッカケがあり、それがあると自然と行動するルーチンがあり、そのルーチンには報酬が伴う。この報酬があるため、隠ぺいにしろ、改ざんにしろ、身についた悪しき習慣を変えるのは難しい。

だが、チャールズ・デュヒッグが“The Power of Habit”で主張しているように、一連のサイクルの中で「ルーチン」だけを更新することで習慣を変えることはできる*8

例えば、売上至上主義や市場への安定供給最優先の方針の下で、製造業務がひっ迫している中、製造現場の責任者からの圧力がかかったとしよう。現場の作業者は思考停止となり、規制で定められた手順をスキップしてでも製造を急ぎ、出荷を優先する。この間に、手順からの逸脱、または新たな手順の捏造が発生しても、組織ぐるみで隠ぺいするという悪しきルーチンが生まれてしまう。この悪しきルーチンの報酬は、直属の上司からの好評価や失職リスクの回避である。

同様の「キッカケ」が発生した際に、現場作業者が同じ報酬を得るための新たなルーチンとして考えられるのは「現状の切迫感の正直な報告と、コンプライアンス手順で実行するための新たな業務スケジュールの実施」だ。

この新たなルーチンで現場責任者の好評価という報酬を望むには、コンプライアンスを最優先とした方針のほか、業務手順の設定と管理職の再教育が必要になる。また、この方法で従業員のルーチンが刷新されることが、コンプライアンス経営上、最も良いことと確信を持って経営者が奨励することも重要だ。

(3) 従業員の自律を引き出す

現場の品質問題は多くの場合、外部の情報や教育の機会が与えられず、孤立した環境で受動的に業務をこなす中で発生するように見受けられる。

これまでに筆者らが支援をした製薬会社の場合も、コンプライアンスの問題を起こした当時、現場の従業員の多くは受け身の真面目さはあっても、現在の仕事に対して自ら学び、自発的に向き合う積極性に欠けていたのではないかと思われた。こうした現場の従業員の消極性、または無気力が、コンプライアンス問題を引き起こす遠因になっていたようにも考えられる。

仕事への貢献意欲を引き出すには、キャリアの自律を促すことが重要だ。それには職場で他愛のない雑談ができる雰囲気や、役職に関係なく互いにわからないことを聞き合あえるフランクで風通しのよい職場環境を築き、社員の心理的安全性を確保・向上する必要がある。

従業員が「やらされ感」から解放され、自発的に仕事をすれば、職場は活気を取り戻す。経営者が社員の心理的安全性の確保を経営課題として捉え、これを積極的に主導していくことにより社員の自律は引き出されるものと思われる。

(4) 従業員の業務成熟度を高める

前述の米国企業の経営者は、経営の最優先事項に従業員の安心・安全を掲げた。あらゆる経営会議で従業員の安全性向上のための課題をまず討議し、改善計画の立案・実行を継続したことで、極めて高い安全性の実現と業績の大幅向上につなげた。この姿勢は多くの企業経営者にとっても手本になりうる。

例えば、従業員が業務時間内に余裕をもって作業を完了できる環境を整えたり、市場の需要が多く収益性の高いものに製品のポートフォリオを絞り込んだりすることなどが必要となる。従業員の完全な「安心・安全」の実現には従業員を囲む業務オペレーションの全てに気を配り、健全なものにしなければならない。

製薬会社においてコンプライアンス経営を実践するには、従業員の職場環境に気を配り、業務の品質と成熟度の向上に継続的に関心を寄せることが重要である。現場の従業員による多くのトライ・アンド・エラーで培われた経験則に従って、業務の成熟度を高められれば高品質は生み出される。

経営者の役割は、従業員の「安心・安全」に腐心することが、結局はコンプライアンス経営の実現と会社の業績向上につながることを熟知し、率先して業務品質の向上に取り組むことである。

経営者が首尾一貫して業務品質の向上に取り組む姿勢を示し、従業員が、この方針に整合した単純なルールに沿って業務の成熟度を上げていけば*9、コンプライアンスが、その製薬会社のDNAとなる。

出所

*1 日本製薬団体連合会, 2021. 「安定供給確保に関するアンケート調査」
*2 厚生労働省, 2022. 「医薬品業界の概況について」
*3 厚生労働省, 2021. 「後発医薬品の使用割合の目標と推移」
*4 厚生労働省, 2021. 「医薬品産業ビジョン2021」
*5 厚生労働省, 2021. 「令和4年度医薬関係予算案の概要」
*6 日本製薬団体連合会, 2022. 「製造所における人員確保の考え方」
*7 Paul H. O’Neill, Sr., September 2020. A Playbook for Habitual Excellence: A Leader’s Roadmap From the Life and Work of Paul H. O’Neill, Sr., p20-24. Value Capture, LLC.
*8 Charles Duhigg, 2014. The Power of Habit, p31-59. Random House Trade Paperback Edition 
*9 Daniel Coyle, 2018. The Culture Code, The Secrets of Highly Successful Groups, p200-214. Random House Business

お問い合わせ先

石毛 清貴

石毛 清貴

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

田畑 萬

田畑 萬

シニア・アドバイザー, PwCコンサルティング合同会社

Follow us