水素エコシステム実現への道筋何が前進を妨げているのか、どうすれば加速することができるのか

クリーン水素による気候変動の抑制とは

再生可能エネルギーを利用して生成するクリーン水素は、鉄鋼生産、化学工業、長距離トラック輸送など、最も脱炭素化が困難なセクターを脱炭素化するためのソリューションとして、また、PtL（パワー・ツー・リキッド）製法で製造される航空機や船舶用の燃料の原料として世界的に期待されています。それゆえ、水素は気候変動を抑制するための国家戦略や地域戦略において重要な役割を担っています。しかし、こうした野心とは裏腹に、世界的に市場はまだ初期段階にあり、その進展は（いくつかの例外を除いて）極めて緩慢です。

本レポートでは、7地域（欧州、オーストラリア、北アフリカ、中国、中東、米国、中南米）の水素市場を詳細に分析し、それぞれの地域について、クリーン水素プロジェクトに関するこれまでの進捗状況を評価し、開発ペースを上げるために何が必要かを特定します。さらに、生産者、オフテイカー、流通業者、その他の仲介業者、そして政府と規制当局といったエコシステムの各プレーヤーが、世界経済の脱炭素化に必要とされるスピード感で水素市場を構築するための一貫した協力体制において、どのようにそれぞれの役割を果たすことができるかを示します。

世界の水素市場のダイナミクス

世界中で発表されている低炭素・再生可能水素プロジェクトの数は着実に増加しており、2020年から2023年の間に1,500以上の新規製造プロジェクトが発表されています。再生可能な電力を使って水を酸素と水素に分解して製造する再生可能水素に関しては、欧州が優位を保っており、世界で確認されている再生可能水素プロジェクトの半数以上が欧州で行われています。

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低炭素水素（天然ガスから水素を製造する過程で発生する炭素排出を削減するための炭素回収・貯蔵（CCS）技術を含む方法を用いて製造される水素）については、2023年に発表されたプロジェクトの数で北米がリードしています。プロジェクトの数だけでなく、再生可能水素の容量を見ると、2023年までに発表された容量が最も大きい欧州（200GW）がトップで、アフリカ（170GW）、オセアニア（130GW）がこれに続きます。ただし、「発表済み」と「建設済み」は同じではなく、これらのプロジェクトが完成しないリスクも残っていることに注意が必要です。

今後、パリ協定の気候目標を達成するためには、2030年までに世界で約1億トンのクリーン水素が必要となります。2050年までには、世界経済の脱炭素化に必要な水素量は 5億トン になると予想されますが、信頼性の高いベースロードを提供するという役割とコストの低さから、そのソリューションの一つとして低炭素水素も含まれることになるでしょう。

現在世界で稼働している電解槽の容量は約1GWに過ぎず、再生可能水素を80,000トン程度（十分な再生可能エネルギーがある場合）しか製造できません。これを2050年までに500倍にするためには、喫緊に世界中で生産能力を増強する必要があります。

クリーンな水素製造能力を構築する上での課題

世界的にクリーン水素製造能力を必要なレベルまで向上させる上で、以下の5つの障壁があります。

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潜在的な水素製造者は、拘束力のあるオフテイク契約を結んでいないため、最終投資決定（FID）や建設段階に到達するために必要な資金を調達することができません。一方、オフテイカー側は、クリーン水素の価格が一般的に化石燃料よりはるかに高価であるため、必要な契約を結べません。

生産者は苦境に立たされています。クリーン水素の価格が高いため契約や資金を確保することができない一方、まだスケール効果がなく、生産設備を建設するための自己投資額が非常に高くつきます。

水素市場の規制は、特に欧州では依然として厳しいものです。水素製造のための再生可能電力の製造方法を管理するために、（新たな再生可能エネルギー設備に対する投資を促す効果がある）追加性や、再生可能エネルギーと水素生産の時間的・地域的相関性など、高い要件と持続可能性基準が設けられており、製造量増加の障壁となっています。

再生可能水素の製造は、再生可能電力を十分に利用できることが前提条件となります。1,000万トンの再生可能水素を生産するためには、約500TWhの電力が必要です。したがって、風力タービン1基が年間20GWhの電力を生産するとして、電解槽に必要な電力をまかなうだけでも25,000基の風力タービンが新たに必要となります。

最も低コストで水素を製造できる地域は、多くの場合、水素が消費される場所から遠く離れており、このような状況では、包括的な水素インフラがないことが大きな障壁となります。水素の生産、貯蔵、流通のネットワークを構築するには、多額の投資と多くのステークホルダーの調整が必要です。

必要なアクション

世界的なクリーン水素市場の発展には、いくつかの障害が立ちはだかっています。これらの障害には、コスト、規制、再生可能エネルギーの利用可能性、貯蔵と輸送の問題などがあります。

その結果、地域や国は、気候変動目標を達成することが困難になっています。これらの課題は、産業界が共同で取り組み、全てのエコシステムプレーヤーが同じ方向を向くことによってのみ克服できるものです。私たちは、それぞれのステークホルダーが取るべきアクションを以下のように特定しました。

水素製造に必要な大規模投資のための安定した基盤を提供するために、世界中の規制当局は、明確で支援的な規制の枠組みを確立しなければなりません。これには、明確な目標と基準を設定すること、そして、過度に細かい規制によって生産を抑制しないことが含まれます。

明確な規制と十分な財政的インセンティブの後押しを受けて、コスト競争力を向上させることが、将来の水素製造業者にとっての最優先課題です。化石燃料との差を縮めるために、生産者は技術の進歩、規模の経済、生産プロセスの最適化に力を注がなければなりません。

排出削減義務を果たすためには、排出削減が困難なセクターのオフテイカーは、水素をエネルギーミックスに組み込むことにコミットし、水素利用の明確なスケジュールを設定する必要があります。その結果、安定した水素需要を生み出すことで、製造業者や販売業者は必要なインフラに投資するようになります。生産者はその後、規模の経済を享受できるところまで数量を増やし始め、オフテイカーのコストを引き下げることができます。

世界のクリーン水素市場の成功は、パイプライン、貯蔵施設、燃料補給ステーションなど、必要なインフラの拡充に投資する流通業者や貿易業者にかかっています。これにより、エンドユーザーへの水素の効率的な流通と輸送が可能となります。輸送回廊は、その国や地域で計画されている水素プロジェクトに合わせて、生産者とオフテイカーを結ぶのが理想的です。

ドイツの水素関連プロジェクトである「H2Global」のようなアグリゲーターは、水素経済を拡大するために重要です。アグリゲーターは需要を集約し、より大規模なプロジェクトの建設を可能にし、生産者に必要な長期契約をオフテイカーに必要な短期契約に変換します。強固で持続可能な水素市場を構築する上で、アグリゲーターの役割は極めて重要です。

結論

世界の水素市場は、脱炭素化が困難なセクターの脱炭素化と温室効果ガス排出量削減に大きな可能性を秘めています。しかし、高コスト、規制の壁、再生可能エネルギー供給の制限、インフラの不足など、大きな課題も残されています。このような課題を克服し、水素市場の可能性を最大限に引き出すためには、すべてのエコシステムプレーヤーが連携し力を合わせて取り組む必要があります。これには、政府、規制当局、生産者、オフテイカー、流通業者、仲介業者、研究機関、投資家が含まれます。

これらの障壁に対処し集団で行動を起こすことで、水素市場は急速に成長して低炭素経済への移行を可能にし、気候変動目標の達成に貢献することができます。今こそ行動を起こす時であり、その潜在的利益は計り知れません。

本レポートでは、複数の地域におけるクリーン水素市場の詳細な分析をご覧いただけます。

Florian SchäferとMarie Hufenも本レポートに貢献しました。

※本コンテンツは、『Navigating the global hydrogen ecosystem』を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。