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金融機関のリテール事業を取り巻く環境が大きく変化している。2019年に金融庁が試算したいわゆる「老後2,000万円問題」が火付け役となって、国民の資産形成に対する関心が向上。2022年には政府が成長と分配の好循環を目指す「資産所得倍増プラン」を打ち出し、2024年1月に新NISA(少額投資非課税制度)がスタートした。一連の動きによって個人の資産形成に対する気運はかつてなく高まっている。足元では日米の金利動向を発端に金融市場が荒れ、ブームに冷や水を浴びせる場面も見られたが、今後も個人が資産形成に取り組む流れは加速するだろう。
新たに資産形成に乗り出す個人投資家が増加する中、証券会社や銀行などの間では新規や既存の顧客囲い込み競争が激しくなっている。特に割安な委託手数料や手続きの手軽さを売りにしたインターネット証券の攻勢は強まる一方だ。
これに対して、地方銀行(地銀)を中心とする地域金融機関の旗色は悪い。長年にわたって信頼関係を構築してきた顧客から預金先としての認識は持たれていても、資産形成のパートナーとしての印象は薄いためだ。顧客の高齢化も大手行に比べて進んでおり、ウェルスマネジメント(個人向け資産形成・運用)事業の持続性に黄色信号が灯りつつある。
一億総資産形成時代とも言える潮流の中で、地銀はどのようにウェルスマネジメント事業の戦略を再考し、成長軌道に乗せていくべきか。Strategy&による個人投資家への調査で見えてきた傾向を基に考察する。
日本の証券市場は近年、個人投資家の増加を受けて成長してきた。政府の後押しによってNISAの普及が進んだほか、インデックス投信を中心に安定的な利益を得られる環境が続いたためだ。2022年3月時点で3,000万口座だった個人の証券口座は、2年後の2024年3月には約2割増の3,590万口座にまで達した*1。NISA口座数も2024年3月末には前年同月末比24%増の2,322万口座と急成長を遂げている*2。
Strategy&が個人投資家約7,000人を対象に行った2023年の調査では、市場全体に追い風が吹いている状況で、ネット証券が多くの顧客を取り込んでいる様子が浮かび上がってきた。資産形成を始める初期の段階で32%がネット証券を口座開設の第一候補に挙げており、国内大手証券会社(34.1%)にほぼ匹敵する割合を占めている。メガバンク(10.6%)や地方銀行(8.1%)は大きく水をあけられている格好だ(図表1)。
また、投資歴5年超の人がネット証券を選んだ割合は28.4%だったのに対し、投資歴5年未満の人では48.3%に急増している。最初のパートナーとしてネット証券の存在感が高まっていることが浮き彫りになった。
なぜネット証券が支持されるのか。大手ネット証券2社で口座を開設した人の回答結果を見ると、「口座開設の手続きが簡単」「手数料が安い」「ポイントが付く」といった要素が上位に並ぶ。同時に、投資家がこれらの項目を厳密に比較検討しているわけではなく、口コミやイメージで選んでいるという結果も垣間見えた。「ネット証券各社を比較した」という人は口座開設者の5%ほどにとどまった。ブランドイメージや友人・知人からの影響を受け、ネット証券で口座を開設するケースが多いと推定される。
こうした中で最初に口座を開く先として地域金融機関を選ぶ層は何に着目しているのか。Strategy&の調査において、地銀が口座開設の第一候補となる割合は8.1%だったことは前述した。その理由として「近くに支店があるから」が24%、「地元で馴染みがある」が19%となっており、両者が20%前後となった金融機関は他にない。また、「営業員/販売員による説明の分かりやすさ」も13%と保険会社に次いで高かった(図表2)。
年代にかかわらず初めての資産形成だから人に相談したいというニーズは確実に存在しており、支店網や営業員と直接話せる窓口といったタッチポイントの多さは依然として強みであると言えよう。また、馴染みを理由に第一候補としていることから、顧客のロイヤリティや粘着性も一定程度高いことがうかがえる。
ただ、地銀の顧客の特性で無視できないのが高齢化だ。Strategy&の調査では、メガバンクで資産形成をしている顧客のうち退職者が占める割合は15%だったが、地銀の場合は9ポイント多い24%だった。退職をきっかけに資産形成を考えるシニアのマス層(背景金融資産300万円~3,000万円未満)が多く存在しており、遠からず相続のフェーズに入ると考えられる。
Strategy&の調査で興味深かったのは、ネット証券で口座を開設して資産形成を始めた顧客の動向だ。74%が国内大手証券や地銀、大手行などの非ネット金融機関を併用、6%は完全に鞍替えする動きが見られた(図表3)。
その理由はどこにあるのか。地銀を選んだ顧客に理由を尋ねると、「ネット証券ではどのような商品を買えばいいか分からず放置していた」など、選べないほどの商品に対する困惑が透けて見えた。また、一定程度の投資経験を積むことでより高度な資産形成に興味を持つほか、相続や退職金でまとまった資金を得ることで、信頼できるプロの助言を求める傾向が強まった可能性もある。
新たな利用先として選ばれた金融機関の内訳は、大手証券が約30%、地銀が約20%、大手銀行が19%だった。ただ、やみくもに新しい金融機関を探しているわけではないようだ。預金口座を持っているなど、すでに付き合いのある金融機関を候補とする傾向が見られた。地銀の利用を始めた50代の女性は「電話によるアプローチが多かったので、本格的に運用するようになった」という。大手銀行を選んだ50代の女性も「今後いきなり新たな証券会社と付き合うのはハードルが高い。口座を持っているなど関係性がある銀行が選択肢としてまず挙がる」と回答した。
ネット証券に流れた顧客を取り戻すのは、一般的に極めて難しい印象を持たれがちだ。しかし、私たちの調査からは、必ずしもネット証券の独り勝ちとはなっておらず、対面の接点を求める顧客がかなりの規模で存在することが分かる。今後個人投資家が増える中でもこうした傾向は続くだろう。一度はネット証券に流出した顧客であっても地銀の元へ戻ってくる可能性があることから、顧客が循環する流れをうまくとらえて、受け皿になることが重要だと言える。
対面での接客はネット証券を選んだ投資家の呼び水になる一方、顧客を失う要因にもつながる「諸刃の剣」だという点には留意する必要がある。
地銀や信金で資産形成の開始を検討した経験がある人のうち、実際に口座開設にまで至ったのは50%であった。減少した50%分のうち24ポイントが「営業員と話した」ことを離脱の理由に挙げている。詳細を質問すると「知識が乏しい」「説明が分かりにくい」が上位に入り、基本的な商品知識や説明スキルが不足していることへの不満が目立った。
地域金融機関におけるリテールの営業員は、ウェルスマネジメントだけでなく相続や住宅ローンなど幅広い商品を取り扱っている。それに伴う業務量の増加で個別の金融商品への知識が不足していたり、金融市場の状況や見通しに沿った提案が十分にできなかったりする営業員は少なくない。その日の株式市場、為替相場などを確認してから1日を終えることが日課になっている地場証券の営業員と比べると、金融商品や金融市場に関する専門性や知識で後れをとりがちだ。また、地銀の営業員にはノルマが課せられている場合が少なくなく、顧客の状況を顧みずに自行が売りたい商品を積極的に勧める傾向も見られる。これも顧客の印象を悪くする一因だ。
地域金融機関で口座開設を検討した後、実際に開設した人と離脱した人の投資志向を比較してみた。その結果、長期の目標に沿って運用するゴールベースを志向する割合に大きな違いが見られた。口座を開設した人でゴールベースの投資を志向していたのは12%だったのに対し、離脱した人では22%が志向していたことが判明。長期の目線で資産形成を考えたい人が離脱していることを示しており、対面が持つ本来の強みを生かし切れていないことが分かる。
米国において個人投資家の志向が回転売買からライフプランニングを軸にした長期の投資に変化したのと同様に、日本でも投資に対する考え方が変わりつつある。ゴールベースを含めて人生全般におけるお金のアドバイスを金融機関に求める傾向は今後も強まるだろう。こうしたニーズに応えられなければ、せっかく抱えている預金者からは資産形成のパートナーとしてみなされず、対面アドバイスを求めるネット証券の利用者からも選ばれないというダブルパンチに見舞われかねない。
では、ウェルスマネジメント事業を今後立て直して成長軌道に乗せるためには、何から取り組めばよいだろうか。まずは営業員も巻き込む形で自行の顧客を理解することだ。現状で他の金融機関に流れている顧客層とその理由、どういう顧客がネット証券から自行に流れてきているかは把握するべきだろう。それらも踏まえた上で顧客のセグメンテーションを整理し、自行が成長するために向き合うべきターゲット顧客を特定したい。
金融機関によってターゲット顧客は異なるため、一概にどの層が重要とは言えないが、中長期のライフタイムバリューも加味した上で互いにメリットを得られる顧客が望ましい。やや極端なことを言えば、効率的なアプローチが必要になるマス層(背景金融資産300万円~3,000万円未満)以下がNISA口座を開設するためにネット証券に流れていたとしても、この層を守るために多大なリソースを割くのは得策ではないケースが多いだろう。
銀行は社会インフラとしての役割を担う面もあるが、収益を上げるという大原則を背負っている。その点をきちんと意識した上で、ウェルスマネジメント事業においても貢献度の高い顧客を合理的に選別して取り込んでいくべきだ。
顧客のセグメンテーションを終えた後は、セグメントごとに適切な提供価値モデルの設計が必要となる。効率的かつ顧客のニーズに沿った対応チャネルを整理して、それぞれに提案する金融商品やサービスを決めていくのだ(図表4)。
例えばアフルエント層(背景金融資産5,000万円~1億円)以上の場合、資産の形成や保全、承継に関する包括的なアドバイスを提供価値と定め、ゴールベースアプローチ型の資産形成やポートフォリオ構築の助言などを提案の軸に据えることが考えられる。ただ、対面を好まない層もいるため、その場合は支店の担当者がリモートで面談することで迅速性や利便性を維持しつつ、対人による安心感も与えるといった対応が必要になる。
一方、マス層(背景金融資産300万円~3,000万円)、マスアフルエント(背景金融資産3,000万円~5,000万円)に対しては、固定の担当者を設けず、インサイドセールスをメインチャネルとすることで効率を高められる。このように自行の収益性の基準に照らして顧客を「区別」し、最適な対応策を構築していくことがウェルスマネジメント事業の成長には欠かせない。
ただし、ここで顧客セグメントを細かくしすぎると、対策が複雑になって逆効果となる。ここでは5つのセグメントに分けているが、多くなりすぎないように留意することが重要だ。
顧客のセグメンテーションと提供価値モデルの設計が済めば、ウェルスマネジメント事業の再構築を図りやすくなる。具体的な手順は3つに分けられる(図表5)。
まずは既存の預金口座を持つ顧客にアプローチして、取りこぼすことなく運用の口座を開設してもらう囲い込みだ。証券子会社を含めグループ全体のタッチポイントを生かして、ターゲット顧客を中心にウェルスマネジメントの窓口へ誘導していきたい。
二つ目は顧客が流出する量を極力減らすための止血策となる。せっかく口座開設検討の俎上に載っても、他社を選ぶ顧客は必ず存在する。その量をなるべく抑制するために、既存顧客の動向を営業部員が把握し、先手を打って資産形成を支援できるアプローチを行うべきだ。また、営業員の対応力や金融リテラシーの向上、顧客理解の深化といった点にも気を付けた方がよい。
三つ目はネット証券を利用した後に対面型のアドバイスを求めて、もともと接点のあった金融機関の利用を検討し始めた顧客を確実に取り込むことだ。地銀へのロイヤリティが高い顧客は依然として存在するため、いったんは離脱した顧客に対しても継続的に情報発信を行うなどフォローを続ける必要がある。ただ、デジタル面で顧客にストレスを感じさせないシステムが求められるほか、ここでも営業員の対応力が試される。
一連の取り組みを始めると、図表5に示しているようにさまざまな課題や仮説が浮かび上がるはずだ。ここで見えた課題や仮説をきちんと分析しつつ、ウェルスマネジメント事業を再構築していかなければならない。ターゲット顧客と提供価値のほか、多様な項目で構築するオペレーティングモデルを掛け合わせる作業は困難を極めるだろう。このため、営業組織やプロダクト、KPIなどオペレーティングモデルを構成する要素の一部を修正することで済ませようとする金融機関が目立つ。
だが、選定したターゲット顧客と中長期にわたって信頼関係を構築していくためには、部分最適の改革では不十分だろう。オペレーティングモデルを構成する12の要素(図表6)を俯瞰した上で、抜本的に事業のあり方を変えていく必要がある。
金融機関が改革に取り組むにあたって障壁となりがちな要素が3つある。「ヒト」「システム」「カネ」だ。中でもウェルスマネジメント事業における営業員の人事制度は根本から見直す必要がある。例えば富裕層や地銀に愛着を感じているアフルエント層(背景金融資産5,000万円~1億円)などは、資産形成をするにあたって営業員と長期的な関係を構築したいと考えがちだ。しかし、多くの銀行では3~5年程度で営業員が転勤や配置転換で異動するため、希望に沿えない状況になっている。この仕組みを変えていくのか、変えないならばどのようにして顧客のニーズを満たすのか、を真剣に考える必要があるだろう。
同時に既存の評価基準とは別の軸で、ウェルスマネジメント事業の営業活動に紐づいたKPIの導入も重要だ。ただし、人事評価制度は全社的に管理・監督する領域のため、人事部を巻き込む形での検討が求められる。
システムやツールの開発も避けては通れない。営業員の生産性が改善するほか、助言や提案の質向上が見込めるためだ。顧客とのやりとりで順守しなければならないコンプライアンスの面でも録音や音声の分析といったツールは役立つ。
ただ、IT部門が主導してシステムやツールの開発を進めると、営業現場や顧客のニーズから乖離するケースが見られる。IT部門のバックアップを得ながら、あくまで営業部門が主導して開発していくことが望ましい。また、銀行のITプラットフォームは行内の法人部門や証券子会社などと共有している部分もあるため、相互の関係や役割にも留意した開発が肝要だ。
「カネ」はグループの収益管理を意味する。大手行や証券併設地銀で採用している収益管理制度は、銀・信・証(銀行、信託銀行、証券)が部分最適に動かざるを得ないものになっており、それぞれの隔たりを生みやすい。法人をまたいだ協業が促進され、グループ全体の収益を高めていける仕組みや収益管理の制度を導入していくべきだろう。
上記したように「ヒト」「システム」「カネ」に踏み込んだ改革は、一つの部門では完結しない。全社アジェンダに設定して取り組むべきテーマだ。困難も伴うだけに、最後までやり抜くには経営陣が深くコミットし、変革の重要性を組織内に説き続ける必要がある。
ここまで地域金融機関がウェルスマネジメント事業を成長軌道に乗せるための施策を概観してきた。改めて必要なアクションを図表7にまとめている。
地域金融機関のウェルスマネジメント事業に触れる中で最も痛感するのは、顧客をきちんと選別するカスタマーセグメンテーションの弱さだ。ここが全ての入り口になるため、経済合理性を軸にしたターゲット顧客を鮮明にした上で提供価値や営業モデルを構築していくという基本的なプロセスをいま一度確認してはどうか。メリハリをつけたターゲットの設定によって逃げる顧客も出てくるだろうが、ぶれることなく収益性に基づいた線引きを貫くべきだ。
長期投資を志向する顧客と信頼関係を築いていくには、営業スタイルや人材育成のあり方も変える必要がある。これまで金融商品を売る「モノ売り」に近い文化が根付いている地域金融機関は多いため、組織内の反発も予想されるだろう。だからこそ、あるべきウェルスマネジメント事業のビジョンを経営陣が示し、組織の足かせ要因を含めて全社で解決するよう先導しなければならない。
過去10年を振り返れば、異次元の金融緩和やマイナス金利政策を受けて市場に流れ込んだ膨大な資金、米国を中心とする好調な株式市場の推移などによって、投資をすれば安定的にリターンを得られる状況が続いてきた。だが、日本でもようやくマイナス金利政策が解除されて金利が長い眠りから覚めたほか、株式市場のけん引役だった米国でも景気後退懸念が強まりつつある。これまでのようにインデックス型の投資信託を顧客に勧めていればお茶を濁せるフェーズは終わりを迎え、より専門性の高い助言がウェルスマネジメント事業の営業員には求められることになる。こうした潮目の変化を、地域金融機関の経営陣は強く意識するべきだろう。
ウェルスマネジメント事業自体は長期的にポテンシャルの高い事業ではあるが、残念ながら全ての地域金融機関が果実を得られるわけではない。過疎化や少子高齢化が深刻な地域では顧客基盤が整わないためだ。地域の実情を踏まえた上で外部の証券会社と提携したり、撤退・縮小したりする金融機関が出ても不思議ではないし、それも一つの戦略だろう。最も避けるべきなのは、中途半端にこれまでのあいまいな戦略を引きずり続けることだ。
金利が目覚め、資産運用立国の潮流が強まった2024年はウェルスマネジメント事業の大きなターニングポイントだと言える。自社にとって重要な顧客を見定めつつ、その顧客に提供すべきサービスを見極めて社内の改革を推進する覚悟が、金融機関の経営陣は問われる。
*1:日本証券業協会「全国証券会社主要勘定及び顧客口座数等」
https://www.jsda.or.jp/shiryoshitsu/toukei/kanjyo/index.html(2024年8月閲覧)
*2:金融庁「NISA口座の利用状況に関する調査結果の公表について」
https://www.fsa.go.jp/policy/nisa/20240612.html(2024年8月閲覧)