SDV(Software Defined Vehicle)による自動車業界革命

―欧州自動車産業視点での生き残り策―

自動車業界の変革の起爆剤―SDV(Software Defined Vehicle)

SDV(Software Defined Vehicle)は、ハードウェアとソフトウェアの分離(デカップリング)、アーキテクチャドリブンのプラットフォーム開発、E/Eシステム(電気電子システム)の集中化によって、自動車業界に画期的なシフトをもたらします。完全なSDV化を実現しているメーカーはまだ存在せず、中国や米国の複数企業が現在、SDV化のプロセスをリードしています。SDV化に向けたこの発展により、自動車業界ではバリューチェーンの再編が進みつつあります。ソフトウェア開発、E/E開発、E/Eコンポーネント供給のグローバルにおける市場規模のCAGR(年平均成長率)は2025年から2035年にかけて最大~5% と、業界平均を上回る見通しです。

こうした中、欧州のメーカーはSDV分野のケイパビリティの拡張に取り組んでおり、今後も新たな協業を通じて欧州域内におけるエコシステムの拡大を進めていくとみられます。これに対して、中国市場ではテクノロジー企業が優位に立ち、伝統的なバリューチェーンやバリュープロポジションに破壊的変化が起こりつつあります。欧州のOEMでは、市場規模の拡大と協業を生かしたより収益性に優れたバリュープールへのシフトによって、2035年までに200億ユーロの収益増を見込んでいます。ただし、これらの変革プロセスが停滞すれば、この収益増の実現は困難になります。

本レポートでは、世界のSDV市場の分析結果を基に、OEMがバリューチェーン内でのポジションを強化し、さらに競争優位性を維持するための戦略的な提言をまとめています。

SDV(Software Defined Vehicle)とは?

SDV(Software Defined Vehicle)とは、デジタル技術によって高度に制御される自動車のことを指します。SDVでは、運転、車内エンターテインメント、通信、安全性、快適性といった全ての機能がソフトウェアによって実現され、管理、制御、カスタマイズされます。

SDVはクラウドに接続され、周囲の環境とデジタルで相互にやりとりします。新たな機能はハードウェアを交換することなく、無線通信によって継続的にアップデートされるのです。つまり、ソフトウェアによって機能が更新されることを前提に開発・設計された自動車とも言えます。

SDV化の進展によって、ソフトウェアの開発・運用がハードウェアの制約から切り離されて拡張性が向上し、開発時間が短縮されるほか、デジタルエコシステムとの統合も実現します。

また、SDVは自動車だけに閉じた概念ではなく、ソフトウェアを基軸にモビリティの内と外をつなぎ、機能を更新し続けることでユーザーに新たな価値や体験を提供し続けるための基盤(エコシステム)とも解釈できるのです。

SDVの長所

SDVがOEMや顧客にどのようなメリットをもたらすかを以下にまとめました。これらのメリットからも明らかなように、OEMが市場で競争優位性を維持する上でSDV化は不可欠です。

SDVのメリット

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SDVアーキテクチャスタック

SDV化には、ソフトウェアの開発と運用をハードウェアの制約から切り離す高度なレイヤーアーキテクチャが不可欠です。この設計により、レイヤーを横断して基盤サービスを統合し、さまざまなアプリケーションや機能を開発することが可能になります。これらのサービスには、標準APIを用いてレイヤーを横断して、またはレイヤー内でアクセスできるため、シームレスな相互運用と柔軟性も確保されます。

SDVアーキテクチャスタック(概略図)

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機能統合のレベル

集中化のレベルは、機能ごとのニーズによって異なります。たとえばADAS/AD(先進運転支援システム)およびインフォテインメント機能は、単一の中央コンピューティングユニットに統合することができます。これに対して、パワートレインとシャシー機能は単一のドメインコントローラで管理できますが、これらのドメインにある特殊な電子制御装置(ECU)は切り離しておく必要があります。また、ボディ機能はゾーンコントローラに完全に統合されます。

機能統合のレベル

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SDV化が破壊的変化をもたらす領域

SDVではソフトウェアとハードウェアがレイヤー化されるため、ソフトウェアの開発と運用をハードウェアと切り離して実行することができます。この技術的かつ構造的なシフトは、自動車業界のバリューチェーンに破壊的変化をもたらし、業界の各プレーヤーは戦略と経営モデルの見直しを迫られることになると考えられます。

  • ソフトウェアベースの機能の誕生、コンピューティングの集中化
  • 製品ライフサイクルの延長、OTAアップデートやクラウドサービスを用いたコネクティビティ
  • 自動車業界の外部から新たなサービスを提供するプレーヤーが参入し、OEMとの直接的な競合が起こる
  • プラットフォーム上でのコイノベーション、協働、レベニューシェアリングなどによって、製品の複雑性を解消
  • バリュープロポジションとビジネスモデルを見直し、激化する競争環境に対応
  • 新たなバリューチェーン内で市場での戦い方を見直すことにより、ビジネススピードが高まる
  • 組織、ガバナンス、プロセス、人材、文化の見直し
  • 継続的かつ大規模な開発、統合的なツールチェーンを利用した認証

SDV市場の4つのシナリオ

今後のSDV市場では、テック企業が新たなOEMとなるテクノロジー主導のシナリオを含め、4つのシナリオが想定されます。

SDVバリューチェーンのダイナミクスとシナリオ(略図1

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自動車市場では2035年までに3.2%の年成長率と、3兆1,000億米ドルの総付加価値額が見込まれます。将来的な市場の収益拡大が実現されるかどうかは、市場の発展シナリオによって左右されます。

SDV化がもたらす付加価値額と収益の拡大:欧州OEM

予想されるSDV市場のシナリオは地域によって異なり、エコシステムや技術、顧客の選好、規制環境による影響などが考えられます。欧州OEMの付加価値額は、今後の市場シナリオ次第で1,000億~3,300億ユーロと幅があります。

2035年の付加価値額(単位:10億ユーロ)
市場シナリオ1

OEMが協業を牽引
ソフトウェア開発能力の構築が進み、従来の、または新興のOEMとの協業が拡大する
(+160)
勢力の均衡
さまざまなプレーヤーが共存するバリューチェーン構造
(+50)
Tier1主導
Tier1サプライヤーがケイパビリティを拡張し、付加価値が生まれる
(-50)
テック企業主導
市場の境界、提供価値、経営モデルが再定義される
(-70)
1「市場シナリオ」では、OEM、Tier1/2サプライヤー、およびテック企業の協業状態を仮定して概説
注:カッコ内の数値は、2025年現在の最大1,700億ユーロとの差を示します。このグラフは抜粋です。グラフの全体と詳細な数値は調査レポートを参照してください。

ハードウェア中心の製品からソフトウェア定義の製品へとシフトすることで、プロフィットプールにも変化が起こります。収益性に優れたソフトウェアセクターでは、市場平均を上回る成長率を達成しており、新たなプレーヤーも増えています。2035年までのOEMの収益の変化は、戦略的方向性や市場での戦い方、実践能力によって大きく左右され、約200億ユーロ増から約200億ユーロ減まで大きな幅が生じます。

Tier1サプライヤーには、新たなSDVエコシステムの定義において大きな役割を担う機会があります

SDVバリューチェーンのさまざまな領域に関与し、以下のような戦略的アプローチによって、Tier1サプライヤーは自動車業界の未来を定義する上で大きな役割を果たすことができます。

SDV platform provider SDV domain solution provider Component specialist Design and develop as a service Made-to-order producer
SDVプラットフォームプロバイダー
(水平プレーヤー)
SDVドメインソリューションプロバイダー
(垂直プレーヤー)
コンポーネントスペシャリスト
(Tier1 SWまたはHW)
デザイン&デベロップ・アズアサービス オーダーメードプロデューサー
提供価値 ターンキー方式で統合的なSDV技術エコシステム技術スタックをOEMに提供 ドメイン固有の統合的ハードウェアソフトウェアソリューションをOEMに提供 最先端技術や特殊なソフトウェア/ハードウェアをOEMに提供 デザイン、開発、テスト、認証サービス 拡張性のあるオーダーメードの製品とと車両組み立てサービスをグローバルに提供
SDVバリューチェーン 大規模な社内投資を行い、バリューチェーン内でSDVの差別化に寄与する領域を網羅 バリューチェーン内で固有のドメイン領域のみをカバー(E/E開発で協業関係を構築) ソフトウェアやハードウェアに固有の領域のみをカバー(開発やその他の構成要素の供給に焦点) 特殊な開発から総合的な開発まで開発に焦点(コンポーネント供給は行わない 車両バリューチェーンでは狭い領域のみをカバー拡張性に優れた開発と製造に焦点
注:この表は抜粋です。表の全体は調査レポートを参照してください。

自動車業界の各プレーヤーがバリューチェーン内でポジションを確保するための戦略

ISDV化が急速に進みつつある今、自動車業界の各プレーヤーは直ちに行動を起こし、以下の5つの重要なアクションを実践しなければなりません。

  • 1
    SDV戦略とマーケットポジションの策定
  • 2
    グローバルな視点からリージョナルな視点へのシフト
  • 3
    ハードウェアに依存しないソフトウェアアーキテクチャの採用
  • 4
    新たな協業の構築
  • 5
    開発エコシステムのモダナイゼーション

本レポートには、Martin Gerhardus、Dr. Marcus Witter、Dr. Claus Gruberも貢献しました。

※本コンテンツは、『Software-defined vehicles – revolutionizing the automotive industry』を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

SDV(Software Defined Vehicle)による自動車業界革命

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阿部 健太郎

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ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

渡邉 伸一郎

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糸田 周平

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シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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