再生可能原料の航空燃料への転換

持続可能な航空燃料(SAF)のポテンシャルを最大限に引き出す

持続可能な航空燃料のポテンシャル

持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)の普及拡大は、航空業界の脱炭素化を促進する上で最も重要な課題の1つです。しかし、現状においてSAFの供給量は十分ではなく、増え続ける需要に応えながら規制目標を達成するためには、大規模な投資を行わなければなりません。2050年までのネットゼロ(温室効果ガスの正味排出量ゼロ)の実現に向けて、将来的に約3億2,500万トンのSAF需要が見込まれており、そこではSAF製油所の整備だけでも約1兆ユーロの設備投資が必要となります。一方、SAFの需給ギャップは広がり続けていることから、市場のプレーヤーには積極的な投資によって大きな収益を上げるチャンスがあります。

今回の調査では、SAF市場のダイナミクスがどのように変化しているか、サプライチェーン全体でSAFの普及を阻むどのような障壁が生じているか、さまざまなステークホルダーはこれらの障壁をどのように克服しようとしているか、航空業界にとって最適なエコシステムの構築につながるビジネスモデルとはどのようなものか、といった観点から詳細な分析を行いました。また今回の調査結果は、2022年に発行されたレポート「The real cost of green aviation(航空業界のグリーン化にかかる実質的なコスト)」で明らかにされた知見も参考にしています。

現在のSAF市場のダイナミクス:需要と供給

SAFの普及拡大は、航空業界にとってますます重要なテーマとなっています。2022年までの時点で、オフテイク契約によるSAFの取引量は全世界で約400億リットルに達し、こうした契約に関するニュースは過去数年間で急増しています。SAFの取引が拡大する背景には、2050年までにネットゼロ目標の達成を目指す航空業界など、環境目標を踏まえた市場ニーズに加えて、世界的な規制強化の影響があります。ReFuelEU(EUにおける航空燃料のグリーン化を目指す規制)の目標においては、「再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive、現RED III)」に準じて、バイオ燃料および合成航空燃料(PtL)の混合義務も定められています。

これらの規制は順守できなければ大きなペナルティが課されることから、SAFの生産能力拡大に向けた投資を促進する十分な根拠となります。しかし、SAFへの置き換え目標の割り当てに同意している国もあれば、同意していない国もあり、このことが国際競争に関する新たな不確定要素も生み出しています。

世界全体でのSAF需要を把握するために、今回も前回の調査と同様に国際エネルギー機関(IEA)の「ネットゼロロードマップ」を分析のベースとして用いました。2050年までにIEAが掲げるネットゼロロードマップを達成するためには、以下に示すSAFへの置き換え目標の実現が必須となります。

2025年 2030年 2035年 2040年 2050年
SAFの割合 2% 15% 32% 50% 75%
うちPtL - 2% 7.5% 15% 30%

世界全体のSAF需要は、想定される輸送回数に基づいて地域別に分けることができます。アジア太平洋(APAC)地域では現行の規制案に加えて、原料(グリーン水素を生産するためのバイオ燃料および再生可能エネルギー)が豊富にあることから、SAF市場の拡大が経済的なメリットにつながる大きなチャンスが見込まれます。

欧州では、RED IIIに基づいて持続可能燃料に関する目標がさらに厳格化

すでにEUでは、「再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive)」の2023年の改正案(RED III)が採択されています。ここでは運輸業界を対象とした大きな見直しが行われたほか、より持続可能性に優れた燃料使用に関する厳格な目標が盛り込まれています。またRED IIIでは、エネルギー総消費量に占める再生可能エネルギーの割合を2030年までに 42.5% に引き上げるという強制力を伴う目標が掲げられています(2018年のRED IIでは 32% さらに、2.5% の上乗せという強制力のない目標も示されています。

SAFのバリューチェーンとコストの配分

SAFは異なる生産手法のそれぞれで、相対的な強みと弱み、コスト構造の違いがあるため、これらを検討することで具体的にどの領域で投資が必要なのかを明確化することができます。そのためには、バイオ燃料由来のSAFとPtL由来のSAFを区別する必要があります。HEFA(脂肪酸エステルの水素化)は現時点で最もコスト効率に優れ、成熟したバイオ燃料由来の生産手法であるのに対し、PtL(パワー・ツー・リキッド)は将来的に大きな期待がかけられている生産手法です。

HEFAのバリューチェーン

HEFAは、現時点において最も成熟したバイオ燃料由来のSAFの生産手法とされています。植物油、動物油、廃棄物、脂質残留物を原料とし、これらを水素化処理して酸素を除去し、混合物を炭化水素鎖に分解後、異性化(化学組成は変えずに異なる構造に転換すること)を行ってSAFを生産します。HEFAによるSAF生産では、化石ジェット燃料に比べてCO2排出量を74~84%削減することができます。すでに認証取得済みのHEFAは、航空機とインフラのいずれも改修を行わずに、最大50%まで化石ケロシンに混合することが可能です。ただしHEFAの生物起源を考えると、原料の供給量には必然的に限りがあります。

PtLのバリューチェーン

PtLによるSAFの生産では、フィッシャー・トロプシュ法もしくはメタノール合成のいずれかの手法により、電解からグリーン水素を、持続可能な炭素源からCO2をそれぞれ生成して、ジェット燃料とその他の炭化水素生成物を生産します。PtLによるSAF生産によって、CO2排出量は89~94%削減されます。ただし、技術としてはまだ開発の初期段階にあり、大規模な生産に移行するにはいくつかの課題が残されています。

障壁を克服し、SAFの生産を拡大するためのステップ

さまざまなSAFのバリューチェーンの中で、すでにSAFの生産に関連する技術の大部分は成熟度が高く(CO2の直接回収を除く)、コスト構造も明確になりつつあります。にもかかわらず、現時点でSAFの供給量は不足しています。この事実を踏まえ、私たちはSAFの普及拡大に向けて克服すべき6つの主な障壁を明らかにしました。

  • 1
    規制の複雑さと不透明感
  • 2
    会計をめぐる不透明感
  • 3
    膨大な投資と市場の不透明感
  • 4
    持続可能な原料の供給量と拡張性
  • 5
    SAF技術の拡張性
  • 6
    SAFに対する社会的認識の低さ

SAFの普及拡大を阻む主な障壁の分析結果をもとに、エコシステムを構成する全てのステークホルダーに初期段階にあるSAF市場の健全性を示すために必要な5つの主なアクションを導き出しました。

SAF市場の発展を支えるビジネス・アーキタイプ(原型)

SAF市場の発展を促すためには、業界の全てのステークホルダーによる積極的かつ協働的な取り組みが不可欠です。そのためには、持続性と自立性を備えた以下のようなSAFのビジネス・アーキタイプ(原型)を特定・構築し、個々のアーキタイプが連携していくことが求められます。

今後の展望

国を横断した膨大な設備投資を行う航空業界において、今後取り組まなければならない課題の規模を考えると、SAFの普及拡大は単独の企業だけで実現できるテーマではないことは明らかです。業界全体が連携し、ステークホルダーがそれぞれの役割を果たしながら、SAFのバリューチェーン全体で新たなビジネス・アーキタイプを構築していかなければなりません。とはいえ、SAFの需給ギャップは当面なくならないことを考えると、SAFの生産事業者は適切な時期に市場に参入することで、健全な収益を上げることができるはずです。SAFへのエネルギー転換を実現し、それを持続していくためには、健全な利益構造を基盤とした共通のビジョンと国際的な協働が不可欠なのです。

このような複雑な状況において、1つだけ確かなことがあります。それは、気候変動はそれを食い止めようとする私たち人間の努力に対して寛容ではないということです。残された時間の中でSAFのポテンシャルから最大限の成果を生み出すためにも、私たちは今すぐに連携して具体的なアクションを起こさなければなりません。

本調査には、Prof. Dr. Jürgen Peterseim、Anna Paulina Went、Florian Schäfer、Deniz Dilchert、Jonas Brunsも貢献しました。

※本コンテンツは、Sustainable aviation fuel study 2023を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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