変容するウェルスマネジメントビジネス―顧客起点のビジネスモデルに変革せよ:第2回「多様なアフルエント層の捉え方 “ポテンシャル”富裕層を見極め、ともに育つためのアドバイスモデル変革とは」

金融業界においてリテール事業の頭打ちが続く中、ウェルスマネジメントは事業の柱として重要な位置づけを持ち始めている。金融機関が相対する顧客像も、格差進行による富裕層のスケール化、金融リテラシー向上など、構成・志向の変容が見られるとともに、規制変化や新興プレーヤー参入など外部環境も複雑化してきている。

このような環境の下、人生100年時代、顧客のライフステージが常に変容していく中で、顧客の人生を理解し、中長期で寄り添いながら資産に関する相談パートナーとなりえる金融機関が、業界のトップティアプレーヤーとしてのポジションを確固たるものにする。

本連載ではセグメントごとの顧客ニーズ・ペルソナがどのようであるか明らかにしつつ、金融機関が揃えるべき体制・機能をフロントからバックに至るまで顧客起点で定義、トランスフォーメーションの進め方に対する提言を行っていく。

第2回:多様なアフルエント層の捉え方 “ポテンシャル”富裕層を見極め、ともに育つためのアドバイスモデル変革とは

前回記事にて、金融機関の資産運用ビジネスにおける顧客の多層化が進む中、金融機関としても顧客起点でセグメントに応じて適切な提供価値をオファーできるよう、体制整備を進める重要性について説明した。今回は、顧客セグメントの中でも多様なペルソナが入り混じるアフルエント層(世帯金融資産3,000万~2億円)に着目。彼らのニーズや資産運用の志向、およびライフステージに伴うそれらの経年変化を踏まえ、金融機関の取るべきアクションについて論じる。

日本における富裕層を取り巻くトレンド

富裕層と貧困層の二極化というグローバルトレンドは、かつて一億総中流と呼ばれた日本にとっても、もはや対岸の火事ではなく、国内において着実に進行している。いわゆるK字経済の進行は、コロナ禍を経て、富裕層の資産のさらなる拡張、都市部および限定的な地方部の資産価値高騰、特定の職種への富の集中など多様な形で現出しつつある。このトレンドの中で富裕層はさらなる資産の拡張を追求している。このことは、金融機関の目線から見ると、これまで以上に富裕層向けのサービス事業を本格化していくべき時期が到来していることを意味している。

上記のような市場環境のなか、各金融機関のプレイヤーは、着々と富裕層へのアプローチを進めている。国内金融機関は、外資系プライベート銀行との協業や、富裕層を対象としたウェルスマネジメント事業部の新設を伴う組織再編、デジタル化(顧客情報管理システムの更新や営業支援ツール導入など)への先行投資を推進している。

しかし、いずれの金融機関も、依然として最適なウェルスマネジメント事業のビジネスモデルを模索する段階にある。本レポートでは、まず富裕層の顧客属性や金融機関への期待値について解説し、ウェルスマネジメント事業におけるビジネスモデルの方向性や今後の要点について示す。

1.ライフステージ変化を踏まえた顧客像の捉え方

現在金融機関各社では、顧客からの預り資産や背景資産をもとに「マスアフルエント」「アフルエント」「富裕層」など各社の指標でセグメントを定義し、大手プレーヤーでは営業員を手厚く充てるセグメント、デジタルを活用しながら効率的にアプローチするセグメントなど濃淡つけたアプローチを実施している。とりわけボリュームが大きいアフルエント層(資産額5,000万~2億円)*1については、若年/資産形成層とシニア層に大分した施策を打ち出すプレーヤーも見られるが、年齢軸だけでなく、このセグメントの中から将来金融機関にとって重要な収益の源泉となり得る顧客が誰であるかを見極め、有望セグメントとして扱っていくことが重要である。

今回実施した調査では、現在資産額~2億円を保有するようなアフルエント層の顧客も、資産運用を始めた当初は資産額3,000万円未満だった人が全体の約7割と大部分を占めていることが明らかとなった(図1)。資産額2億円以上の富裕層に対するインタビューでも、資産運用を始めた当初は資産額3,000万円未満であり、その後15~20年かけて資産を徐々に形成していったとの回答が多く得られた。退職を迎えると多くのアフルエント層はこれまで蓄積してきた資産を切り崩していくフェーズに入るが、一般富裕層以上では積極運用を継続しながら資産を緩やかに積み上げていく傾向も見られ、顧客のタイプに応じて資産形成のカーブも異なることが明らかとなった。

図表1 資産運用開始当初の資産状況

セグメントごとに資産形成の変遷を遡った結果を概念図として示したものが図表2である。顧客はライフステージを変容させながら資産形成しており、その形成の軌跡もセグメントごとに異なる。各社が着目するよう、同じマスアフルエントとは言え、例えば40歳の3,000万円保有者と70歳の3,000万円保有者はその後の資産形成の軌跡が異なるため、異なる運用ニーズ・タイプの顧客セグメントとして別の取り扱いをする必要があることが分かるだろう。

図表2 ライフステージ変化を踏まえた顧客像

2-1.金融機関に求められるアクション①:有望顧客の見極め

より具体的なイメージを持つため、今回は資産額3,000万~2億円のマスアフルエント層およびアフルエント層についてのペルソナを整理した。まずは顧客がライフステージのどの段階にいるかを整理すべく、資産運用を始めた時期(「開始期」)、退職前にフロー所得等を得ながら資産形成する層(「資産形成期」)、フロー所得が一息つく退職前後の層(「成熟期」)、その後のステージとして次世代への資産承継を考えている層(「資産承継期」)の4つに分けて捉える。特に資産に対する向き合い方にバリエーションが出てくるのが資産形成期であるが、例えば以下のようにセグメントすると、その投資志向に特徴が表れた。

一例として、年収の高いセグメント(A:高収入単身・DINKS、B:高収入子育て)と、老後の最低限の暮らしを確保したいセグメント(C:リタイア前後世帯)とを比較すると、リスク志向や商品志向に明確に差異が見られた。年収の高さは学歴の高さとも相関している。高収入セグメントは「お金の正しい使い方」を理解できるリテラシーの高さがあるとともに、フローが大きいことに起因し比較的余裕のある生活がイメージしやすく、資産運用の旨味を相対的に感じやすいセグメントであると言える。実際の富裕層へのインタビューでも、現在富裕層となっている60代以上の人たちの人生を遡ると、これらA~Bセグメントを経験してきていることが多い。

図表3 セグメント別の顧客のダイナミズム

一方で、一般的な収入のセグメント(D~E)であっても、資産運用の開始当初に金融機関の営業員/アドバイザーと信頼関係を築きながら資産運用の意義についてしっかりと理解・腹落ちし、アドバイスに沿って資産運用を継続したことで、給与貯蓄だけでは達成しえなかった資産形成に成功したと考える人も少なくない。具体的には、共働きで忙しいあまり、自分では資産運用をやり切る自信がない夫婦に対し、子どもの成長のタイミングも踏まえた長期的アドバイスを、リモート面談・チャットなど交えながら負荷のかからない形で提供していくようなケースである。

このような金融機関/アドバイザーからのサポートを求める顧客(=金融機関にとっての「有望顧客」)を、ボリュームゾーンとも言えるアフルエント顧客の中から「見極める」ことは、非常に重要である。しかしながら、その見極めは容易ではない。

例えば、住宅ローンの借り入れがあるセグメントにフォーカスを当ててみよう。彼らは見た目上の資産額がそれほど多く見えない一方、必ずしも生活水準が資産額に合わせて下がっているわけではないことがヒアリングからうかがえる。また、ローン活用者には高い金融リテラシーのもと「お金の有効な使い方」を理解している人も多く、彼らはアドバイザーによる資産運用ニーズ喚起がされやすいセグメントと捉えることもできる。この例からは、ローン利用者の中には金融機関にとっての有望顧客も多く存在すると考えられるが、仮に資産額だけで顧客の有望度を判定しようとすると、このようなポテンシャル層が見逃されてしまうこととなる。

上記の例からも分かるように、有望顧客とはどのような属性・特徴を持つセグメントかを理解し、その特徴をいかに限られた情報源から捕捉・評価できるかが、「見極め」成功のカギである。有望客選定は従来、営業員/アドバイザー個々人に委ねられてきたが、近年は戦略/営業企画などが主導する形で情報収集・分析をもとに組織的に向き合うことも増えてきている。さらなる効率化・高度化に向けては、背景資産や年齢/ライフステージなど一般的な指標以外に、職域チャネル経由での情報や、(銀行の場合は)預金口座の出入記録から見える生活水準、あるいは外部データなど、多様な情報源の活用可能性を模索する必要がある。

加えて、有望顧客を見極める上での有効なデータ・ドライバーを特定することも重要な課題である。近年のアナリティクス技術では、従来見落とされてきたドライバーを特定することも可能となっており、各社が地道に営業員(ヒト)を介して実施する背景資産の把握などを凌駕する効率的・効果的な有望顧客特定を実現する可能性もある。他業界(特に消費財分野)ではこのような顧客分析・データアナリティクスが盛んに行われており、金融機関としても、自社に散在するデータ・情報を集約し、不足データは外部から補完しながら、アナリティクス活用をしていくべきだ。しかし、各社とのヒアリングを踏まえると、金融業界/資産運用の分野での成功事例はまだ限定的なのが現状である。資産運用ビジネスを強化しようにも人材不足が叫ばれる中、このようなアナリティクスの活用により他社を先行することができれば、自社の収益改善の大きな柱になるだろう。

有望顧客に優先的にアプローチする意義とは何か。現時点では、資産額数千万円の資産形成層と1億円に近い退職後層で比較をすると、資産額がバーとなって、退職後層へのアプローチを重点的に行ったり、営業員の充填を優先的にあてがったりするプレーヤーが多いのが現状である。しかしながら、資産を積み上げられるポテンシャルのある資産形成層に中長期で寄り添うことができれば、ライフタイムバリューとしては資産形成層からのインパクトの方が大きくなる可能がある(図表4)。これこそが、有望顧客に早い段階でアプローチしていく重要性を示している。有望顧客をどう定義し、対面チャネルで手厚くフォローすべき顧客セグメントをどう定めるかを検討する上では、このようなライフタイムバリューの考え方を用いて収益インパクトを試算し、クライテリア・閾値の設定を行うことが必要だ。

図表4 ライフタイム収益の考え方(概念図)

2-2.金融機関に求められるアクション②:有望顧客とともに育つ

それでは、有望顧客を見つけたとして、その後どのように富裕層へ育てていくのか。富裕層/超富裕層の中でも、資産形成を資産の主な出自と自覚する人は多いが、彼らが若年アフルエント層の頃から富裕層となるまで資産形成していくには大きく2パターンが存在する。1つは、投資を始めた当初から資産運用への興味・金融リテラシーが高く、自ら運用方針を明確化し、金融機関をあくまで取引仲介/有益情報提供者とみなしているパターン。もう1つは、ライフゴール・運用方針を金融機関のアドバイザー/営業員に相談する過程で、徐々に資産運用の良さ・旨味について理解・腹落ちし、積極運用/預り資産拡大へと転じていったパターンである。

前者は、商品の品揃え、デジタルチャネルを含めた顧客ポータルの分かりやすさに加え、富裕層であっても価格センシティビティが高いことからネット証券を好む傾向にあり、伝統的な証券会社等からの流出が起きている(非ネット証券会社とはPO/IPO情報入手、アナリストレポート入手のために付き合いを続けているものの、取引の比重は減少傾向)。非ネット系の金融機関がフォーカスを置くべきは後者であり、アドバイザー/営業員が顧客と長きにわたって寄り添いながら、資産運用における小さな成功体験を積んでもらう中で信頼関係を築くことが必要である。これらの層は、多少手数料が高くとも金融機関と付き合うことをいとわない顧客層でもある。

後者のような顧客をフォローするために個々のアドバイザー/営業員の質向上を目指すことはもちろん、中長期で顧客の資産に関する困りごとには何でも応えられるような仕組みを体制として整えておくことも重要である。困りごとにリアルタイムで対応を打ち返せなければ、ライフタイムの途中で他行・他社へと離脱してしまうことになりかねない。

銀証信揃ったメガバンクや大手地銀グループ等であれば、銀証信商品の相互提供は仕組み上可能ではあるものの、顧客接点のハブが銀証信の間で定まっていない、銀証信の間での情報連携に隔たりがあるなど課題も聞かれる。情報連携については統合CRM/データベース構築に代表されるような昨今のテクノロジーにより解決できる部分もあるが、個人情報保護の観点で必要となる銀証信間での情報共有に対する包括的同意書の取得が大きなハードルとなっている。金融機関としては、そのハードルを致し方ないものとして捉えるのではなく、ハードルを超えるに足る顧客との信頼関係を構築することが必要だ。併せて、あるべき営業・連携モデルを後押しする適切なインセンティブ設計(個人および銀証信をまたいだ収益管理)も肝要である。

大手・準大手の独立系証券会社の場合、メガバンクと比較すると意思決定プロセスが(相対的に)シンプルであるため、組織・オファリング・ブランドなどさまざまな観点で高い機動力を発揮して変革を進められる強みを有している。中長期で顧客と寄り添うために、営業員の支店配属モデルの改革やインセンティブ設計の改善など、幅広い取り組みを競合に先んじて実施している状況も見て取れる。不動産や信託など、証券会社だけでは扱えない商品・サービスについても、他社との機動的な協業・提携によって補うことが可能だ。あえてメガバンクとの比較をするならば、見込み顧客のトスアップ(=銀行から証券への預金顧客紹介)がない分、新規顧客の獲得や顧客パイプライン創出にハードルがあるという特色はあるものの、こうした課題は前章の「有望顧客の見極め」の考え方をもとに、適切な顧客パイプラインを外部提携・買収も見据えながら探っていくことで克服できる。

なお、中小地銀・中小の地場証券など、単独で包括的なオファリングができないプレーヤーについては、自身の付加価値をどこに置くかを明確化した上でパートナーシップを検討する必要がある。例えば、顧客接点を有し顧客と相対することそのものを収益の源泉に据えるのであれば、これまで自前で抱えていたような証券のオペレーション機能を外部にカーブアウトしながら、パートナーとの総合力でメガバンク等に対抗していくことも可能である。テクノロジーベンダーによる銀行機能の請負が徐々に広まりつつある中、証券・資産運用の事業領域においても同様の動きが見られるようになるだろう。

上記のような体制を整えながら、営業員/アドバイザー個々人も顧客と中長期で関係性を構築していくことが必要である。その実現に向け、一部のプレーヤーは営業員の一顧客担当期間を延ばすなど、徐々に取り組みを進めつつある。ただし、この取り組みを徹底的にやり切るためには、営業員のKPIの持ち方、キャリアモデル、それに沿った採用計画など、資産運用/ウェルスマネジメント事業部だけで対処し得ない、全社アジェンダへの取り組みも必要になってくる(図表5)。場合によっては、資産運用/ウェルスマネジメント事業部の別法人化やカーブアウトも選択肢になるであろう。短期的には手を打ちづらいアジェンダであるため、次期中計のタイミングなどに鑑みながら、あるべき営業員/アドバイザーモデルを描き切った上で、関係所管の巻き込みを行うことが、戦略/経営企画部門には求められる。

図表5 セグメント別の顧客のダイナミズム

2-3.金融機関に求められるアクション③:次世代に効果的/効率的に「つなぐ」ことは可能か

ライフステージ変容に応じた顧客のダイナミズムを考えると、「成熟期」「資産承継期」に相当する顧客から、次世代へと資産を「つなぐ」ことも金融機関にとって非常に重要である。資産承継を検討中の人の割合は富裕層であるほど高い。アフルエント層へのインタビューでは「子どもの手を煩わせたくない。相続にかかる手間や費用のことを考えるなら、むしろ資産は自分たちの世代で使い切る」との意見が多い。このことから「つなぐ」点においては富裕層顧客を中心として議論を進めたい。

次世代への「つなぎ」として金融機関各社が力を注ぐのが、「相続」をきっかけとした次世代へのアプローチである。相続をきっかけに被相続人である次世代顧客と面識を持った上で、次世代個人への金利優遇策を講じるなどしてつなぎとめる取り組みは各社で見られる。ただし、実際の被相続人へのヒアリングを行うと、そのインパクトはあくまで一時的であり、ある程度リテラシーの高い個人であれば「親と自分は別」と捉えて相続した資産を他の金融機関に移す被相続人が過半である。このことを踏まえると、相続をきっかけにして面識を持った次世代顧客は新たな見込み顧客にしかすぎず、やはり新たな別人格としてその有望度を「見極め」、必要に応じて中長期の関係構築を担う営業員を充てて「育てる」という前述のサイクルを回す上での最初の顧客プールの一要素に過ぎないものと言えるだろう。

言い換えれば、超富裕層以外のセグメントについては、相続ニーズを起点に実際の取引まで落とし込むべく過剰なリソースを割くよりも、顧客接点を逃さないようデジタルでのオンボーディング程度に留める="網"を張っておきながら、そのプールの中から有望顧客を「見極め」、中長期で「育てる」ための体制づくりこそが肝要である。

3.おわりに

将来富裕層となり得る有望顧客が誰であるかを早期に「見極め」、そのポテンシャルが引き出せるよう、営業員/アドバイザーとともに中長期にわたって寄り添いながら「育っていく」ことの重要性について論じた。次世代への「つなぎ」も含めたこのサイクルを回していくために金融機関に求められるアクションは以下のようにまとめられる。

先述のとおり、一事業部だけでは完結しづらい議論を包含するため、金融機関としての事業ポートフォリオの整理を踏まえた戦略議論が必要であり、次期中期経営計画や事業計画を見据えた早急なアクションが、本業界でのポジショニング確立に大きく寄与するものと考える。

図表6 金融機関に求められるアクション

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? '結果' : '結果'}}
{{contentList.loadingText}}

お問い合わせ先

堤 俊也

堤 俊也

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

井出 勝也

井出 勝也

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

佐藤 絵理

佐藤 絵理

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

橋本 隆生

橋本 隆生

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Follow us