日本のウェルスマネジメント:永遠の幻想か潮の変わり目か

エグゼクティブサマリー

日本人は多額の預貯金を保有しているが、そのうち専門家が運用している割合はほんの一部にすぎない。

この事実が、社会や金融市場に多大な影響を与え、問題となっていることは周知の事実ではあるが、長寿化に伴うセカンドライフの長期化により、ますます深刻化している。こうした状況において、日本人のより幅広い層に向けたウェルス・マネジメント・モデルとその機会提供が求められている。

PwC Strategy&が実施した顧客調査※1によると、適切なウェルスマネジメントの商品を提供すれば、8つの顧客セグメントに提案が見込めることが明らかになった。そのうち5つのセグメントは、すでにある程度の投資を行っており、残りの3つのセグメントは「魅力的な潜在投資家」、すなわち、投資を開始または再開するために、心動く提案や条件が出てくるタイミングを見計らっている人たちである。いずれのセグメントも、長期にわたり相当額の投資用資産を保有しており、金融商品以外のニーズも持ち合わせている。さらにその多くは、料金を支払ってでもアドバイスを受けたいと考えている。

ウェルスマネジメント業界の各企業がこの商機を捉えるには、商品はもとより、顧客に一層目を向け、顧客中心に考えることが有効である。また、顧客が安心して投資を続けられるように、金融リテラシーの向上に真剣に取り組む必要がある。さらに、ライフイベントや時流の変化に合わせた、人生の目標やライフスタイルを軸にしたアプローチにシフトしなければならない。こうした変化のなか、顧客へのアドバイスは重要な役割を担っており、デジタルを含むさまざまな形式での提供が進むと考えられる。そのうえで、デジタルを顧客エンゲージメントの向上に利用し、ビジネスモデルから不要なコストを削減するという、いまだ手付かずの機会も存在している。もちろん、これらすべてを企業が単独で実現できるわけではない。地方自治体、雇用主となる企業・組織、規制当局らと協力し、金融リテラシーの向上という社会的目標の達成と、富の構築を促す環境の整備を支援できた者に道が拓かれるにちがいない。

顧客志向のウェルスマネジメント事業を確実に遂行できるプレーヤーは、既存・新規を問わず、世の中に多く存在する。プレーヤーのマネジメントチームが他社との競争優位性について検討を始める第一歩として、検証すべき点を以下に示す。

● 誰が顧客となるのか、また自社固有の提案は何か(顧客に選ばれる理由)。

●「 顧客志向のウェルスマネジメント事業における六つの基本要件」(投資を始め継続するための自信を与える、目標とライフスタイルをベースとしたアプローチを行う、「アドバイス」をして顧客が選択できるようサポートする、相互利益を生み出すように価値交換を調整する、カスタマージャーニーのすべての段階でデジタルを導入する、顧客およびコミュニティの金融リテラシーを向上させる)にどのように対応するか。

● この新たなビジネスモデルにおいてデジタルはどのような役割を果たすのか。

● 顧客接点を構築するために、既存の販売網をどのように利用するか、また、それだけで十分か。

● 効率的に商品を提供するにはどうすればよいか。

● 金融リテラシーを向上させるという社会的責任をどのように果たしていくか。

バブル成長期、複数の金融危機を経て、今迎える変化の時

バブル経済期の不動産や株式市場への投資加熱、90年代初頭のバブル崩壊、流動性危機が解消されるまでの失われた10年、リーマンショックの余波、それ以降の金融政策に支えられた持続的景気回復など、こうした日本の金融市場を取り巻いた数十年の変動の歴史は、さまざまな文献に示されている。しかし、この景気回復は、新型コロナウイルス感染症の影響により鈍化している。状況は刻々と変化しているものの、事業活動の縮小、生産高の減少、個人消費の低迷、旅行関連支出の大幅な落ち込み、完全失業率の上昇、対面販売の縮小、ひっ迫し続ける企業のキャッシュフローなど、短・中期的な経済への影響は既に顕在化している。これは現在においてだけではなく、将来の富の構築にも間違いなく影響を及ぼしていくが、老後資金の不足とそこに内在する富の構築に対するニーズは、コロナ禍の中でも消えてはいない。

変動の激しい歴史的背景においても、不変的な日本固有の特徴が二つある。一つは日本人の現預金水準の高さと、資産形成に対する関心の低さである。デフレの影響を受けたリスク回避志向の環境では、こうした傾向は筋が通っているとも言える。もう一つは、老後に備えるセーフティネットを提供する雇用主と政府が果たす役割である。

現在の日本は、人口統計学的にも市場的にも非常に厳しい局面を迎えているため、国民が抱える老後の不安について、再検討する必要がある。

  1. 平均余命は着実に伸びているにもかかわらず、定年制度や賃金体系などは再整備されていない。そのため、国民はより長期にわたり、老後に備えた貯蓄をしなければならない。
  2. 少子高齢化により労働人口が減少し、政府の財政状況と国民への社会保障の提供力に大きな圧力がかかっている。
  3. 若年層を中心に、地方から東京や大阪などの主要都市への移住が進み、一部の地域への富の集中と地方での富の減少が加速している。
  4. 「終身雇用」という考え方は確実に古くなっており、雇用の慣習が変化している。とりわけ若年層は転職への抵抗感が少なく、転職によって経験値を積むことができる一方で、単独設立型の年金制度での資産構築には限度がある。
  5. 日本において、金融サービスを利用する顧客が得られるネットベースでの価値は限られている。差し引かれる手数料やコミッションは他のグローバルの市場に比べると高額にもかかわらず、パフォーマンスは同等である。このような状況下では、顧客は自身の資産を他者に託すことに価値を見出しにくい。
  6. 日本の金融商品販売の営業は、いまだに多くのケースで「プッシュ」型と言われる企業主体の営業から脱却できていない。顧客主体の営業である「プル」型での需要の喚起、長期的な視野に立った選択や予測される影響についての顧客教育など、大きな課題がある。その結果、顧客はニーズに沿わない商品を購入してしまうといったリスクに晒されている。

老後の収入に関して深刻な問題を抱えるだけでなく、市場では顧客志向の商品の提供が限られている今、日本人の老後の資金形成をサポートするにはどうしたらよいのか。私たちは、(1)顧客のニーズに合致し、(2)既存の金融サービスの提供者にとって新たな機会となり、(3)雇用主は社会的責任を果たすことができ、(4)長期的視野に立った政策が促進されるようなウェルス・マネジメント・モデルを提供できれば、問題は解決できると考えている。

顧客志向のウェルスマネジメントの機会

この10年間、日本の政府や規制当局は、富裕層に限らず幅広い層が利用できるウェルスマネジメントの機会を提供するための対策をとってきた。少額投資非課税制度や大規模な雇用主が政府の後押しを受けて導入する確定拠出年金制度などは、より良い方向への一歩であろう。しかし、使いやすさと利用率をさらに向上させるには、やるべきことがまだある。2019年6月、金融庁が公的年金制度に頼った生活設計を30年送る場合、2,000万円の貯蓄が必要となると報告書にまとめた※2。深刻な老後の資金不足の問題が明らかになったことをきっかけに、政府、金融機関、顧客間で重要な協議が始まった。また、今回の調査対象者の55%が、高額な相続を受け取った、または受け取る予定であると回答している。日本のウェルスマネジメント業界は、富の構築に関する問題に加え、世代間での富の移転の問題についても積極的に解決する必要がある。貯蓄の大部分が預貯金であることから、日本には非常に大きな顧客志向のウェルスマネジメントの機会が存在すると言える。

第一に、将来的にウェルスマネジメントの顧客となるのは誰かを理解しなければならない。人口動態や所得・資産額に基づくセグメントを超越し、より広範囲なライフステージに関する顧客ニーズと資産構築への取り組み方を考慮する必要がある。私たちの調査結果から明らかになった8つのセグメントに基づき設定したペルソナのうち3つは、現在投資を行っていない「魅力的な潜在投資家」であり、彼らに適切な提案を行えば、心を動かす可能性がある。

※1:PwC Strategy&が2020年3月、日本で実施した顧客ウェルス調査。20〜70代、業種、職歴、居住地域、豊かさ、ライフステージ、行動、投資に対する考え方など幅広い対象者に調査を行い、回答者はおよそ3,600人

※2:日本経済新聞2019年6月3日

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PDFファイル内の執筆者の所属・肩書きは、レポート執筆時のものです。

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堤 俊也

堤 俊也

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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