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2020-02-25
著者 デニス・キャグラー、キャリー・ドゥアルテ
監訳者 三井 健次、室井 浩気
デジタルトランスフォーメーションを進める中で、どのように社員のデジタル化対応スキルを高め、労働生産性を上げていくか、は日本企業の経営者共通の悩みであるが、まだその模範解答は存在していない。
本稿はこの経営上の難題について、PwC Strategy&がこれまでの研究および実践(PwCグローバルネットワークでの実践経験も含む)の中から導出した「デジタル化時代の労働力改革」の「10の原則」を紹介したものである。この「10の原則」を貫くのは「デジタルによる労働力改革を進めるためには組織文化の改革がポイント」という基本的な考え方だ。すなわち、「10の原則」には、組織文化改革のための実際的な洞察が詰まっているのである。
この論考が皆様の労働力改革に向けた長い旅の一助となれば幸甚である。(三井 健次)
あなたが経営者でデジタルを活用して会社を成功させたいと考える場合、おそらく最初に思いを巡らせるのは、技術のことだろう。技術の進化はあまりに急速だが、ビジネスはそのスピードに対応しなくてはならない。最大の課題は技術そのものではない。知識があり、経験豊富で、柔軟性があり、さらに熟練した労働力の確保こそが課題なのである。例えば、人工知能(AI)に指示を出してデータを分析してその場で解決策を考案・実行に移したり、必要とあれば難なく新しい役割に転じたりできるような人材が求められる。また、そのような人材であっても、モバイルアプリやオンラインの自習コースなどを活用して、自身のスキルをたゆまず磨き続けなければならない。アイデアは会社のあらゆるところから出てくるべきであり、それが常勤のマネージャーからの提案でも、繁忙期に一時的に投入される、いわゆるギグワーカーからの提案のいずれであろうと問題ではない。
より優秀な人材を求めていくことは、「新しいデジタル世界に適応する」という課題の範疇にとどまらない。動きの速い組織、すなわち大胆な戦略や革新的文化、包括的な労働力などを備えた前途明るい企業のCEOは、高度なスキルを備えた人材を求める。PwCが、G20のエンゲージメントグループの一つで政策研究ネットワークであるT20会議(2019年5月)に提出したレポート[PDF 536KB]で述べているように、労働力の変革は、ビジネス部門と公共部門の両方で必要とされる生産性の向上とも密接に関連している。
一方、残念ながらほぼ全ての業界において、このような有能な人材は危機的なまでに不足している。PwCの第22回世界CEO意識調査によると、世界のCEOの79%が、自社で働く人々の主要なスキル不足が事業成長の脅威となっていると述べている。小売業では、カスタマーエクスペリエンスの知見があるインターフェースデザイナーが必要である。銀行と保険会社には、データの視覚化(データビジュアライゼーション)の専門家が求められる。そしてエネルギー、自動車、工業関係の会社には、相互に運用可能なプラットフォームを管理できるチームリーダーが必要とされている。RPA(ロボットによる業務自動化)、マテリアルサイエンス、さらに、最終的な結果と最適なプロセスを予測できる機械学習を備えたシミュレーションなどに熟達した人材に至っては、あらゆる業界で引く手あまたと言っていい。また、チームを効果的にまとめて信頼関係の構築を行ったり、垣根を越えて働きかけたりするソフトスキルに秀でており、さらには神経科学に関する最新の知見も活用しながら自身の評判を高め、影響力を伸ばしているような人物も求められている。
しかし多くのビジネスリーダーは、欲しい人材は容易に得られないことを理解している。候補になるような人材は希少で、採用には多大な費用がかかるのだ。その代わりに、既存の従業員やその周辺に属している人材のスキルを向上させるべきなのである。つまり、急速に変化する市場で求められる能力を持つ人材を確保するために、社内人材の業務能力および雇用適性を高めていくことが必要であり、多くの場合、社会人向けの学習・トレーニングの教材を用いて行うことになる。
既存従業員のスキル向上が、才能に秀でた労働力を確保するための一つの回答である。これに加え、会社の業務を再検討する必要もある。ワークフローや職務を見直し、いくつか異なる職務をまとめたり、他のものを加えたり、あるいは取り除いたりして業務再編を行うのだ。買収、パートナーシップ、単発のフリーランス契約および柔軟な働き方を目指した人材グループなども考慮に入れ、今よりも創造的に人材の発掘や採用をする必要がある。最終的には自社が、最新の学習施策とデジタル技術の活用により、常に自己革新の機会に満ち溢れている状態であるようにしよう。こうすることで、新しい技術に熟達することが、なにか特別なことではなく、日常業務の一部になっていく。
「労働力の変革」とは、こうした諸々の要素を全て、一気に具現化する方法である。そして、その実行においては、一つひとつの取り組みは全て、CEOとビジネスリーダーが直接主導したものでなければならない。人事やその他の部門に任せてはならない。なぜなら、「労働力の変革」に対する全従業員の能力とコミットメントが、会社の成功を左右するからである。さらに、この変革を成功させるには、あなた自身の意識改革も重要となる。予算の承認やリーダーたちに権限を付与するだけでなく、経営幹部自身が学習し、教育係にもなり、この変革を自身や部下のスキルを向上させる真の機会と捉え、生かしていくことが求められる。
組織が複数あるとそれぞれの状況は異なるので、共通して使える魔法のマニュアルは存在しない。ただし、図表1にまとめる10原則は、会社の労働力を将来に向けて変革する際の一助となるはずだ。
図表1:労働力変革のガイド
従業員たちに変化を求める前にまず、あなたが彼らに対して、どのような変化を期待しているかを理解しておかなければならない。基本的なビジネスモデルを改善していくために、デジタル技術を活用できるようになってほしいのか。AIを用いた新しい戦略を打ち出し、従業員にそれを実行に移してほしいのか。それとも、イノベーションによる市場成長や収益性、採算性、生産性の向上を望んでいるのか。 あるいは、起業家のようにもっと注意深く顧客の声に耳を傾けていってほしい、ということなのか。
これらの目標全ての実現を目指すのなら、結果として何一つ達成できないだろう。今優先すべきものを1つか2つ選ぶ必要がある。優先順位をつけることで、従業員に対し、どのように変わってほしいかを明確に示すことができる(加えて、原則10.「結果の追跡と軌道修正」で述べる測定基準を打ち出せる)。例えば、従業員がAIを活用して業務を遂行することを優先課題にするなら、AIベースのアプリを構築し、テストする実験室を設立しようと思いつくかもしれない。あるいは、第一線で活躍する従業員がより深く顧客に食い込むことを期待するなら、従業員向けのコーチングプログラムや技術的なサポート、インセンティブなどが思い浮かぶだろう。自身のビジョンを大胆かつ明確な言葉で、従業員、株主、顧客、規制当局、市民など全ての関係者に示すことが重要である。特に従業員には最初に踏むべきステップへの見通しを示す必要がある。
必要であれば、職務の再編成や統合を恐れてはならない。業務自動化による効果を調査する中で、PwCのエコノミストが結論づけたところによると、多くの職務において、価値が上がるタスクもあれば、必要なくなるものもある。建築や製造などの分野では、業務構成を大きく変えていかなければいけない。プログラミングやアナリティクスなど、今日では価値の高い特殊スキルとされている業務も、将来的には、今で言うスプレッドシートやワープロソフトを使った業務のように一般的なものになるかもしれない。
ある大規模チェーンの小売業者は、優れたカスタマーエクスペリエンスを持ち込むことによって、オンラインだけでなく実店舗に買い物客を呼び寄せることに成功したと、成果を発表した。この企業はすでに、都市部や郊外に多数の実店舗を構えていたが、集客目標達成のために店内の雰囲気を一新すべく改革を行った。例えるならコンビニエンスストアのような、便利さばかりを売りにしていた店舗を、カフェのように気軽に入ることのできる、雰囲気の良い場所に変えようと試みたのだ。経営陣はこの夢を具体的な行動に移して、成果に変えていった。例えば、使いやすく魅力的なセルフレジ端末を設置し、店舗のデザインは、効率性と万引防止の機能を維持しながらも軽快で開放的なものに変更した。マネージャーは、従業員に対する評価と指導方法の改善に加え、より親しみやすく信頼性のある接客ができるように、従業員にトーク術を学ばせた。この事例は、労働力をどのように変革すれば良いのかを分かりやすく示している。
この種の変革に対し、従業員たちに上辺だけでなく真剣に参加させるためには、戦略的方針やインセンティブ以上に必要なものがある。それは、将来に期待を持たせ、積極的に関与させることだ。従業員たちの感情に訴えるような語りかけを行わなければならない。特に、従業員が心の奥底に持つ「自身の活動は、会社の大きな目標とつながっているはずだ」という感情の奥深くに働きかけるのである。
PwC Strategy&における企業文化変革の研究・実践の中心拠点であるカッツェンバック・センターの創始者、ジョン・カッツェンバックは次のように述べている。「ビジネスリーダーやマネージャーの多くは、感情をこめて直接従業員に語りかけるのを避けたがる。感情的な語りかけに対し、人々がどう感じるかを推し量ることは難しく、特に従業員が数百から数千人の規模になれば、大人数の感情をうまく取り扱うことはさらに難しくなるからである。また、リーダーたちの多くは理性的で(それは素晴らしいことなのだが)自身が理性的であるゆえに、あらゆる類いの変化に対して人々がいかに感情的に反応してしまうかを正しく評価できない場合がある。しかし、どれほど理性的なリーダーであっても、組織全体でポジティブな感情を育むようにすることは可能である」。
従業員を鼓舞し、動機づけるものは何か。給与を別として、彼らを毎日出社させているものは何か。考えられることとしては、会社が表明するものや事業内容、言い換えればミッションを、従業員自身が信じ、その一員であることに誇りを持っているからである。例えば、ペットフードのメーカーの従業員は自身の役割を、愛すべき仲間の生活の質(QOL)を高めることだと考える。また財務顧問会社の従業員は、自分たちは、人々が退職後も安全で安心な生活ができるように支援しているのだと考える。会社が世界に貢献しているというストーリーは、感情に訴えるあらゆるコミットメントの強力な原点となる。
さらに、人々が十分なエンゲージメント(自分が主体的に関わっている感覚)を感じられていない場合には、彼らの中で恐れ、不安、疲労がいかに高まっていくかを認識しておく必要がある。たとえ従業員が自ら変化を望んだ場合でも、業務量が変わることでその意欲をそいでしまうというリスクもある。そのため多くの会社が、長期にわたる労働力変革の一貫として、フレキシビリティのある働き方やウェルビーイング(健康・幸福)のプログラムを提供している。
もしあなたがトップリーダーであれば、あなた個人のふるまいが極めて重要となる。人事やその他の社内専門家を巻き込みつつも、あなたは最も熱心な推進者として変革について語り、必要なものは守りながら誠実に取り組むべきである。従業員があなたを見て「有言実行している」と思うなら、彼らがあなたに追随する可能性が高い。ロンドンビジネススクールで組織行動の教授を務めるダン・ケーブル氏が、「感情投影」と呼んだものによってコミットメントを育ててみよう。つまり、対話を通して、目に見える形でこの変革の素晴らしさを示すのだ。「最初に話す時は、話す相手自身について話してみよ」と、変革の専門家でPwC Strategy&のパートナーであるデビッド・ランスフィールドは書いている。「ビジネスや課題についてではなく、相手について話そう。共感を示すことで、その後がぐんとうまくいくものだ」とも。
そして、あなた自身のスキルアップを果たし、コミットメントを実証することだ。ダナハーは最も継続して成功している産業系の会社の一つで、長年にわたり優れた買収・統合の実績を誇る。同社では、CEOを含むトップ25のリーダーが、毎年2週間以上をかけて徹底的なトレーニングセッションを主導する。そこには常に、自らのスキルを目に見える形で改善する努力が見られる。私たちPwCのケースを紹介すると、かつてPwC米国の会長およびCOOが、ゲーム式にスキル向上を図る取り組み(ゲーミフィケーション)の推進者であり、トレーニング完了を意味する「デジタルアキュメン」の証明をオンラインで表示していた。うわさが広まるにつれ、従業員たちは自分たちも熱心に取り組もうと気持ちが動かされた。
労働力変革のプランを従業員に押し付ける前に、それを実行する従業員の気持ちを考えてみるといい。従業員体験(EX)が好ましければ会社への好感度も高まるが、メリットはそれだけではない。良い従業員体験が認知のベースにあると、従業員は自信を持って、十分に能力を発揮しながら自らの業務を行うことができる。
EXの創出には多くの要素が関連してくる。例えば、デスクトップや携帯アプリのユーザーインターフェース、物理的な作業空間(壁の融通性や可動性、協働または単独集中作業のための空間可用性)、作業負荷と柔軟性(妥当なワークライフバランスを維持)、学習と能力開発機会の範囲やその内容などである。もう一つの要素として人との関わり方があり、これは企業文化や運営アプローチからも影響を受ける。最も印象的なケースは、小グループ単位で一緒に能力開発を行う場合などで、参加メンバーは公式のトレーニングを終えた後も、何年にもわたり連絡を取り合うこともある。
調査を行うと従業員が決まって訴えるのは、働き方に大きな裁量を持ちたいということと、本質的にやりがいのある仕事を与えてほしいということである。新しいスキルラーニングの場を、EX創出の機会として捉えてみるといい。自分のペースで使えて持ち運びしやすく、どこからでもアクセスできるモジュールを与える。オンラインでのシミュレーションやチャレンジなどのゲーム性も活用して、実世界のビジネスイベントのシミュレーションに参加でき、その選択が有効だったかどうか学べるようなものにする。最も重要なのは、こうしたシステムを設計する際に、従業員の意見を聞くことである。彼らの望む学習方法について、すでに理解していると思い込まず、個々人がパーソナライズできるように、あらゆる学習形態を提案するのが良いだろう。
PwCでは、従業員スキルアップのため、革新的なEX関連の取り組みを数多く行っている。例えば「オプトイン(opt-in)」アプローチ、すなわち、強制的なコンプライアンス主導のイニシアチブではなく、従業員が自主的に新しいスキルを得られるような仕組みを採用している。全従業員が、デジタル・トレーニング・アプリを活用することができ、自身のペースで進められる自己管理方式の各種コースが提供されている。これらのコースに加えて、Q&A方式で「ラーニングバースト」というバーチャルゲームショー形式のコミュニティイベントと、「デジタルアカデミー」と呼ばれる没入型の対面トレーニングプログラムもある。また、個人が作成したボットやアプリも共有でき、他の人がそれを使うと作成者がポイントを獲得できるクラウドソーシングのプラットフォームもある。
デジタルアカデミーを修了した従業員は、新たに得たスキルを日常業務で活用するため、能力として定着させやすい。ボットの構築やAIモデルの創出を始める者が現れる一方で、仲間が創ったものを利用しようと抜け目なく待ち構えている者もいる。従業員自身によるさまざまな創作は、生産性の改善につながることが多く、また、これらを活用(またはさらなる改善)する行為そのものがEXの一部となっていく。
労働力の変革は最終的には組織全体に及ぶが、最優先のビジネス課題をいち早く達成するには、特定従業員の役割とスキルセットが不可欠である。まずはそこに焦点を当ててみよう。
真っ先に重要となるスキルを備える人は、すでに組織内にいるかもしれない。このような人を見つけて配置転換を行おう。その他のスキルは、目新しく馴染みのないものなので、人を採用するか、既存従業員のスキルアップを図っていくと良い。採用にあたっては、その人の過去の職務経験が旧来の考え方ではまったく無関係に見える場合でも、その人の特性を見て、それに合うトレーニングを加えることで、新たな組織で成功できるような人材を見出す方が良い。
これらの最優先課題を早々に達成すれば、あなたの取り組みは評価され、その後はさらにやりやすくなるだろう。PwCのレポートA strategist’s guide to upskillingは次のように述べている。「いずれの年も、(自動化によって職を失う)ターゲットとなったのは、従業員のわずか10%だった。このグループ人たちを対象に、新しい役割をうまく与えることができれば、実績を上げられるだけでなく彼らからも支持を得られるに違いない。同様のペースで行っていけば、5年以内に従業員の半分近くを巻き込むこととなる」。
あるドラッグストアチェーンは最近、労働力への投資を必要としていたが、その資金は限られていた。また、この企業では従来、オペレーション能力の高い人材を重要視していたが、優れたカスタマーエクスペリエンスを提供できる従業員を優先して求めるという戦略を新たに打ち出した。こうした変化に、現在有する労働力全体で適応していかなければならなかったが、とりわけ薬剤師と店舗主任の2つの役割にはそれを最も強く求めた。薬剤師には、患者の対応に要する時間を短縮する新しいシステムと、その運用手順の研修を受ける他、患者とのより良い関わり方についての指導を受けるようにした。従業員の雇用、研修、教育、動機づけの責任者である店舗主任には、特別な顧客サービスをモデル化して部下に教える方法を学ぶことを義務付けた。この2つの重要な役割に集中することでこの企業は、一度に全員の変革を試みた場合に比べ、より確実で素早い投資リターンを確認することができた。その後2年の調査によると、同社のカスタマーエクスペリエンスは著しく向上していることが明らかとなったのだ。
人は理解して初めて変わることができる。つまり、労働力の変革を行うにあたってあなたがまずすべきことは、とるべき行動を分かりやすく示して見せ、それを徹底的に教えることだ。スキルとナレッジは後から付いてくる。
行動の変化を具現化し、実際に身につけるには、しっかりと頭を使って時間をかける必要がある。しかし、トレーニングの一環として「実際にやってみる」ことで、一度体得した行動を忘れずにいられる。例えば、予知保全(AIを活用して、起こり得る故障を予測して防止する)のスキルを獲得するとしよう。工場の従業員たちは実際にやってみて、そこから学んでいく。センサーの取り付けやデータを理解するコンピューターモデルの開発、あるいはデータに関する自身の考察を説明する、もしくは、他の従業員の考えを検討するといった、解釈力を上げるようなスキルを磨くといった行動を「実際にやってみる」のだ。
新しい行動を日常業務に組み込んでみよう。PwC Strategy&の書籍『成長への企業変革 ―ケイパビリティに基づくコスト削減と経営資源の最適化』※1は、これを実行した北米のエネルギー企業について述べている。この会社の経営陣は、会社全体として決定的に重要な行動を4つ特定した。戦略を実行する時、全社に影響する意思決定を行う時、アカウンタビリティ(説明責任)を果たさないといけない時、そして会社の人材を継続的に育成していく時に、「Can-Doマインド(できるという思考で考える)」で臨むことである。トップリーダーたちはこれを日常業務に落とし込み、業績評価の中にも採り入れた。
デジタルツイン式のビジネス現場のシミュレーション、複雑な環境を再現するVR(仮想現実)プログラムまたはAR(拡張現実)システム(センサーやその他の機器を環境に取り込み、人と直接やり取りをする)を試してみよう。こうしたバーチャルシステムを導入することで、実世界のシステムを変更する場合よりもリスクとコストを抑えられる。航空会社がフライトシミュレーターを使って駆け出しのパイロットを訓練するのと同様に、会社は新米マネージャーや従業員を危険にさらすことなく、難しい戦略がどのように実行に移されていくのかを見せることができる。すなわち、従業員たちは、この戦略を取り入れた場合にはこのような判断になるのだということを、より正確に理解できるようになるばかりか、その戦略を実行するにはどのように取り組むべきか(必要な行動)についても学ぶことできるのだ。
反復を学習経験の中に組み入れてみよう。学んだ内容を定着させるには、定期的にそのテクニックを使い、改良していくことが必要だ。心理学ではこの原則を、神経可塑性と言う。人は特定の様式で行動し続けるうちに、脳内のニューロンがそれに合わせて調整し、その行動をとることが次第に容易になっていき、ついには第二の性質になるのである。
学習をパーソナライズしてみよう。トレーニングのペース、プラクティスと反映の相互作用、そして成果の測定を調整し、役割、経験のレベル、個人の好みなどに合わせていく。例えば、中堅のファイナンス専門家には、小売店舗のスタッフや営業マンとは異なる種類のトレーニングプログラムが必要になるだろう。トレーニングのコンテンツだけではなく、提供方法も多様であるべきだ。使い勝手の良い学習室、業務監督者が共有・活用できるようなディスカッションの手引き、デジタルアプリ、または、これらの方法を相互に補完するような組み合わせなどがあれば理想的だ。
※1ヴィネイ・クート(著)、ジョン・プランスキー(著)、デニス・キャグラー(著)、PwC Strategy&(翻訳),2017.ダイヤモンド社.
行動を変えるにあたって、トップダウンでやろうとするとうまくいかないことが多い。特に最近の従業員たちはトップダウンの指示に従うことを好まず、自分に影響を及ぼすあらゆる変更に能動的に関与したいと考える傾向がある。こうした従業員の一人ひとりこそが、顧客に最も近い存在であり、日常業務の担い手である。そのため彼らは、何を改善すべきか、どのように変更すべきかよく理解しており、あなたが考えつきもしないようなアイデアを思いついたり、改善項目を見つけ出したりすることもあるだろう。
ただ、彼らがそれを実行に移すためには、呼び水のようなもの、さらにハイレベルでのサポートが必要だ。草の根レベルの努力を奨励し、従業員が変革に熱意を注げるように手助けしよう。変革に対する従業員自身のアイデアや新しい働き方を試すように鼓舞しよう。例えば、ソフトウェア開発など、従業員が自ら提案する活動について協働する実践の場として、オンラインフォーラムやアイデアラボなどが考えられる。
PwCでは、このアプローチを「参加型の変革(citizen-led innovation)」と呼ぶ。リーダーは方向付けを行い、組織の構成員(エンパワーされた従業員)がその方針に沿って動き出す。彼らはまず、どういった用途のデジタルアプリを作るのかを決めて、ソリューション構築のテストを行う。その後、他の従業員もダウンロードして使えるように、PwCのデジタルラボにアップする。ユーザーからはフィードバックと格付けがなされ、アプリの品質が最高レベルにまで高められる。こうしてすでに、さまざまなボットやアプリが作り出されてきた。例としては、迅速に高価値分析を行うもの、会議室の予約やタイムシートのデータ入力といった誰もがよく行うタスクを合理化するもの、スプレッドシートのデータをより洗練されダイナミックなダッシュボードに変換するもの。さらに、重要な課題がトップに表示されるように業務を並び替えたりするものなど、多様なボットやアプリが生まれてきた。心躍るようなコミットメントを目にして、私たちは大いに盛り上がり、わずか1年以内に1,500以上の有効なデジタルソリューションが生まれた。
労働力の変革は、個別や部分的に発生するものではなく、全社規模で起こる。イニシアチブが完了するまでには、組織のケイパビリティを構築したり各段階でロールアウトを行ったりしながら、3年以上を要するかもしれない。イニシアチブを実行するにあたり、まずしっかりとプランを練ったうえで準備し、必要なリソースを調達しなければならない。時間や費用を見積もると、その膨大さに腰が引けるかもしれないが、期待する結果を正しく管理するならば、得るものは大きく、十分に取り組む価値がある。
これから起きるかもしれないことを先読みしすぎないようにしよう。この種のイニシアチブは往々にして不確定要素が多いものだ。それでも、方向付けをして担当グループを決め、会社全体に(おそらくはバリューチェーンにも)取り組みを徐々に広げていく絵を描くことはできる。進めていくうちに、早い段階で成果を得られる可能性が出てくることもあり、そうすると投資への早期リターンを考え始めるだろう。だが、1年目に成功を収めたからと言って、その後の変革をやめてはならない。始めから、長期的な成功に投資する覚悟を決め、活動の各段階を、前段階の成功の上に積み重ねていくことが肝要である。
第4の原則で触れたドラッグストアチェーンは、自社の労働力をもっと顧客中心のものに変革するため、包括的なプランを立てた。まずは4カ月にわたるコミュニケーション研修から始めた。階層における各レベルのリーダーは、自身のチームにビジョン、計画、期待事項などを教え込み、トップレベルの指導者も現場に任せきりにせず、研修などにも積極的に関わった。
さらに同社は、薬剤師と小売店舗主任を対象とした3年間の研修プログラムに大きな投資をした。1年目は基本スキルの強化、2年目はカスタマーエクスペリエンスについて、3年目は業績のリーダシップに重点を置いた。このプログラムの実施により、高額給与の従業員が年間で数日間、店舗を不在にすることとなったが、これは会社の将来に対する真剣かつ継続的な投資だった。そしてこのコミットメントと忍耐が功を奏した。2年も経たずしてこのドラッグストアは、従業員のエンゲージメントと顧客満足度のスコアに著しい改善を見ることができたのだ。
労働力の変革によって、組織文化は変わらざるを得ない。Strategy&では2,200人以上の幹部とマネージャーを対象に、チェンジ・マネジメントに関する調査を行った。これによると、企業が自社の文化に沿った形で変革を実施する場合、持続可能な変革を実現できる可能性が2倍になった。
Strategy&のジョン・カッツェンバック他は著書『最高の企業文化を育む「少数」の法則』の中で、組織文化について、「組織内での物事の行われ方を決定する、行動、感情、思考、信念の自立パターン」と定義している。文化は人の行動や話し方におのずと表れる。組織の文化を無視するようでは成功できないし、「組織たるもの、このようにあるべきだ」などといった月並みな努力で組織の文化を作為的に固定化したり、形作ったりすることもできない。自分の理想ではなく、あなたの会社のあるがままの組織文化そのものと向き合わねばならない。
組織文化との整合は、労働力の変革にあたっては特に重要である。従業員は生計を立てることに手いっぱいで、スキル向上などについては、半年もすれば入れ替わるような管理職たちのばかげた思いつきと考えるかもしれない。あるいは、新しいスキルを学んだからと言ってすぐに競争力をつけられるとは思っていないかもしれない。従業員の周りでは「私たちは変われるほど優秀ではない」といった、当てにならない風潮がはびこっているかもしれない。こうした風潮は、「私たちは必要なケイパビリティの伸ばし方を知っている」 といった新しいメッセージに置き替えることができるし、そのように置き替えるのがリーダーの仕事である。
最も重要なリソースは、自ら変わる準備ができている人たちだろう。カッツェンバックはこのグループを「真の非公式リーダー」と呼ぶ。こうした真の非公式リーダーは、どの階層レベルにも見つけることができる。自分に利用できるツールや機会の全てを活用して、新しいスキルをすでに身につけ始めており、労働力変革の価値を体現している人々のことだ。真の非公式リーダーは、あなたが従業員の感じていることを理解しようとする時、また従業員にどのようにアプローチしたら良いか迷った時、あなたを助けてくれるだろう。真の非公式リーダーが影響力を持つのは、そのポジションゆえでなく、ケイパビリティ、熱意、そしてコミットメントゆえである。全労働力のうちの5%か10%が真の非公式リーダーに該当するのであれば、変化を生み出すことは十分可能だ。
PwCのスキル向上の取り組みにおいて、こうした人々は「デジタルアクセラレーター」と呼ばれていた。PwCの最高人材責任者(Chief People Officer)のマイク・フェンロンとデジタル人材リーダーのサラ・マケニーニーが、ハーバードビジネスレビューの記事で述べているように、真の非公式リーダーは「多様な自動サービスツールの学習や言語のコーディングを学ぶことによって、データや自動化、AI、デジタルストーリーテリングといった自らのデジタル関連特殊スキルを迅速に深め、そしてこれらのスキルを自社のビジネス全体に応用する」ことに意欲的である。真の非公式リーダーには、この新しい役割に注力して、仲間の学習をサポートできるよう十分に時間を与えた。彼らがこうした役割を任されたのには、デジタルスキルの高さはさることながら、社会的な眼識や影響力に加え、他者の成功を助けようという熱意を持っていたことが理由として挙げられる。これこそが、真の非公式リーダーたるゆえんである。
今日の非常に大規模な組織において包括的な労働力の変革を進めるには、多様なバックグラウンドを持つ、多種多様な人々を取り込んで計画を立てるべきである。包括的な組織とは、単に人口学や独自性の諸要素(性別、年齢、人種、民族的および社会経済的背景、宗教、性的指向など)に関する先入観を避けることではない。人々が仕事にもたらす広範な経験、観点、最終目標などを歓迎することを意味する。また、フルタイムやパートタイム、契約/短期のスタッフ、世界中からのリモートワーカー、他社が雇用する外部スタッフなどが混在する多様な状況を、組織文化の一部として創り出すことをも意味する。包括的価値観を持った会社は、スキルの高い人材を採用・維持しやすく、彼らの持つ高度なスキルの恩恵を受けやすい。
イニシアチブそのものに対しても、さまざまな反応があるだろうが、賛成派で「デキル」人々はあなたの味方である。彼らはこの取り組みに価値があると認識しており、他者にも参加を促すような影響を及ぼすかもしれない。一方、賛成派で「できない」従業員、すなわちデジタル世代のスキルを学ぶことはできないと感じている人々は、あなたが説得することで、それまで考えたことのない選択肢(すなわち、デジタル関連のスキルを学ぶこと)を選ぶようになるかもしれない。デジタル世代のスキルを学ぶことは自分にもできることである、と分かれば、学習機会への熱意と意欲を高めていくだろう。
注意すべきは反対派の従業員だ。彼らは陰で、またはあからさまに変化に抵抗し、スタンフォード大学のキャロル・ドウェック教授が「硬直マインドセット(fixed mind-set)」と呼んだ「成人したら知能とケイパビリティは固定され、本質的に変わらない」という信念を抱く傾向にある。このように信じる人は、大人になっても課題に取り組むことができ、デジタル化に対応するうえで必須の技術的スキルを獲得できるのは、少数の生まれつき頭の良い人だけだ、と思い込んでいる場合がある。
この信念を払拭するには、ドウェック教授らが提唱した「成長の思考様式」について説明する必要があるだろう。この研究は、ほぼ全ての人がどんな年齢であっても、新しいことを学習して自分のケイパビリティや知能を向上させることができると示している。そのためには通常、しっかりと計画を立てて真面目に勉強することや、他者からの支援・メンタリングが必要となるが、これらは全て、リーダーが行う労働力の変革を構成する要素である。労働力の変革は、無駄がなく非官僚的で、より充実した職場環境をもたらすと説くこともできる。そうした環境においては、人々はより生産的な仕事に取り組むことができる。
反対派が疑念を持ち続ける場合、特に反対派がチームの責任を負う中堅から上級マネージャーであれば、同情を示しつつも揺るがない態度で接し、話を聞き出そう。彼らの言い分は的を射ているか。例えば、彼らはこれまでに、イニシアチブをとろうと立ち上がったものの、何の影響も与えずに立ち消えていったのを見てきたかもしれない。しかし彼らの懸念に対処した後にもこの反対派が納得できないのであれば、厄介である。そういった人は、「変革は重要ではない」という熱意のないメッセージを他者に送るか、最悪の場合は疑いや口論の種をまくことすらしかねない。難しい、けれども、重要な問いかけをあなた自身にしてみよう。あなたが築こうとしている新しい組織に、反対派である彼らはふさわしいだろうか。もし答えがノーであれば、反対派をリーダシップのポジションから外したり、会社から切り離したりすることも必要かもしれない。
労働力の変革のリーダーであるあなたは、このイニシアチブに関わる努力が全て、確実に実を結ぶようにしなければならない。そのためには2つの基本的な方法がある。労働力の変革を追跡すること、そして、必要ならば介入して軌道修正を行うことである。
労働力の変革の結果は、追跡しにくい場合がある。価値の定量化は時に難しく、無形で実体のない利益もあるからだ。PwCのレポートではこの課題を、グローバル金融サービスの未来労働力チームが銀行のスキル向上のイニシアチブに対し、架空の採点表を用いて取り組んでいる。これには金融の測定基準以外にも、スキル構築の測定(調査結果や指導の質の測定など)、獲得したナレッジ(オンライン学習のコミュニティ活動や、アプリのダウンロード回数など)、生産性(請負業者への支出の節約など)、そして事業成果(リリースデータやスケーリング測定など)が含まれる。さらに、ブランドの健全性やソーシャルメディアのコメントも従業員からの影響を受ける場合には、測定基準となり得る。
あなた自身を評価する指針としては、今、実施しているアクションに関する問い「私たちはやろうと言っていたことを行っているか」や、アクションによって得られた結果に関する問い「私たちは期待どおりの結果を得られているか」が含まれる。自身や同僚、上司に見られる行動の変化を評価するにあたっては、現場の従業員から集めたデータを含めることも有用だ。
進捗を継続的に追跡および分析しやすくするため、従業員のスキルを目録にまとめたスキルインベントリーを用意しよう。PwCの調査によると、現在、なんらかのアナリティクスを用いてスキルの予測とモニタリングを行っている企業は、全体の3分の1にとどまる。スキルのモニタリングに投資すれば、どういった能力・スキルが社内で不足するか予測しやすくなり、目まぐるしく変化するビジネスの状況に迅速に対応しやすくなる。
当然、これらの評価方法はインセンティブに反映されていく。従業員にとっては、より真剣に労働力の改革に取り組む理由になるからだ。金銭的なインセンティブや雇用の保証だけにとどまらず、興味深いプロジェクトに加わることやスキルアップの機会を与えられることも、重要な動機づけとなる。第4の原則で述べたドラッグストアチェーンは、自社のインセンティブを次のように変更した。従来、店舗主任が受け取るボーナスは、売上と収益性のみを対象としていたが、彼らのボーナスの大部分は、カスタマーエクスペリエンスによる採点と従業員エンゲージメントに基づくものにしたのだ。
追跡評価を行った結果、組織の一部で変革を実行していないことが明らかになった場合は、そこに介入していかなければならない。データを手に、現場のビジネスリーダーと膝を突き合わせてとことん話し合おう。どんな支援を必要としているか聞き出して提供する。それだけでなく、計画に従うように促し、定例のビジネス・レビュー・ミーティングで変革の進捗を報告させるようにする。
今日、企業における変革の風は今までになく強く吹いている。今後数年の間で、ほぼ全ての組織が労働力の変革を起こす必要があるのは間違いないだろう。この種のイニシアチブは、壮大かつ複雑で時間を要する。そして、必ずしも成功の保証はない。もしかすると、推進することを自分の意志からではなく、重荷と感じる人もいるだろう。
しかし、あなたの経営者としての志を、違う観点で考えるチャンスと捉えることもできる。あなたの会社で働く人たちが業務に費やすその時間に対してあなたが賃金を支払う、それは確かなことなのだが、企業の成功は、従業員が割く時間だけではなく、彼らの創造性や関心にもかかっている。その見返りとして、あなたは従業員に、さらにスキルアップする機会を与えることができる。つまり、従業員のスキル向上は、彼ら自身のためだけではなく、経営者であるあなたのためでもあるのだ。そうしたビジネスを見てきて思うのは、労働力変革のイニシアチブが誠実なものであれば、従業員は自分の会社や仕事、自分自身について、もっとポジティブに考えられるようになるということである。技術による自動化は、人類にとってマイナスとも考えられていたが、今や人類が進化するためのツールとなった。正しい道を歩むことができれば、ビジネスも人も、来るべき将来に向かって、十分な備えができるだろう。
"10 principles of workforce transformation" by Deniz Caglar, Carrie Duarte, strategy+business, September 25, 2019.
PwC Strategy&のプリンシパルで、シカゴを拠点とする。戦略的コスト削減および組織の変革を専門とする。PwC米国の組織戦略プラクティスのリーダー。『成長への企業変革 ― ケイパビリティに基づくコスト削減と経営資源の最適化』の原書Fit for Growth : Strategic Cost Cutting, Restructuring, and Renewalの共著者。
PwC米国法人のプリンシパルで、ロサンゼルスを拠点とする。PwCのWorkforce of the futureのプラットフォームを率いる。組織がその労働力の戦略を練り上げ、業績を推進し、職場環境を最適化する際の戦略的・戦術的な手引きを提供する。
PwCコンサルティング、Strategy&のマネージャー。自動車、産業材など製造業分野を中心に、成長戦略、新事業開発、アライアンス、組織・オペレーション改革などのテーマで、数多くのプロジェクト実績を持つ。