世界的危機の時代における将来の拠点配置に関する考察

グローバル拠点配置の最適化に向けて

Safe-shoring for agile and resilient footprints | Strategy&

著者:Dr. Hans-Jörg Kutschera, Axel Borowski, Georg Krubasik, and Dr. Raimund Wolf

 

昨今の地政学リスクの高まりに伴い、市場はますます不安定化しており、変化に対する機敏性や回復力の高いバリューチェーンの必要性が高まっています。この問題に取り組むには、「セーフショアリング」という新たな拠点戦略の概念が有効です。セーフショアリングとはいったい何を意味し、どのように活用すれば効果を得られるのでしょうか?

近年、グローバル化と技術の進歩により、製造業を取り巻くビジネス環境は不安定さを増しています。直近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)やウクライナ戦争といった危機的状況により市場は大きな混乱が生じ、ビジネスを舵取りする上での複雑性は増しています。変わりゆく需要へ対応するために採用すべき拠点戦略は、これらの危機的状況から、さまざまな面で影響を受けます。

既存の拠点戦略であるリショアリングやニアショアリングは、自社ビジネスの中心地周辺に拠点を配置することで、変化に対する回復力を高めることができます。しかしながら、これらの戦略はしばしば市場へのアクセスを悪化させ、インフラやノウハウへの過剰投資を招きます。他方、フレンドショアリングやデカップリングといった拠点戦略では、グローバルな展開はできますが、低リスクと見なされる地域にしか配置できず、変化に対する機敏性が犠牲になりかねません。セーフショアリングの場合、拠点配置設計の初期段階から、変化に応じて資産を移転することを前提とし、前述のトレードオフを克服します。初期投資が多くなる可能性はありますが、変化に応じた他拠点へのスイッチングコストは低くなります。そのため、経済的不確実性が高い状況においても、より低コストでオペレーションを行える地域へ柔軟に拠点を移管することができます。

上記に加えて、高いレベルでの市場アクセス性を維持できるため、拠点移管した結果、リードタイムの短縮、運転資本の削減、人材の安定確保も実現できます。

工場建設計画のなかで定められている変化に対する機敏性と回復力を高めるための既存方針を、拠点戦略に適用することが求められています。

工場建設計画では、市場変動に対処するための多くの方針が2010年代に定められてきました。工場の設備やリソースを環境変化に適応させることを狙いとするこれらの方針を、生産拠点戦略にも適用すべき時機が来ています。

上記の5つのケイパビリティは、従前は主に狭義の工場向けに開発されたものでしたが、セーフショアリングにおいても解釈・適用が可能です。架空のストーリーではあるものの、実用的な場面を想定した2つのユースケースを以下に紹介します。5つのケイパビリティを通じて、変化への機敏性と回復力をグローバル全体で高めるためのセーフショアリングの活用方法について解説します。

ユースケース1:

ある企業が緊迫した政治情勢を踏まえ、生産拠点を他国の未開発工業用地へ移管したいと考えています。

  • 万能性:既存生産拠点のデジタルツインがクラウドベースのビルディングインフォメーションモデリング(BIM)の形で存在し、このデジタルレプリカが新拠点の青写真として機能することで、移管プロセスを大幅に加速させます。デジタルレプリカを用いることで、将来のサプライヤーとの関係など、材料や情報の流れを事前にシミュレーションできるようになります。さらに、USP(Unique Selling Proposition)に関連する知見(R&Dなど)は本社に集約しているため、知的資本の損失リスクはありません。
  • モジュール性:実際の生産システム、およびデジタルツイン上のレプリカの双方とも、標準化された複数の機能モジュールで構成されています。これらの機能モジュールは、例えば組立や塗装といった工程単位を指し、カスタマイズ可能なモジュールシステムを使用して組み合わせることができます。このアプローチにより、新拠点の現地状況に柔軟に適応し、効率的な生産が可能となります。
  • 可動性:新しい建屋が完成するまでは、暫定策として仮設の建物に生産能力を配置する必要があります。現拠点に据え付けられている水処理プラント等の建物設備は、コンテナ技術を用いることで可動性が担保され、新拠点への移管が容易に行えます。さらに、車輪付きの機械を使用することで、将来的なレイアウト変更がしやすくなります。人的リソースの観点では、USPを生み出す生産工程だけでなく、最重要と言えるマネジメント業務を遂行できるグローバルチームを有しています。

ユースケース2:

ある企業が、需要変動に伴い、既存拠点の生産能力の一部を他国に移管し、その拠点を拡張したいと考えています。

  • 拡張性:タクトタイムを用いた生産はフローの変動をコントロールすることが特に困難であるため、この企業は組立生産などの一部を市場変動に適応した生産に移行しました。これにより、作業ステーションの数を増やすだけで、能力変更が容易になります。また、新たな人的リソースの必要性(例えば、比較的単純なロジスティクス関連業務)に対応するため、有期雇用契約を活用することで、柔軟に人員を調整します。発送場では、使用する機械の大半は地元のサービスプロバイダーからリースしているため、融通の利く契約条件に基づき、不要時には返却することができます。
  • 互換性:各国共通のERPシステムを導入することで、インターフェースの標準化、生産管理の高度化、生産能力変更に係るプロセスの簡略化が可能となります。さらに、異なる環境間で互換性のある機械を使用することで、柔軟にオペレーションを変更することができます。例えば、ある拠点で使用されていた自動走行ロボットは、既存拠点に依存することなく、別の新施設においても3Dマップを作成の上で、走行ルートを生成できます。またローコードやノーコード開発を活用することで、自動化に必要な統合エンジニアリングと段取り替えが一層進みます。

これら2つのユースケースは、セーフショアリングを実践する上で、5つのケイパビリティをどのように活用すべきかを示しています。一方、セーフショアリングを成功させるには、高い水準での業務標準化、強力なマネジメントチーム、多額の投資も必要となります。

セーフショアリングのアプローチを拠点配置戦略に組み入れるにあたっては、企業固有の状況を評価し、判断する必要があります。

次の3ステップを進めることで、セーフショアリングを実践できます。

  1. 個社リスクと影響範囲の評価:
    まずは自社の状況を評価し、拠点配置戦略とビジネス目標の整合をとならければなりません。そのためには、変化に対する機敏性と回復力が拠点における個々の目標と比べて、いかに重要であるかを認識する必要があります。加えて、拠点配置のあるべき姿に影響を与えうる、現在および将来の潜在的リスクを見極める必要があります。顧客およびサプライヤーの視点を考慮することで、あるべき姿の解像度を上げることができます。
  2. 拠点配置戦略の選択:
    セーフショアリングを含む拠点配置戦略5パターンうち、どれが自社に最も適しているかを判断する必要があります。セーフショアリングを採用する場合は、変化に対する機敏性と回復力を高めるための手段を特定することから始めます。このステップを進めるにあたっては、今回紹介した5つのケイパビリティと2つのユースケースが役立つでしょう。
  3. アクションプランの実行:
    言うは易く、行うは難しです。5つのケイパビリティから採用した施策を実行に移します。セーフショアリングだけでなく、自社の状況に応じて、他の4つの拠点配置戦略も適宜検討すべきである旨も忘れないでください。ここで実行するあらゆる施策は、拠点配置のあるべき姿の着実な実現に役立つでしょう。

※本コンテンツは、Agile and resilient footprints Put Safe-shoring into practiceを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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樋崎 充

樋崎 充

Strategy Consulting Leader, PwCコンサルティング合同会社

田中 大海

田中 大海

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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