保険会社における社用車の変革

―避けられぬEV導入の波―

バッテリー式電気自動車(BEV)の性能が向上し入手もしやすくなったことから、保険会社が社用車をBEVに移行するのにふさわしいタイミングが訪れています。間近に迫る二酸化炭素(CO2)排出量削減の期限に向けて、これは重要な一歩となるでしょう。

ドイツの保険会社各社は2025年までにスコープ1および2におけるCO2排出量のカーボンニュートラル達成を公約しています。この意欲的な期限に間に合わせるためには各社の業務のあり方を広範囲にわたって変革する必要があり、中でも最も重要な取り組みの1つが、自社の社用車を中心とするモビリティ戦略です。

社用車が現在もたらしている年間約4万トンのCO2排出は、ドイツの保険会社のスコープ1および2排出量全体の約4分の1を占めます。したがって、保険会社の社用車をガソリン(ICE)車からBEVに移行することは、カーボンニュートラル達成の重要な要素の1つとなります。

責任
保険会社各社は2025年までにスコープ1および2におけるCO₂排出量*1のカーボンニュートラル達成を公約しています。加えて、各社はロールモデルの役割を担うという社会的責任を負っています。

サステナビリティ
社用車はBEVへの移行との親和性が極めて高く、脱炭素化や価値創造に向けた大きなポテンシャルを持っています。保険業界のビジネスにおける従業員らの移動は、年間4万トンのCO2排出の原因となっています*2

市場
BEVはガソリン車と同等の機能を達成済みであると同時に、より経済的で社会的にも受け入れられやすい選択肢です。

充電インフラ
社用車のニーズに合わせた充電オプションを組み合わせることで、コストと充電時間を最小限に抑えながら、航続距離と運転体験を最大限に高めることができます。

タイミング
BEVの納期が改善され新モデルが続々と登場する中、価格は落ち着きを見せています。今こそが社用車の変革を推進すべき時です。

BEVの性能向上という順風

迫り来る2025年を前に、保険会社にはもはや一刻の猶予も許されません。しかし、いくつかの重要な要因が最近になって好ましい方向に動き出したことで、この期限の達成はこれまでと比べてかなり現実味を帯びてきました。

市場で販売されているBEVの選択肢は過去1年間で著しく拡大し、BEVの航続距離、バッテリー寿命、充電時間などの性能はガソリン車と競合する水準まで向上しています。加えてBEVの価格は下落しており、2023年9月に終了した補助金なしでも総所有コスト(TCO)ベースでガソリン車を15%下回る水準にあります。また、2022年はBEVの購入にあたり納車まで1年待ちの状況でしたが、現在は待ち時間が大幅に短縮されています。

このように、保険会社の社用車変革に向けては順風が吹いています。しかし、だからといってBEVへの移行が必ずしも順調な航海になるわけではありません。

なお残るいくつもの課題

BEVは依然として新しいテクノロジーであり、今後も急速な進化が続くと見込まれることから、市場の動向に積極的に適応する姿勢が求められます。また、エネルギー市場の不安定な状況も持続が予想されるため、重要なコストの予測が困難になります。加えて、充電インフラがユーザーのさまざまなニーズを反映した総合的な設計になっていないことや、充電ポイントが不足する可能性があることも、BEVの導入におけるさらなる潜在的な障壁を生み出します。

保険会社の内部におけるその他の問題も考慮に入れなければなりません。円滑な移行を確実に実行するためには、一部の従業員の間におけるBEVへの不信感に注意深く対処する必要があります。モデルやブランドの選択肢の増加は、少なくともいくつかの場合において、消極的な姿勢を打破する助けとなるでしょう。

保険会社の施設内と従業員の自宅の双方において、適切な充電インフラを提供することをめぐるさまざまな問題については、詳細な計画が必要です。運転に関する行動様式は会社内でも著しく異なります。すなわち、役員クラスは主に本社を拠点とし、オンサイトの充電ポイントを必要とすることが多いのに対して、営業チームや保険金支払いチームは社外で長い時間を過ごし、場合によっては遠隔地まで長い距離を運転します。これら双方のグループが、自身の勤務様式に合った充電インフラにアクセス可能だと確信できなければなりません。

また、運転が自身の役割の重要な一部となっている多くのスタッフは、自宅用充電ポイントを必要とするでしょう。しかし、居住する住宅の種類によっては、法務上および税務上の複雑な問題が生じる人もいます。会社は潜在的な問題を認識し、考慮する必要があります。

それでは、保険会社は社用車のBEVへの移行という課題にどのようにアプローチすべきなのでしょうか?

転換の具体的なアプローチ

分析の段階における重要なステップは、従業員調査を行い、BEVへの転換に対する意欲の度合いを把握するとともに、従業員による自動車の業務使用の典型的なパターン(オフィスへの出社の頻度、その曜日、1週間の勤務時間のうち「道路上」で過ごす時間など)に関する正確なデータを収集することです。従業員のニーズと懸念、およびさまざまな使用パターンや典型的な走行距離に関する情報を収集することにより、会社は必要とされる充電インフラの構成や、オフィスと従業員の自宅にそれぞれ配置すべき充電インフラの数量をより的確に理解できます。このデータを検証し活用することにより、典型的な運転距離と、さまざまなBEVの航続距離の仕様が比較可能です。

保険会社は重要な従業員グループのさまざまな運転パターンに関する正確なデータを収集したうえで、自社の社用車の移行をシミュレーションするモデルを策定できます。このモデルにより、BEVのライフサイクルを通じた総所有コスト、BEVへの転換の進展に従って期待できるCO2排出量削減、およびプロセス完了までの最適なスケジュールが示されます。

重要なのは、社用車のBEV化という変革の成功が全社的なプロセスと認識されることです。転換する際に生じる実務上の複雑な問題に対処するには、効果的な全社コミュニケーションが必要なため、経営陣の後ろ盾と多くの部門からの支援が欠かせません。

4つの主たる成功要因

保険会社がBEVへの移行を達成し、2025年までにカーボンニュートラルに到達するには、以下4つの主たる成功要因が必要です。

  1. BEVへの移行が実現するサステナビリティへの寄与を従業員に明確に伝達(例えば、CO2ダッシュボードを利用)し、明快な情報を用いてBEVへのよくある偏見を解消する
  2. 重要なユーザーグループの懸念をより的確に理解するため、これらのグループによる積極的な関与を確保する
  3. 有志のパイロットプログラムを設置して社内のBEV賛同者を募り、新たな業務プロセスをテストする
  4. BEVの導入に対する特典(自宅用の充電器など)を提供する

社会の期待への対応

ドイツの保険会社各社はカーボンニュートラル達成の目標を自らに課しています。これは各社が社用車の変革の必要性を受け止め、その達成に向けた実務的な戦略に取り組まなければ実現できません。

同時に、保険会社としてのより幅広い社会的責任に留意することも必要です。将来のリスクを予測し、それらから保護することを役割とする保険会社は、気候変動への対処、CO2排出量削減の必要性への対処に自社が取り組んでいることを示す機会をポジティブに捉えるべきです。保険会社は変革の推進力として行動し、その行動においてBEVの普及全体を加速させる機会を与えられています。これはドイツの気候公約の達成に向けた重要な寄与となるでしょう。現在の市場環境は、前に進むべき絶好の機会をもたらしています。

本レポートは Tim Braasch、Heiko Seitz、Franziska Höhn、Fabian Müller、Jonas Meereis、Kai Müller、Vincent Pursianが共同執筆しました。

*1 ESGにおける環境のスコープ。スコープ1排出量は当該企業が直接的に生じさせる排出量(社用車によるものを含む)。スコープ2排出量は間接的に生じる排出量であり、当該企業が需要するエネルギーの生成の際に生じる排出量を含む。

*2 KBA。自動車のみ使用の場合。

※本コンテンツは、『Time to electrify: Now is the moment for German insurers to transform their vehicle fleets』を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

PDF版ダウンロードはこちら

お問い合わせ先

井出 勝也

井出 勝也

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社