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AIの大量処理思考とヒトの非線形思考を組み合わせた“ケンタウロス的知性”の必要性が主張されています。AI対ヒトの二元論を超え、AIを上手く活用したヒトが最も適正な判断を下すことができるという考え方です。
AI×ヒトの判断は、データマーケティングなどの現場判断では以前から行われていましたが、近年では戦略的な中枢判断でも実践される様になりました。例えば製薬業界では、他社の開発中止薬から開発対象を発掘するような、新たなビジネスモデルが出現しています。“ケンタウロス的知性”を中枢判断に生かすことの必要性と企業の取り組み方が、本稿では考察されています。(山岸 雄輝)
ある大手自動車メーカーが、自動運転を開発するライドシェアリングのスタートアップ企業と比較した競争力評価を、あるコンサルティング会社に依頼した。コンサルティング会社はこの要望に対して、ビジネスケース、PPT資料、および5ヵ年予測を伴う従来の戦略プロジェクトとして考察するのではなく、自動車メーカーが競合他社と戦うことができる「シミュレーションゲーム」を構築した。人工知能(AI)システムは、顧客、企業、またその他の主体が利用可能な膨大な個人の選択肢をデジタル・ツインとしてモデル化した(デジタル・ツインとは、有形資産、プロセス、消費者、行為者、その他の意思決定主体をコンピューター化して複製したもの)。数十万件のシミュレーションにより、多くの「ストラテジック・ベット(自社の既存事業ドメインである程度予見できる戦略的打ち手)」、「オプションバリュー・ベット(別の事業ドメイン、例えばバリューチェーンの上下進出などへのリスクある新規の展開)」、および「確実に結果が出る戦略(どんな環境でも一定の効果がでるコスト削減のような打ち手)」、またはさまざまな状況における戦略的にも財務的にも意味のある手だてが示唆された。これらの戦略を選択することで、強化学習と呼ばれる学習メカニズムを通じてAIシステムがより洗練され、人間がより適切な意思決定を下せる様になった。時間の経過とともに、自動車メーカーは複数の都市やコミュニティに対する正確な市場アプローチ、価格設定、広告、顧客戦略を選択することが可能となった。
こうした方策を総合し、フライホイール(flywheel)という概念が生まれた。安定性や推進力の根拠づけが厳しく求められる電力産業で生まれた概念が、名付け親で戦略コンサルタントでもあるジム・コリンズ氏により「新規事業にリスクをとって展開するにあたり、既存事業を同時に維持・発展することで企業全体を安定化させるというコンセプトである」企業戦略の文脈において普及した。企業の意思決定者たちは、直感や先入観に頼るのではなく、この戦略的フライホイールの効果を活用して、シミュレーションや現実世界において仮説を検証することが可能となった。これにより、一連の戦略的選択肢が飛躍的に拡大し、新手法を試みるコストが削減された。意思決定者は、自身が作成した豊富な選択肢により身動きがとれなくなるのではなく、こうしたシミュレーションによって明確なビジョンが得られた。その結果、自動車メーカーは価値ある新サービスを創出し、わずか2年足らずで事業価値は数十億ドルに達した。
シミュレーター、AI、継続的な実行調整、これらを通じて考慮される数千のシナリオ。これは、一流企業でビジネスリーダーが戦略を構築してきた従来の方法とは異なる。現在私たちが戦略構築のために始めようとしている方法、そして今後の戦略構築のあり方である。この新しい戦略構築においては、全ての業界で顕著になっている変化と革新の勢いの高まりに持ちこたえ、それに適応できる戦略を策定する必要がある。
企業が競争優位を生み出す方法である戦略は、これまで決定論的で、直線的で、硬直的な取り組みであった。その考え方は、ストラテジストが市場の将来の需要についての完璧なビジョンを策定し、方向性や立場を選択し、それに対してあらゆるリソースを投資し、絶え間なく実行するというものである。ストラテジック・プランニングは1960年代後半に流行し、包括的な成長戦略を正式な文書にまとめ、CEOが承認する。この20世紀の伝統は、ビジネススクール、社内の計画グループ、戦略コンサルタントによって21世紀に継承されている。効果的であることが明白な戦略でさえ、目標とポジション・ステートメントを設定し、横並びの優先順位・成功の測定基準(投資収益率など)に基づいて投資を配分し、5年間の形式的な計画が作成される。こうしたプロセスが真剣に疑問視されることはほとんどない。
しかし、この従来のアプローチには問題がある。今日の世界はそれほど決定的ではなく、将来は非常に不透明である。市場や消費者の需要、競争、テクノロジー、サプライヤー、規制は絶えず変化しており、変化の水準と速度はさらに加速している。その結果、従来の戦略計画プロセスは、より確率的、継続的、多次元的になるように発展する必要がある。一言で言えば、より弾力的なプロセスに変える必要がある。企業組織は、AIと高度な分析テクノロジーを活用した、より動的なアプローチを取り入れることで、この変化を実現できる。そうすることで、外部市場の変化に敏感になり、選択肢やポートフォリオ投資を評価する上での厳密さや分析力が高まり、スピーディーかつ自信を持って意思決定を行うことができる。本プロセスにおいて、市場、イノベーション、競争に関するアプローチを継続的に強化し、再調整する戦略的かつ成長の見込めるフライホイールを策定することができる。
マサチューセッツ工科大学(MIT)のチャールズ・ファイン教授は、製品やケイパビリティ、ビジネスモデルがさまざまな業界で発展する速度であるクロック・スピード(進化の速度)という概念を提唱した。消費者の嗜好の変化、テクノロジーの進歩、ならびに規制は、全ての産業のクロック・スピードを劇的に加速させており、この結果あらゆる業界が経験する革新の度合いも勢いを増している。
今日において最も効果的な戦略は、首尾一貫している傾向がある。市場の要求に適合する明快で確固たる戦いのパターン(Way to Play)を有し、それを可能にする差別化されたケイパビリティに重点を置いた企業が、競争優位性を獲得している。しかし、クロック・スピードの高速化は予測の変化をもたらす。今日では、競争優位性はつかの間に半減する。産業革新が進むにつれて、1つのビジネス・サイクルにおいて成功を収めた企業は、自社の差別化ケイパビリティ、投資ポートフォリオ、そして場合によっては戦いのパターンを頻繁かつ動的に改善し、アップグレードする必要がある。フォード・モーターはもはや単なる自動車メーカーではなく、モビリティソリューションに焦点を当てている。大手石油会社は、排出規制に対する防衛策として再生可能エネルギーに投資している。アマゾンはあらゆる企業にとっての競合相手といえる。その結果、企業組織やマネージャーは、競合に関する措置、規制やテクノロジーの進化、消費者の嗜好を継続的に評価し、意思決定を動的なものに調整する必要がある。
調整と新手法への試みを戦略の一部として用いることは、マギル大学の経営学教授ヘンリー・ミンツバーグ氏によって最初に提唱された。ミンツバーグ氏の言葉を借りれば、企業は「温室で戦略を展開するための分析テクノロジーを好む知的なスタイルではなく、洞察力に富んだスタイルを使用して戦略的な花を千輪咲かせ、戦略的な花の庭園における成功パターンを見抜くべきである」。経営学者のピーター・センゲ氏は、著書“The Fifth Discipline”(邦題:『最強組織の法則』)において、コンピューターによるシミュレーションを「成長の研究所」として使用する可能性について書いている。実際に、アマゾン、ネットフリックス、グーグルなどの最も成功した企業の多くは、(試験群と対照群を使用して)科学的な新手法を試み、自社の仮想成長研究所を使用して、文字通り一日に数十万もの戦略的な試みから学習している。今日では、高度な分析とAIを利用することにより、前述の千輪の花を咲かせる手法は、無駄な労力をかけたり戦略的な混乱を引き起こしたりすることなく着実に実行できる。
成功した革新企業は、好循環を生むフィードバック・ループを生み出すことで市場のトレンドを活用することができ、こうしたフィードバック・ループにより長期的に優位に立つことができる。例えばデータネットワークの効果を考察してみたい。データの数が多ければ多いほど、顧客体験を個別化することができ、体験を個別化すればするほど、より多くの顧客を惹きつけることができる。顧客が増えれば増えるほど、より多くのデータが得られる。この種のフライホイールは企業を消費者にとって魅力的なものにする。少数のリーダー企業がこのように業界を支配すると、消費者はそれらに集中し、それによって独占や寡占が生み出される。
クロック・スピードが速いこの時代に成功した企業の、顕著な2つの事例を紹介する。アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏による「ナプキン」原図(図表1参照)は、アマゾンがオンライン小売業のリーダーになるずっと前に描かれたもので、幅広い品揃え、より良い顧客体験、販売元の増加、取引量の増加、より低いコスト構造、そして価格の低下という好循環を説明しており、これら全てがお互いを強化し合っている。ウーバーの戦略を説明する図は、同様の力学が働いていることを示している。送迎の速度が速ければ、より多くの需要を生み出すことができる。それによってより多くのドライバーを惹きつけることができ、地理的なカバー範囲の改善、ドライバーのダウンタイムの減少、そして価格の低下を可能にする。フライホイールの構成要素には、因果効果によって好循環を促す状況・特徴があり、それによって急激かつ直線的でない変化が生まれる。このようなフライホイールアプローチは、需要の牽引力となる最も重要な特徴の数々と、それらの間の因果関係について慎重に検討することで構築できる。
戦いのパターン、関連ケイパビリティ、運用ポートフォリオなどを通じ定義された“コーポレート・アイデンティティ”は、注力領域・方針を決める上で役立つ。そして、新しく革新的なビジネス・サイクルを通じて成功するためには、企業は、市場の要求に適合するように、あるいは市場の要求を形作るように、ケイパビリティ・システムを絶えず発展させる必要がある。より持続的な成功の秘訣は、3つの重要なステップにある。第一段階は、市場変化に応じ絶え間なく調整され、シミュレーションを通じ新しいアイデアや策を試すこと。意思決定の自由度(またはさまざまなシナリオと起こりうる結果)に対し、明確な仮想モデルを使用する。第二段階は、突出した優位性が得られるフィードバック・ループを構築し、市場の革新的トレンドが急速に勢いを増す中、優位性をテスト・削除・更新すること。そして第三段階は、戦いのパターンに集中し関連ケイパビリティを拡大し「ケイパビリティに基づく戦略」を構築すること。動的なフィードバック・ループのニーズに応じて、ビジネスモデルを拡大し成熟させていく。
顧客の利便性と料金をベースに、レンタルビデオ店のブロックバスターと競合するサービスを開始したネットフリックスについて考察してみよう。ネットフリックスの初期のビジネスモデルでは、DVDは郵送され、指定された日付までに返却する必要もなく、個々のレンタル料金は月額のサブスクリプションモデルに置き換えられた。2007年にはオンデマンドのビデオストリーミングサービスを導入して自社のビジネスを革新した(これによりブロックバスターとの競争に完全に勝利した)。その結果、ネットフリックスはケーブルテレビとの競争に突入した。ネットフリックスは顧客の獲得に伴い、分析ケイパビリティを継続的に改善し、データを分析してより詳細なレコメンデーションを提供することで、消費者がストリーミングの柔軟性を通じより迅速に未体験のものを試すことができるようにした。この分析ケイパビリティは、魅力的なオリジナル・コンテンツの製作に自然につながった。2013年の『ハウス・オブ・カード 野望の階段』に始まり、2017年に公開されたオリジナル・シリーズは350以上に拡大した。サンドラ・ブロック氏主演のネットフリックス製作のホラー映画『バード・ボックス』は、2017年12月に公開されてから最初の7日間で4,500万件のアカウントで視聴された。
ネットフリックスの文化と戦略が、同社のこれまでの一貫した弾力性と適応力を実現した。同社は従業員にアイデアを探求し、学ぶ自由を与え、優秀な人材に対して市場の最高額を支払うことをいとわず、アジャイルに対応する余地をもたらすために、公然と従来型のプロセスを避けた。実際に、ネットフリックスはフライホイールとして機能する3つの好循環を構築している。1つ目は「個人カスタマイズ」の循環であり、個人カスタマイズAIの改善は、顧客数・視聴数・データの増加、そして個人カスタマイズ自体の改善につながる。2つ目は「決定頻度」の循環であり、サブスクリプションモデルは、時間単位あたりの決定数の増加につながり、それがデータの増加と個別化の改善につながる。3つ目は「コンテンツ制作」の循環であり、顧客数の増加によりネットフリックスの視聴数は増加し、それにより個々の顧客の嗜好についての理解を深めることで、コンテンツクリエイターにとってより魅力的なパートナーとなっている。
ネットフリックスは、絶えずそのアイデンティティを維持し、各循環内でビジネスモデルが集中・拡大することを可能にするケイパビリティ・システムに焦点を当てた。同社による最初の革新の中核をなす無制限のサブスクリプションモデルは、ストリーミングサービスを提供することの布石となった。それが成功した後、ネットフリックスはサブスクリプションモデルの管理、オンラインストリーミングサービス、顧客インサイト、カスタマイズされたコンテンツ制作における世界レベルのケイパビリティ構築に注力した。
アマゾンは、迅速な意思決定によって市場を動的に形成し、フライホイールのビジネスモデルを構築することによって、弾力性のある戦略を構築した企業のもう1つの素晴らしい例である。ベゾス氏は、Barnes & Noble(バーンズ・アンド・ノーブル)のような従来型の実店舗小売業者と競合する書籍のオンライン小売業者としてアマゾンを創業し、それ以来、オンラインで販売、出荷できるものなら何でも提供するオンライン小売業者へと発展させてきた。
テクノロジーとロジスティクスに焦点を当てることで、コストを低く抑えることが可能となり、アマゾンは製品の種類を大幅に増やすことができた。その結果、同社は通販ポータルとしての地位を確立した。しかしアマゾンは、消費者とのフライホイール効果を生み出すために、より厚みのあるケイパビリティを活用した。消費者の嗜好を把握するためにデータを活用し、ワンクリック注文やアマゾンプライム経由の無料配送などの機能を導入することで、購買行動と利便性を形成した。時間の経過とともに、同社はオンラインコンテンツのストリーミング、クラウドコンピューティングサービスを提供するアマゾンウェブサービス、またキンドル(電子書籍リーダー)、ファイア(デジタルメディアプレーヤー)、エコー(スマートスピーカーアシスタント)などの新しい有形製品といった、小売業とは関係のない事業にも進出した。エコーのアレクサは、モノのインターネット(IoT :Internet of Things)を活用する無数のデバイスの相互運用性を支えるテクノロジーの柱となっている。アレクサでより多くのデバイスを相互運用可能にすることで、統合と利便性が高まり、顧客の売り上げが増加し、より多くのサプライヤーがアレクサと統合するようになったため、これはまた別の因果関係のループを生み出した。こうした多くの発展を通じ、アマゾンは顧客志向型でテクノロジー主導型の小売業者であるという創業時のアイデンティティを維持してきた。
ベゾス氏は株主宛の有名な書簡において、「創業初日の気持ちを持ち続けるには、忍耐強く挑戦し、失敗を受け入れ、種を植え、苗木を保護し、顧客の評判が良かったことに力を入れる必要がある」と書いている。アマゾンのサプライチェーンとロジスティクスにおけるケイパビリティ・システム、顧客インサイトと嗜好、オンライン、小売業、テクノロジープラットフォームの革新はいずれも比類のないものであった。
Peloton(ペロトン)というフィットネス・スタートアップ企業は、2012年の創業以来、2,000ドルのエクササイズバイクとエネルギー消費量の高いクラスを提供し、熱狂的なファンを獲得している。同社はソフトウェア企業としてスタートしたが、その後はソフトウェア、ハードウェア、スタジオインストラクター、ロジスティクス、小売業を含むバリューチェーンのあらゆる側面に直接焦点を当ててきた。CEOのジョン・フォーリー氏が同社の発展について語っているように、ペロトンが従来の考え方に反して市場の現実とチャンスに対して調整を続け、顧客の体験のあらゆる側面を掌握する垂直統合型ビジネスを構築したことは明らかである。体験のこれまでにないあらゆる側面が掌握されるにつれてペロトンのネットプロモータースコア(同社の主要顧客満足度指標)が上昇したという事実からも、動的なフィードバック・ループは明らかである。製品やサービスに対する顧客の満足が、非常に効率的な口コミマーケティングにつながり、顧客の増加と規模の拡大につながった。これにより同社の財務能力が向上し、没入型の体験を生み出した。ペロトンは、その成長と発展に伴い、ソフトウェア、ロジスティクス、およびインストラクションのケイパビリティ・システムを構築した。
企業は成長フライホイールの構築に取り組むことで、戦略フライホイールの効果を活用することができる。革新とクロック・スピードの高速化をもたらした効果はまた、企業に弾力性のある戦略を策定するためのツールを提供している。近年、自動化、分析、AIは大きな進歩を遂げている。ビジネスの世界では、機械が手作業や認知的なタスクを実行し、大量のデータを整理、分析、統合、処理するだけでなく、運用や管理に関する決定を下したり、少なくとも推奨したりすることが増えている。しかし、一般的に人間独自の試みと見なされている戦略はどうだろうか。確かに、AI単独では戦略を策定することはできない。しかし、AIは私たちの戦略の構築方法を変え、企業組織が未来を再考し、独自のフライホイールを策定する際に役立つ。実際にこうしたものへのAIの関与はすでに始まっている。
戦略の策定、計画、実行のプロセスを「ゲーム」とみなすと考えやすい。一般的に、ゲームには一定のルールがあり、少数の既知の企業間で競い合い、明確に定義され合意された結果があり、既知の不確実性がある(ここで指す不確実性とは、ゲームの制約の範囲内で利用可能な選択肢に由来し、外部環境によるものではない)。これとは対照的に、戦略、あるいはもっと広く言えばビジネスの運営方法は、ルールの変化の影響を受けやすく、新産業の革新企業などの多くの未知の企業と戦うことが多い。また価値指標が不明確・未合意であり(例えば、利益と社会的責任のどちらが重要かなどというケース)、既知の不確実性と、新たなテクノロジーの出現などの未知の不確実性の双方に左右される。しかし、ゲームと戦略の構成要素は実際には非常に似ており、どちらも方針の策定、環境の仮定の下での動的モデルへの取り組み、ランダム性への対処を含んでいる。
ゲームというレンズを通して戦略を考慮することは、先見性と弾力性を組み込むことができる動的な戦略計画を構築するための新しいアプローチにつながる。以下の「感知、方策、学習」に示すように、動的で弾力性のあるフライホイール戦略には3つの構成要素がある(図表2参照)。
1.市場の感知:外部市場の感知とは、環境に仮説を構築するプロセスである。これには、確率を予測しえない未知の不確実性が含まれる。競合に関するビジョン、市場の牽引力、テクノロジーの進歩、規制や方針の変更、その他の市場の変化や革新など、外部の市場の変化に継続的に意識を向けることにより、企業は最も差し迫った戦略的問題を特定し、定期的に上級リーダーを関与させて対応策を策定することができる。企業は、戦略の監督および調整を継続するか、こうした変化がより重大なものになった際にはそれに対応する計画を立てる必要がある。
例えば、あるヘルスケア企業は最近、国内および地域の市場調査を実施し、業界に影響を与えているメガトレンドを18から20の市場ドライバーに分類し、それらのドライバーを定量化した。これは、不確実性・ランダム性を構成要素として既知・可視化する取り組みである。こうした要素は不確実でありつつも、結果の分布に関する仮定を構築することができる。機械学習や自然言語処理などの高度なAIの進歩により、調査される情報量が増加するだけでなく、コンテンツレビューの品質向上にも役立つ。
2.戦略策定および投資計画:新世界における伝統的な戦略的思考は、ゲーミフィケーションのための多段階プロセス、すなわち設計と構築、シミュレーションと評価を伴う。
戦略的ゲームの設計と構築:戦略的問題、プレーヤー、企業の選択肢、環境ランダム性、そして何が勝利を構成するかを明確に示すことが、戦略のゲーミフィケーションの重要な要素である。ゲームの最初の構成要素は方針(意思決定と方策)であり、企業が利用できる選択肢と競合他社が利用できる選択肢を明示的に含んでいる。選択肢は、価格の増減、プロモーションへの支出、研究開発の増減など、経営陣の管理下にあるものであり、これらの方策はランダムな結果を生む。これらの結果は財政的なものに限定する必要はない。今日の企業においては、財務収益や株主利益を超えた定性的な社会的価値やコミュニティ的価値を示す必要性もますます高まっている。私たちは、人体のデジタル・ツインや動向予測因子などのアイデアを使用して医療機関と協力し、さまざまな方針や選択肢が地域社会や公衆衛生に与える影響を評価している。
戦略的ゲームのシミュレーション:本フェーズでは、戦略的問題の動的シミュレーションを構築し、検討中のさまざまなシナリオを繰り返し模擬・検証する。シミュレーション・モデルを段階的に精緻化して全ての重要なドライバーと不確実性を把握する。市場変数を組み合わせ、業界の発展に関するシナリオを作成し、これらのシナリオの下で企業がベースラインとしてどのように動くかを考え、企業が将来のシナリオに対するリスクとパフォーマンス曲線を理解する。戦略的意思決定者とシミュレーション・モデルを構築するデータサイエンティストとの緊密な協力は、本フェーズにおける重要な側面である。
戦略的ゲームの評価:シミュレーション・モデルを実行すると、戦略的選択肢と環境変数との間の相互作用が多数発生するため、数十万ものシナリオが生成される。結果を評価する際、企業は最終的な戦いのパターンを裏付ける投資ポートフォリオを策定する必要がある(図表3参照)。機械学習アルゴリズムは、シミュレートされたシナリオデータを分析して、さまざまな起こりうるアクションポートフォリオを決定する。不確実な時期には、パフォーマンスのリスク・プロファイルが異なる投資やプロジェクトのポートフォリオを持つことで、システムにおける先見性と弾力性のバランスをとることができる(このようなテクノロジーは、例えば、米国が医療費負担適正化法を廃止する可能性が迫る医療分野で成功裏に活用された)。優れたポートフォリオには、次に説明する「確実な打ち手」、「ストラテジック・ベット」、「オプションバリュー・ベット」などが含まれる必要がある。
3.パフォーマンスの評価および学習:フライホイールモデルには3つ目の重要な構成要素がある。市場の動向を読み、戦略の新手法を試みた後、企業はパフォーマンスを評価し、その取り組みから方法を学び、市場に意識を向け、新しいアイデアを試す能力を向上させる必要がある。実行中のポートフォリオ戦略と戦術のパフォーマンスを継続的に監督し、活動と成果の進捗状況を評価し、投資と意思決定を動的に調整すること(強化学習)は、同プロセスにおける最も重要で革新的な部分である。
本システムは、発生する可能性が高いことを予測し、何が起こっているかを観察し、長期的にパフォーマンスを向上させるよう動的に調整または学習する。
企業は、弾力性のある動的な戦略の策定を開始するために何をすべきだろうか。
第一に、分析的・魅力的で、非線形かつ確率論的で、動的で継続的な戦略計画に移行する必要性を認識する必要がある。これにより、戦略を決定するだけでなく、より機敏・革新的・大胆になるための企業文化を定義することができる。
第二に、必要なケイパビリティを構築する必要がある。ケイパビリティとツールを構築できるデータサイエンティストと戦略モデラーからなるコアチームの編成を開始することが重要である。さらに、業界ドメインを理解し、戦略的に思考し、システムの観点からモデルを設計することが可能な専門家である「多言語」のグループが必要である。こうした多言語の専門家を見つけることはほぼ不可能に近いため、企業は社内でこうした技術人材を育成し、緊密に連携してこうしたケイパビリティを発揮できるチームを構築する必要があるだろう。
第三に、学習と構築に企業組織を関与させる必要がある。どんな変化も本質的には人間の努力である。役員は、企業組織内の主要な経営幹部やコンサルタントと協力して、困難で、魅力的で、刺激的なプロセスを進める必要がある。
このような変化は、考えてみると気が遠くなるほど長い道のりになるだろう。リーダーは、この新しいアプローチを使用して小さな意思決定を行い、自社の文化とプロセスに適合するかどうか試すことから始めることができる。アマゾン創設者のベゾス氏は、多くの小さなリスクをとる企業は、事業成功に貢献する取り組みを発見するだろうと述べた。これとは対照的に経営陣が新手法への試みを厳しく制限する場合、それは事実上、自社の全てをたった1つの措置に賭けることになってしまう。
戦略や戦略計画はもはや、優れた先見性を示し、集中と実行を推進するトップダウンの取り組みではない。革新と不確実性の新しい時代において、戦略や戦略計画とは、日々の迅速で質の高い意思決定を支援すること、デジタルテクノロジーや先進的なテクノロジーを活用すること、そして企業組織が学習し、アジャイルで、回復力のある組織になるよう手助けすることである。この新しい現実に対しての調整を怠る企業組織は、学習に必要な小さなリスクを日常的にとることができず、時間が経過し、絶滅というはるかに大きなリスクへとつながるだろう。
“How to build disruptive strategic flywheels” by Sundar Subramanian and Anand Rao, strategy+business, June 24, 2019.
PwC Strategy&のプリンシパルでニューヨークを拠点とする。ヘルスケア業界を専門としている。
PwC米国法人のプリンシパルでボストンを拠点とする。米国のデータおよび分析サービスの第一人者で、PwCにおいて世界および米国でのAI活用の主導的立場を務める。
PwCコンサルティング、Strategy&のパートナー。海外参入戦略やアライアンス/M&Aなどのテーマを中心にコンサルティング経験を有する。近年は日本企業の海外進出案件を多く手がけ、アジア、南米、アフリカ市場などを対象としたプロジェクトをリードしている。対象業界は総合商社、消費財、産業財、サービス、エネルギーなど、多岐におよぶ。
PwCコンサルティング、Strategy&のシニアアソシエイト。製造業分野を中心に、データ活用型の企業変革・新事業検討などの幅広いプロジェクトに携わる。
PDFファイル内の執筆者の所属・肩書きは、レポート執筆時のものです。
ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。