新しい消費行動にあわせたデジタルマーケティング・デジタル広告の台頭

無数のアプリ、プラットフォーム、そしてプライバシーに関する懸念の中でデジタルマーケティングによる成功を掴むため、マーケティング担当者は変化が求められる。


デジタル世界における消費者の関心や体験は近年急速にモバイルに移行している。特に、アプリやストリーミング、eスポーツやポッドキャスト、eコマース、そしてメッセージングプラットフォームと、インターフェイスやプラットフォームが多様化・複雑化してきている。また、プライバシーに対する懸念の高まりへの目配りも欠かせない。本稿では、このような消費者の習慣の変化や、それを踏まえた上で、消費者と関係を構築するために必要となるデジタルマーケティングの戦略やケイパビリティについての事例を紹介する。(谷口 直樹)


2019年2月、「フォートナイト」(世界的に人気のアクションゲーム)のスタープレーヤーであるタイラー・ブレビンズ氏(別名「ニンジャ」)は、非常に実入りの良いスポンサー契約を結んだ。これにより、時折この「ニンジャ」と同ゲームをプレイするラップミュージック界のスター、ドレイク氏を嫉妬させたかもしれない。ロイターによると、Electronic Arts(エレクトロニック・アーツ:EA)は、「ニンジャ」に同社の新しいゲーム「エーペックスレジェンズ(Apex Legends)」をプレイして宣伝してもらうために、100万ドルを支払ったと報じられている。「ニンジャ」は、この新しい「バトルロイヤル」ゲームをプレイする動画を視聴してもらうため、アマゾンが運営するゲームストリーミングサイト、Twitch(ツイッチ)に自身の1,300万人のフォロワーを呼び込んだ。「ニンジャ」やその他のインフルエンサーのプロモーション活動のおかげで、エーペックスレジェンズは、「最初の3日間で1,000万人の登録者を獲得した」という。これによりEAの株価は16%上昇し、時価総額は約40億ドル増加した。さらに、ひと月の間に約5,000万人がエーペックスレジェンズに登録した(ちなみに、「フォートナイト」のユーザー数は2億人であり、これは2年間かけて構築された数である)。

ブレビンズ氏をはじめとするインフルエンサーに支払われた金額や、Twitchなどのチャネルにおけるマーケティング活動については、広告費を調査する従来のデータベースには登録されないかもしれない。しかし、こうした取り組みと消費者および市場の反応は、巨大なデジタルマーケティング分野におけるいくつかの重要なトレンドを浮き彫りにしている。

デジタル広告の現状に対しては、悲観的で懐疑的な見方が多くある。イーマーケターが報じたところによれば、フェイスブックとグーグルの2社で2018年の米国におけるデジタル広告収入の60%を占めている。ヤフーとAOLを合併させることで彼らと対抗しようとしていたベライゾン傘下のOath(オース)は、予測していたデジタル広告収入を得られなかったため、2018年に資産価値を46億ドル減額修正した。世界中の規制当局が消費者データの使用(および悪用)について深刻な懸念を提起するなか、広告の効果測定の正確性、ブランドの安全性、そしてアドフラウド(広告不正)をめぐる広範な問題が引き続き存在する。その結果、かつては広告に依存していた多くの企業が他の収益源を熱望しており、その成功の度合いはさまざまである。

しかし、消費者行動、テクノロジー、ビジネスモデルにおける大きな変化が広告の現状に革新をもたらしているなか、こうした変化は、これまでにない、目覚ましい成長プールを創り出している。PwCのグローバル エンタテイメント&メディア アウトルックによると、デジタル広告の成長率は、全広告の成長率の2倍に達しており、総広告費におけるシェアが継続的に増加した結果、2018年では47.7%だったものが、2022年には54.4%になると予測している。エンタテイメントおよびメディアセクター全体の成長率は、2022年まで8.5%の年平均成長率(CAGR)を見込んでいる。さらに、多くの地域において2017年から2022年までのセクター全体の予測年間成長率は高く、ナイジェリアで21.7%、インドで16.0%、ブラジルで12.1%となっている(図表1)。

デジタル世界の消費者の関心は、注目すべき形で変化している。すなわち、彼らの関心や体験は、急速にモバイルへ移行していると同時に、モバイル環境におけるユーザー体験は、ウェブおよびブラウザベースから、無数のアプリ、ストリーミングプラットフォーム、eスポーツやゲーム、ポッドキャスト、eコマース、そしてメッセージングプラットフォームへと移行している。その結果、さまざまな活動やコンテンツ、コミュニケーション、トランザクションは、多数の異なる消費者向けのインターフェイスにおいて行われるようになっている。同時に、これら全てをフォローし、活用するマーケティングも増加している。一方、プライバシーへの懸念が高まっていることから、パブリッシャーや消費者は、ブラウザベースの(それゆえトラッキングが容易な)モデルから距離を置き、新しいパラダイムへと向かっている。アプリやストリーミングプラットフォーム内、そしてクローズド・プラットフォーム・コンテンツ内で行われる活動は、広範には共有されていない。そのため、マーケティング担当者にとっては、個々の消費者、または単一のプラットフォームにおける消費者のグループが行っていることの全体像を把握することがより困難になっている。また、ロシアのフコンタクテ(VKontakte)や中国のテンセント(Tencent)などの国内プラットフォームが、巨大な自国市場を支配することが事態をさらに複雑にしている。そのためマーケティング担当者は、世界の消費者を確保するために、増加するプラットフォームの数々を熟知する必要がある。インフルエンサーの活用、コンテンツマーケティング、体験型マーケティングなど、これら全てのチャネルで消費者とつながる新しい方法も注目を集めている。

こうした相互に関連する動きは、地殻プレートのようにぶつかり合いながら、グローバルのデジタルマーケティング領域で新たな山や谷を形成している。つまり、苦戦を強いられている、または成長が緩やかなデジタルマーケティングのセクター(標準的なバナー表示型広告など)も多く存在する一方で、マーケティング費用が2桁の伸びを示している別のセクター(ポッドキャストなど)も存在する。

このように大きな変化を踏まえると、過去20年間有効だったデジタルマーケティングや消費者とデジタルでつながるビジネスが、今後20年間どころか、今後2年間においてさえも効果をあげるとは限らないことは明らかである。消費者の関心や志向に合わせてマーケティング費用を使うことは、過去1世紀の間は当然のことであったが、しばしばタイムラグが生じていた。ラジオからテレビへ、人々がこの2つのメディアに費やす時間に比例して広告費が流れ、さらに地上波のテレビ放送からケーブルテレビに広告費が流れるようになるまでには何年もかかった。印刷物からデジタルへ、またデスクトップからモバイルへの広告費の流れについても同じことが言える。そして、マーケティング費用を配分している企業や代理店のシニアリーダーたちは、古い世代のメディアで育ってきているため、それらメディアに最も慣れ親しんでいることが常である。デジタルマーケティングの次の時代で成功し、繁栄を手にするために、この巨大なエコシステムにおいて企業は、消費者の習慣の変化を把握し、新しい環境でさまざまなルールや慣例がどのように適用されるのか、さらに、どのようなケイパビリティと戦略が成功を実現するかを把握する必要がある。

人々の関心が資金を生む

デジタルマーケティングが次にどこに向かっているのかを理解するためには、どこに人々の関心が向かっているかを見極めることが重要である。イーマーケターによると、米国の成人は2018年、1日約3.5時間をモバイル端末に費やしたという。また、人々はモバイル端末のブラウザベースではなく、アプリベースの環境でより多くの時間を費やしている。コムスコア(comScore)によると、12の主要国において、モバイル端末に費やす総時間の80%以上をアプリが占めている。また、消費者は一般的に30のアプリを保有しており、SNS、音楽、エンターテインメント、ゲーム、ニュース、情報、カレンダーなど、さまざまな目的で使用していると考えられる。さらに厳密に言うと人々は、モバイル端末に費やす総時間の97%を自身のよく利用する上位10個のアプリに費やしている。その結果、人々の関心はますます自身で集めてきたアプリに注がれるようになり、インターフェイスがメディアアウトレット、eコマースプラットフォーム、ストリーミング企業のいずれに属しているかにかかわらず、デジタル消費者のやり取りは、企業やサードパーティのWebサイトではなく、アプリ内で行われる可能性が高くなると言える。

グーグルやフェイスブックが多くの注目を集め、デジタル費用における大きなシェアから恩恵を受けていることを考えると、新しいプラットフォームが消費者の注目を集めていることも同様に明らかである。実際に、強力なマーケティングプラットフォームが台頭してきている。これにはアマゾンやアリババなどのeコマースサイト、Twitchなどのゲームチャネル、eスポーツ、オーディオ、OTTストリーミングアプリ(通信事業者やインターネット・サービス・プロバイダーに頼らずに提供されるストリーミング形式のアプリ)、大規模なSNSチャネルが含まれる。

eコマース:増加する消費者を獲得するだけでなく、eコマースは、急速に成長しているマーケティング費用のシェアも獲得しつつある。eコマースは絶え間ない成長を続けており、世界全体では年間23%の成長、インドなどの新興市場ではさらに急速に成長している。ネットで消費者を見つけるノウハウを駆使し、自社のWebサイト上で取引を完了するよう促すよりむしろ、マーケティング担当者たちは、他のさまざまなプラットフォームでの消費者の行動に対して広告を展開している。

これまでは、消費者がストアにアクセスするとクーポンやプロモーション満載でキラキラした「広告チラシ」が配布されていた。しかし現在は、アマゾン、Flipkart(フリップカート)、Mercadolibre(メルカドリブレ)といったバーチャルモールが、最新の「店内」広告にとって魅力的な場所となっている。例えば、アマゾンではマーケティング担当者に幅広い選択肢を提供しており、アマゾンサイトでの検索に対して広告を展開できたり、製品カテゴリーのページ内で有利な位置を取得するために対価を支払うこともできる。また、アマゾンが顧客に送付する段ボール箱の中に、紙の販促物を入れることも可能である。または、Twitchのストリーミングサイト、アマゾンプライム、アレクサの音声アシスタント、ホールフーズマーケットに広告を展開することもできる。2018年第4四半期には、広告売上主を主とするアマゾンの「その他」カテゴリーの売上は、前年同期比95%増の34億ドルを計上した。ピボタル・リサーチによると、アマゾンの広告売上は2023年に380億ドルに達する見込みだという。

ゲームとeスポーツ:これらのビジネスは、それ自体がプラットフォームになりつつある。ビデオゲームは趣味として人気が広まったが、しだいに注目を集めるようになり、急速に産業へと成長した※1。eスポーツに関しては、PwCが2018年に42カ国470人のスポーツ産業のリーダー層を対象に行った調査によると、eスポーツはあらゆるスポーツの中で最も急速に成長しており、サッカーやバスケットボールを凌いで収益成長の可能性が最も高いと考えられている。PwCのグローバル エンタテイメント&メディア アウトルックは、2023年、eスポーツの経済規模が18億ドルに達し、CAGRは18.3%に達すると予測している。同アウトルックによれば、スポンサー契約とストリーミング広告が2018年のeスポーツの収益成長の主な牽引役であった※2。Comcastがフィラデルフィアに建設しているもののようなゲームに特化したスタジアムの数が増加し、ゲームトーナメントがそれ自体で大規模なスポーツイベントに発展するに従い、eスポーツイベントは、マーケティングのための強力なプラットフォームになると考えられる。しかし、この業界で活動している企業は、バナー広告や30秒のスポット広告では成功せず、逆に、ゲーム内でのプロダクトプレイスメント(実在する企業・商品を表示させる広告手法)やコンテンツ制作といった戦術に重点を置くだろう。トヨタはオーバーウォッチ・リーグの初開催となるシーズンのスポンサーを務め、そこに参戦する選手の人生を舞台裏とともに描いた番組制作を後援した。

ポッドキャストとオーディオ:メディアとして音声に依拠する企業も、強力なプラットフォームとして台頭してきている※3。ポッドキャストの広告収入は、2018年に61%増加し9億1,100万ドルとなり、2023年までにCAGRは28.5%増加、合計32億ドルになる見込みである。Spotifyなどの音楽配信サービス(ポッドキャストを含む)は、より多くのコンテンツを獲得するにつれて注目を集め、さらに多くの収益を得ている。スマートスピーカーの累積出荷台数は、2018年から2023年の間に5倍に増加すると予想されている。現在は事実上ゼロだが、音声デバイス上での世界的な広告収入は2022年までに190億ドルに達し、現在の雑誌広告ビジネスとほぼ同じ規模になると予測されている。

新しい音声の領域で成功するためには、人々がどういったことに反応するのかについて、これまでとは違う理解が求められる。また、マーケティング担当者は、人々が文字を入力する方法ではなく、話す方法に反応する検索エンジンの最適化を展開する方法を学ぶ必要があるだろう。音声アシスタントでの検索では、通常、Webブラウザで生成される数十件の検索結果ではなく、数件の検索結果しか生成できない。従って、ユーザーが検索を求めた際のデフォルトのオプションとしてサービスを位置付けることに焦点が当てられる可能性が高い。例えば飲食サービス企業ならば、誰かが「アレクサ、ピザを届けてくれ。」と言った場合に、同社のレストランをデフォルトとして表示させようとするだろう。

OTT:おそらくネットフリックスは、オンライン・ストリーミング・サービスにおいて最も強力に人々の関心を引きつけている。同社は、広告がなければ消費者体験がさらに良くなると判断したが、OTT(Over The Top)サービスはプラットフォームとして注目を集めている。Huluの広告収入型プラットフォームは、月額5.99ドル(広告なしのバージョンは11.99ドル)で、加入者と広告主の双方を惹きつけている。Huluの2018年の広告収益は45%増の15億ドルで、世界のポッドキャスト広告市場全体を上回る規模であった。中東で広告のないビデオ・オンデマンド・ネットワークを展開するMBC Shahidは、広告収入型のサービスを展開し、サブスクリプションの収益を上回る利益を得た。

巨大なプラットフォーム:中国最大のメッセージングプラットフォームであるWeChatは、約10億人のユーザー(これはツイッターのユーザーベースの3倍以上)を誇り、決済、eコマース、送金、その他の金融サービスにフォーカスし、広告なしで大きく成長している。しかし、親会社のテンセントホールディングが2018年11月に四半期決算を発表した際、「ソーシャルおよびその他」の収益(広告を含む)は前年同期比61%増であった。増加分の大部分は、WeChatの主要機能である「モーメンツ」における広告、個別化されたユーザーフィード、そして、ティファニーやマセラティなどの高級ブランドが同プラットフォーム上でキャンペーンを開始したことによるものであった。

個人情報への配慮の必要性

人々の関心の流れを変え、デジタルマーケティングに影響を与えているもう1つの重要な変化は、プライバシーに対する懸念の高まりである。個人消費者データの共有、保管、収益化、ハッキングをめぐる多くの問題は、消費者や規制当局がその習慣の一部を見直し、慣例を変更することへとつながった。例えば、2019年2月、中国に拠点を置く動画共有アプリTikTokは、子どもの個人情報を不適切に収集したとして、米連邦取引委員会(FTC)から570万ドルの罰金を科せられた。一方、消費者は、20年近くにわたって日常生活を喧伝し共有してきた経験から、会話や情報を一般に公開しないでおくことの利点について、新たに気づき始めている。

フェイスブックは、ユーザーに対して、可能な限り多くの人々(そしてマーケティング担当者)と情報を共有するように促し、その優位性を構築してきたが、プライバシー保護にその軸足を移していると述べている。2019年頭に最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏は、同SNSのソーシャル性を少し弱める計画を発表した。ザッカーバーグ氏は、一般に公開される投稿を奨励するのではなく、ユーザーに対してよりプライベートで暗号化されたコミュニケーションに参加するよう促している。こうした動きによりフェイスブックは、デジタル世界の「広場」ではなく、デジタル世界の「リビングルーム」のようになっていくであろう。

今日、プライバシー保護の強化、共有規模の縮小、情報保護の強化が約束されたコミュニケーションおよびコンテンツ環境では、ユーザー数が急速に増加しており、それに伴い広告費も増えている。例えば、メッセージが瞬時に削除されるプラットフォームであるSnapchatは、ユーザー数でサウジアラビアを4番目に大きな市場としてとらえている。圧倒的に広告収入が多いSnapchatの収益は、2018年に前年比43%増となった。しかし、2018年第4四半期の「世界の他の地域」の市場(北米や欧州は含まないが、サウジアラビアなどの新興市場を含む)からの収益は、2017年第4四半期に比べて122%増加した。

アップルは、プライバシー保護を強化することで、同社のApp Storeとクローズドプラットフォームのコンテンツ(書籍、音楽、ビデオ、ポッドキャスト)を区別しようとしている。アップルはこれまで、主にハードウェアの販売やメディアの購入を通じたマネタイゼーションを選択してきたが、現在はApp Storeの上部に掲載する検索広告を販売することで、広告市場に参入しようとしている。企業は、グーグルで行うのと同じように、App Storeでも(検索に使われる)キーワードを購入することができるが、ユーザーに関して得られる情報はかなり少ない。同社による直近の業績発表でCFOのルカ・マエストリ氏は「App Storeでの広告ビジネス」を強調した。投資会社のアライアンス・バーンスタインによると、アップルのApp Store広告は2020年までに20億ドル規模のビジネスになる可能性があるという。

ビロー・ザ・ライン(BTL:販促)

デジタルマーケティングは、単に有名ブランドのプラットフォーム上で行われるものでも検索広告の形をとるものでもない。実際、1,300万人のフォロワーがいる著名なビデオゲーマーに対価を支払って、公の場でゲームをプレイしてもらうなど、現在では非自明的かつ非伝統的な方法でマーケティングを行う割合が増えている。広告ブロックとターゲットを絞ったデジタル広告に対する顧客の意識が高まるなか、インフルエンサー、イベントや体験、コンテンツマーケティング、アプリ開発への投資など、いわゆるビロー・ザ・ライン(BTL)投資が目立ってきている。レッドバーンとPwCの共同研究※4によると、全てのマーケティング費用に占めるペイドメディアの割合は、2015年の42%から2018年には全体の37%に低下した。これとは対照的に、オウンドメディア、アーンドメディア、マーケティングテクノロジーに関連する活動での費用は、大幅に増加している。これらのチャネルは(ブランド構築のみに注力するのではなく)、顧客エンゲージメント、リテンション、またはアクティベーションにさらに重点を置くことで、投資収益率(ROI)を一層高められるとされる。

YouTube、インスタグラム、フェイスブックといった従来とは異なるメディアを活用して視聴者を獲得できることを、何千もの人々が証明したように、インフルエンサーはデジタルマーケティングの領域において大きな役割を担っている。世界中で、企業、ブランド、コンテンツクリエイターは何千人ものインフルエンサーと関わりを持つことができる。ロイターによると、冒頭で紹介したエレクトロニック・アーツと契約を結んだゲーマーの「ニンジャ」はRed BullやUber Eatsとも契約を結んでいるという。ロシアに拠点を置き、YouTube上のネットワークを管理して、クリエーターやコンテンツの制作者にサービスを提供するYoolaは、WeiboやYouku-tudouといった中国のSNSでインフルエンサーの動画を配信している。イラクで生まれで米国育ち、ドバイに拠点を置くコスメティックブランドの創業者、フーダ・カッタン氏(Huda Kattan)には、3,540万人のフォロワーがおり、フェイスブックの動画サービスFacebook Watchにフーダ・ボスという番組を持っている。同氏はHopperがまとめたインスタグラム・リッチ・リストにおいて2年連続でトップになっており、1回の投稿ごとに最大で33,000ドルを稼ぐことができるとされている。

次世代のケイパビリティ

消費者の関心や利用における継続的な変化は、マーケティング担当者にとっていくつかの意味を持つ。彼らがこの新しい世界で成功するためには、Webベースの大規模プラットフォーム上で消費者をトラッキングしたり、消費者とつながったりするための有効性が証明されてきた、プログラマティック広告にフォーカスしてきたケイパビリティを超えた、新たな一連のケイパビリティが必要となる。

アプリベースの世界では、ブラウザベースの世界とは異なる一連のルールと原則が適用される。アプリは定義上、より厳密に定義された対象ユーザーを生み出す。そのため、全てのカスタマージャーニーを1つにまとめて全貌を把握することが非常に難しくなっている。マーケティングはもはや、単にWebサイトにトラフィックを誘導したり、ブラウザにドロップされたクッキーを分析したり、Web上でのユーザー動向のフォローやプログラマティック広告を通じたユーザー確保を行うことのみを目的としていない。Web上では、個々の消費者が何を好むかの全体像を把握することができる。しかし、関連するアプリが多ければ多いほど、特にそれらのアプリがユーザーのプライバシーをより重視する場合や、プライバシーに制約のある環境で動作していたりする場合は、消費者データが孤立している可能性が高くなる。例えば、ある音楽バンドは、誰が自分たちの音楽を聴いているかについてはSpotifyから多くの情報を得ることができるが、その人物がコーチェラ・フェスティバルに行ったことがあるかどうかについては情報を得ることができない。ビデオ・ストリーミング・プラットフォームは、特定の視聴者が好む映画のタイプに関する情報を、企業に提供することはできるが、コカ・コーラとペプシのどちらを好むかについては何の情報も提供しない。

こうした展開は、データとテクノロジーが将来において、より重要で異なる役割を果たすことを示唆しており、企業はデータサイエンスに注力している。プログラマティック広告は、例えば音や声に対応できるように開発される必要がある。マーケティング担当者は、アプリベースの活動に関するインサイトを収集し、モバイル資産全体で消費者エンゲージメントを促進する新しい方法を見つけ出すことが求められる。企業はすでに、モバイルデータの情報とアプリの分析に重点を置いた新しいタイプのマーケティングプラットフォームに多額の投資を行っている。モバイルエコシステム全体からデータを収集して、ブランドが資金の使い道や顧客との関わり方についてより多くの情報を得られるよう支援する企業が台頭している。

企業はまた、進化するプライバシー保護体制の下でのビジネスにも適応しつつある。SuperAwesomeはロンドンに拠点を置くスタートアップ企業である。13歳未満の消費者との交流を図りながら、子どもたちへの安全なマーケティングを可能にし、ブランドに規制を確実に準拠させることで同社は爆発的な成長を遂げている。同社のテクノロジーと関わり合いは、事実上、個別化されたトラッキングではなく、コンテンツ連動型広告に焦点を当てたデジタル・マーケティング・プラットフォームを構築している※5

新興国における効果的な戦略の多くは、特にBTLの取り組みでは、クリエイティブコンテンツの重要性を再考しなければならないだろう。しかしマーケティング担当者は、30秒のスポット広告を作成するために人を雇う方法を考え出すよりも、インフルエンサーとつながって彼らを管理し、クリエイティブ人材と協働して制作に向けたケイパビリティを維持する方法への理解を深める必要がある。彼らには、視聴者の共感を得られるものは何か、そして、競争の激しい市場で注目を集めることのできるテーマをどうやって生み出すかについて理解する、直観力のようなものを養うことが求められている。

おそらく最も重要なことは、デジタルマーケティング担当者がマルチタスク能力を伸ばしていくということである。新しい環境においては、1つのありきたりなやり方で顧客との関係を構築するだけでは十分ではないことは純然たる事実である。企業は、消費者の注目を最も集めているプラットフォーム全体で、同時に他とは異なる方法で、自社を位置付ける必要性がますます高まっている。アプリ内で消費者とつながる方法を考え出す前に、企業は自社のアプリがユーザーのモバイル端末の画面において、主要な構成要素の1つとなっていることを確認する方法を見つけ出す必要がある。ポッドキャスト内の広告では、ホストが読んで心をつかんで離さないようなスクリプトの作成と、音声コマンドに応答するダイレクト・レスポンス・アクティビティにフォーカスすることかもしれない。eコマースアプリにおいては、人々が食料品の実店舗に行く際に、洗濯用洗剤に関連する割引やクーポンを提供することを意味するかもしれない。また、動画プラットフォームにおいては、美容関連の有力インフルエンサーを識別し、固有の方法で自社製品を推奨または使用してもらう方法を見つけ出すことかもしれない。そしてeスポーツにおいては、それは「ニンジャ」という名の男に100万ドル単位の金額を支払い、彼の1,300万人ものフォロワーに自社のゲームを試してもらうことを意味するのかもしれない。

Making connections with the new digital consumer” by Dan Bunyan, Karim Sarkis, strategy+business, May, 2019.



執筆者

ダン・バニヤン

PwC UKのディレクターで、ロンドンに拠点を置く。Strategy&にとっての成長戦略領域であるテクノロジー、メディア、通信セクター、特にデジタルメディア業界を専門に担当する。

カリム・サーキス

PwC Strategy&のシニア・エグゼクティブ・アドバイザーで、ベイルートに拠点を置く。中東のエンタテイメントおよびメディア・プラクティスの主導的立場にある。

監訳者

服部 真

PwCコンサルティング、Strategy&のパートナー。海外参入戦略やアライアンス/M&Aなどのテーマを中心にコンサルティング経験を有する。近年は日本企業の海外進出案件を多く手がけ、アジア、南米、アフリカ市場などを対象としたプロジェクトをリードしている。対象業界は総合商社、消費財、産業財、サービス、エネルギーなど、多岐におよぶ。

谷口 直樹

PwCコンサルティング、Strategy&のシニアアソシエイト。商社・製造業・通信業界を中心に、デジタル戦略・データ活用型の新規事業・デジタル事業のM&A検討などの幅広いプロジェクトに携わる。


Strategy& Foresight

ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。

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