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人工知能やロボット、IoT(Internet of Things)など最新技術の台頭は、さまざまな業界に破壊的なイノベーションと新たなビジネスのチャンスをもたらしました。この潮流をつかみ、ビジネスを加速させるためには、スタートアップ企業に代表される広範なプレーヤーとの協業が不可欠です。では、日本企業がスタートアップ企業を取り巻く世界の趨勢を見極め、スタートアップ企業との協業を成功させるためには何が必要なのでしょうか。米国のシリコンバレーに拠点を構えるベンチャーキャピタルのDNX Venturesで、インダストリー パートナーとして活躍する山本 康正氏を迎え、お話を伺いました。(服部)
PwCコンサルティング、Strategy&のパートナー。約15年にわたり、総合商社、産業材メーカー、エネルギー企業、建設企業等に対し、全社戦略、事業戦略、M&A戦略立案および実行支援のプロジェクトを手がけてきた。近年はスタートアップ投資に関わるビジネスデューデリジェンスにも取り組んでいる。
山本 康正
DNX Ventures インダストリー パートナー
東京大学で修士号取得後、三菱UFJ銀行ニューヨーク米州本部に就職し、債券、デリバティブの分析に携わる。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得後、米Googleに入社し、フィンテックやAI(人工知能)などで日本企業のデジタル活用を推進する。ハーバード大学客員研究員。日米のリーダー間にネットワークを構築するプログラム「US-Japan Leadership Program」諮問機関委員、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 事業カタライザー。2018年よりDNX Ventures インダストリーパートナー。京都大学大学院総合生存学館特任准教授。著書に『シリコンバレーのベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』(東洋経済新報社)、『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(講談社現代新書)などがある。
(左から)服部 真、山本 康正氏
Strategy& 服部:
最初に山本さんの経歴について確認させてください。社会人キャリアの最初は、三菱UFJ銀行のニューヨーク米州本部ですよね。日本の大手企業を経験し、Googleを経て、現在はベンチャーキャピタリストとして活躍されていらっしゃいます。かなりユニークなご経歴ですね。
DNX 山本:
そうですね。三菱UFJ銀行に入行した時点で、2~3年で辞めて国際機関で働こうと考えていました。勤務地をニューヨーク米州本部にしたのは、金融技術が日本の10年先に進んでいて、さまざまな価値観を持った人や多様なビジネスが集積しており、それを肌身で実感できると考えたからです。人間は環境に左右される部分が大きい。この判断はその後のキャリアでプラスに働いたと考えています。
Strategy& 服部:
現在、DNX Venturesではどのようなお仕事をされているのですか。
DNX 山本:
私がインダストリーパートナーを務めるDNX Venturesは、アーリーステージのB2Bスタートアップ企業へ投資するベンチャーキャピタル(VC)です。リターンを求める日本の大手企業から出資を受け、スタートアップ企業に投資をしています。投資領域はクラウドやSaaS(Software asa Service)、フィンテック、リテールテック、サイバーセキュリティなどです。シリコンバレーと東京に2拠点を構え、国内外のネットワークを生かして、日本の大手企業におけるDXに不可欠なオープンイノベーションも支援しています。
Strategy& 服部:
シリコンバレーのスタートアップ企業を取り巻くエコシステムについて教えてください。スタートアップ企業は、VCや大学、他のスタートアップ企業との間でどのようなコミュニティを形成しているのでしょうか。
DNX 山本:
スタートアップ企業が誕生しやすいエコシステムを最初に構築したのは、「シリコンバレーの父」として知られているフレデリック・エモンス・ターマン氏でしょう。スタンフォード大学の教授だった彼は、学生たちに事業を興すことを積極に奨励しました。生徒だったウィリアム・ヒューレット氏とデヴィッド・パッカー氏がHewlett-Packard社(現在のHP Inc./Hewlett Packard Enterprise)を起業し、成功を収めました。それを見た他の学生たちも続き、成功した人たちがエンジェル投資家になって次の世代へと投資するサイクルが誕生しました。このエコシステムが現在のシリコンバレーにも脈々と受け継がれています。
Strategy& 服部:
日本には「スタートアップ企業の芽」はあっても、それを育成する体制が整っていません。政府のスタートアップ育成の体制は十分ではなく、リスクマネーを供給する土壌がないと感じています。その一方で、日本の大手企業が直接もしくは、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)を立ち上げて、シリコンバレーのスタートアップに企業に投資する例はまだ限定的です。
DNX 山本:
シリコンバレーにネットワークがない日本企業がいきなり現地事務所を構え、名刺を配り歩いてもアーリーステージの良質なスタートアップ企業にコンタクトすることは難しいでしょう。起業家や創業者、投資家が集まるシリコンバレーのコミュニティは閉鎖的で、学歴や専門性、そして人脈がないとコミュニティには入れません。新進気鋭のスタートアップ企業とコンタクトをとることは、「狩り」をするような感覚です。
Strategy& 服部:
日本の大手企業がそうしたコミュニティに入り込むためには、何が求められるのでしょう。
DNX 山本:
大手企業の意思決定者が、技術の潮流を理解していることです。さらに、スタートアップ企業の天才エンジニアと話をし、彼らの熱量を受け止めてビジョンを共有できること。「投資」とは「伴走」ですから、両者で世界観・ビジョンを共有することは大切です。スタートアップ企業側に「この人物と組みたい」と思わせる要素がないといけません。
Strategy& 服部:
他方で世界に目を向けると、シリコンバレー以外のスタートアップ企業の集積地として、ボストンやベルリン、イスラエルなどがあります。これらの国・地域にはそれぞれどのような特徴と違いがあるのでしょうか。
DNX 山本:
ボストンとサンディエゴにはバイオ系のスタートアップ企業が集まっています。また、イスラエルはサイバーセキュリティが強い。その背景には、イスラエルが常に軍事的な脅威にさらされていることがあり、「第5の戦場」であるサイバー空間の防衛には技術と資金と人材が集まっています。
Strategy& 服部:
シリコンバレーではなく、こうした国・地域のスタートアップ企業に日本の大手企業が投資するという選択肢はありますか。
DNX 山本:
人材や技術の潮流を見ているかぎりでは、そして、緊張する米中関係を考慮すると、スタートアップ企業の中心は依然としてシリコンバレーです。
スタートアップ企業の集積地を見る際には、「その地域が盛り上がっているのはなぜか」を見極める必要があります。例えば、インドのスタートアップ企業に投資が集中しているのは、最新技術に対する評価ではなく、インド国内のGDP成長率上昇を見越しているからです。Googleがインドに対して1兆円規模の投資計画を立てているのは、インドの経済成長に期待しているからです*1。
DNX Ventures インダストリー パートナー 山本 康正氏
Strategy& 服部:
スタートアップ企業が大手企業と協業したいと考える理由は何でしょうか。スタートアップ企業の目には、大手企業はどのように映っているのでしょう。
DNX 山本:
大枠では「レガシー産業」だと捉えている人が多いです。大手企業は安定的な売り上げはあるものの、時価総額が低い企業も多い。今後、急速にビジネスが拡大するとは見込んでいないのです。
スタートアップ企業にとって魅力的なのは、大手企業が所有するリソースです。例えば総合商社の場合、傘下にコンビニエンスストアを擁し、関連する膨大なデータを持っています。スタートアップ企業がこうしたデータを活用するサービスを開発しているなら、双方にとって協業するメリットはあるのです。
Strategy& 服部:
つまり、顧客が増え始める「シリーズA」の時期で、サービス内容を拡充したり、新しいマーケットにアプローチしたりする際に、すでにリソースと販路を持っている大手企業と協業したいと考えるのですね。逆に大手企業がスタートアップ企業に投資する意義は何でしょうか。
DNX 山本:
自社のビジネス規模を拡大し、加速させるためです。例えば、売上げ1兆円規模の企業が、人工知能関連のスタートアップ企業を1億円で買収したとします。そして、その技術を自社のビジネスモデルに適用させてビジネスを5%伸ばすことができれば、500億円の売り上げになるのです。
これまで大手企業は自社で新技術を開発していましたが、今はスタートアップ企業に出資をしたり買収したりしたほうが早い。つまり、「時間を買っている」のです。激しいイノベーション競争で、業界同士を隔てていた壁が崩れ、異業種からの参入も増えています。そのような状況下、競争力を強化するには、スタートアップ企業の持つスピード感を活用し、協業していくことが非常に大事です。
Strategy& 服部:
大手企業がスタートアップ企業を買収し、経営変革した好例を教えてください。
DNX 山本:
有名なのは、米General Motors(以下GM)と米Walmartです。
大手自動車メーカーであるGMは、2016年に起業3年目のロボット系スタートアップ企業米Cruiseを約10億ドルで買収し、当時29歳だった同社のCEOを役員に迎え、経営会議に参加させました。
また、小売り世界最大手のWalmartは、2005年にEコマース事業を展開するwalmart.comという子会社を設立し、シリコンバレーにオフィスを構え、技術ベンチャーコミュニティと活発に交流し、自社サービスの強化に取り組んでいます。2016年にはネット通販のスタートアップ企業であるJET.COMを約35億ドルで買収し、自社のネット通販を強化しました*2。
GMとWalmartに共通しているのは、トップが強い危機感を持っていることです。GMはリーマンショック後に一度経営破綻しています。その教訓から10年先、20年先を見据えて何が必要かを判断し、既存のビジネス枠にとらわれず、素早く行動する姿勢を貫いています。
同じくWalmartもAmazon.comの登場に強い危機感を持っており、従来の店舗による販売を維持しながらも「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に取り組んでいる。こうした経営改革やDXの推進は、一朝一夕にできるものではありません。
Strategy& 服部:
両社のような決断は、日本の大手企業では難しいでしょうね。スピード感だけでなく、トップに与えられた権限も大きく異なると感じています。
DNX 山本:
おっしゃるとおりです。オーナー企業を除き、日本企業にはリーダーシップを発揮できる環境が整っていません。GMはトップダウンで物事が決められるし、Walmartは創業家の権限で意思決定できます。翻って5年ごとに社長が代わるような日本の企業では、思い切った意思決定が難しいのです。
もう1つはインセンティブ構造です。米国の場合、トップの報酬は半分以上が自社株なので、成果を出さなければ株価が上がらず、自分の報酬が下がります。ですからトップは何としても株価を上げようとします。しかし、日本企業のトップは業績にかかわらず報酬が決められているので、失敗さえしなければ安泰です。そのため、危機が迫っていても動かないのです。
Strategy& 服部:
お話を伺っていると、大手企業にはトップの矜持や情報収集能力はもちろん、「自社のビジネスを発展させるためには何が必要か」、「それを持っているスタートアップ企業はどこか」を見極める能力が求められるのですね。日本企業の大手企業で投資を成功させている事例ありますか。
DNX 山本:
紹介したいのが、コマツと東京海上日動火災保険(以下、東京海上)の取り組みです。
コマツはドローンを活用した測量大手の米Skycatchに出資しました。そして、Skycatchの技術を活用して建設・土木現場を上空からドローンで撮影して3Dの地形データを作成し、盛り土の正確な測量や労働時間の短縮による人件費削減に成功したのです。
コマツは担当者たちが海外出張に多くの時間を割き、現地でスタートアップを含めさまざま人に会って情報収集を行い、スタートアップ投資を進めています。また、コマツはシリコンバレーでも役員会を開催し、役員全員がスタートアップ企業のトップと直接話をする。ですから意思決定が速いんです。
Strategy& 服部:
技術に精通した社員が目利きとなって世界を飛び回り、自社にない技術を見つけて協業し、現場の生産性向上につなげる。理想的なサイクルですね。
DNX 山本:
コマツを突き動かした要因の1つも危機感です。同社は2001年に創業以来初の営業赤字を出し、ライバル社に差をつけられました。その時に実行したのは、経営ビジョンの明確化です。コマツの目指している世界観と技術活用の方向性を明確にするビデオを作成し、大々的に公開しました。その結果、同じようなビジョンを持つスタートアップ企業からの共感を得られやすくなり、両社が発展できる協業やスタートアップ企業への出資につながったのです。
一方の東京海上は、自動運転と保険を掛け合わせたイベントへの出展を通じて、自社の存在とビジョンをアピールし、スタートアップ企業とのコネクション強化に成功しています。同社は金融系企業が多い米国東海岸では知られていても、テクノロジー企業が多い西海岸ではほとんど知名度がありません。ですから多くのスタートアップ企業やその関係者が参加するイベントで自社のプレゼンスを上げる努力をしました。その結果、シリコンバレーのエコシステムに加われるようになり、インシュアテックのスタートアップ企業である米MetroMileに出資し、業務提携に成功したのです。
PwCコンサルティング Strategy& パートナー 服部 真
Strategy& 服部:
次に、実際に投資する際の注意点を教えてください。開発中の技術やサービス以外でスタートアップ企業を見極めるには、どのようなポイントに留意すべきでしょうか。
DNX 山本:
スタートアップ企業は、自社の技術やビジネスモデルを10倍にも20倍にも大きく見せようとします。ですから彼らの説明を鵜呑みにせず、リファレンスを取ったり、その技術分野に長けた専門家にアドバイスを受けたりする必要があります。もちろん、われわれのようなVCを利用するのも1つの方法です(笑)。
シリコンバレーではVC同士で、「あそこのビジネスプランについては懐疑的」程度の情報は共有しており、事業経営上のリスクを見極める力を持っています。例えば「人工知能を使っています」と言いながら、アルゴリズムに関する質問には「ブラックボックスです」と言ったり、リードエンジニアが1本も論文を書いていなかったりするスタートアップ企業はアウトです。こうした情報はVCに蓄積されています。
Strategy& 服部:
日本の大手企業は、投資先が成長する蓋然性を示したり、社内で設定されたKPI(重要業績評価指数)をクリアしたりすることが求められます。こうした「縛り」はCVCにとってよい方向に働かないと考えるのですが、いかがでしょうか。
DNX 山本:
大手企業の投資とVCの投資ではスタートアップ企業の評価基準が異なります。ひとつ言えるのは、スタートアップ企業への投資は「10件投資して1件からリターンがあればよい」という世界であることです。スタートアップ投資を理解していない経営者は、「すべての投資を成功させたい」と無茶を言いますが、それは不可能です。VCでも打率3割は難しい。まずは経営者のマインドと、現実と乖離したKPIを変えることです。
Strategy& 服部:
スタートアップ企業の事業内容は、何を基準に評価すればよいのでしょうか。
DNX 山本:
技術や起業理念といった軸がぶれていないことを見極めることです。一方、ビジネスモデルは変化する可能性があると考えてください。アーリーステージでは市場ニーズに応じてビジネスモデルを変更することも大事です。
もちろん、ビジネスモデル自体が間違っていないかどうかの確認も必要です。例えばサブスクリプションモデルの原理を理解せず「誰もやっていないから」との理由で、リースとほぼ変わらないことをやる。これは論外です。
もう1つはそのスタートアップ企業だけでなく、市場の構造と他のプレーヤーの動向に目を配り、ビジネスの将来性を評価することです。具体的には「同じ技術やサービスをGoogleがやったらどうなるか」を考えることです。
Strategy& 服部:
どういうことでしょう。
DNX 山本:
例えば、投資したいスタートアップ企業が開発している技術やサービスの領域に、Googleが本格参入したら敵いません。しかしGoogleは100兆円規模の企業*3ですから、利用者数が10億人以下のサービスをリリースしようとは考えない。なぜなら彼らにとっては、それをロールアウトする手間やコストが見合わないからです。Googleの広告ビジネスの利益率は20%以上ですから、それ以下の利益率や事業との親和性しか見込めないサービス領域に参入することは、彼らにとってもメリットがないのです。こうした市場構造的な視点から投資先を判断することも、CVCの担当者には求められます。
Strategy& 服部:
最後に、山本さんが感じるVCの醍醐味を教えてください。
DNX 山本:
世界が変わるダイナミズムを間近で見られることです。例えば2011年創業の米Zoomの時価総額は、米航空最大手7社の合計を上回りました(2020年5月15日時点)。最新技術やスタートアップ企業の理念が世界を変えていく中で、VCが果たす役割は大きい。ここに面白みとやりがいを感じています。
Strategy& 服部:
コロナ禍でも柔軟に労働環境を見直してビジネスを成長させている企業は、デジタル化を推進し、ソフトウェアを中心にビジネスを展開している企業です。また、そうした技術やサービスを開発するスタートアップ企業の動向にも注目が集まっています。しかし、お話いただいたとおり、日本企業は「スタートアップ企業に投資する」ことに慣れていません。同時に、シリコンバレーのように投資対象になるようなスタートアップ企業が少ないのも現状です。
日本のCVCが投資や協業を積極的に行っていくためには、情報収集力とコミュニケーション能力、そして第一線で活躍する人に話を聞けるようなネットワーク力が必要になる。加えて、スタートアップ企業を育成するエコシステムを確立し、同時に経営戦略として「スタートアップ企業との協業による自社ビジネスの強化」を常に考えていくことが重要だと実感しました。本日はありがとうございました。
*1:2020年7月14日の日本経済新聞朝刊を参照
*2:Wal-Mart Stores, Inc., "Walmart Agrees to Acquire Jet.com, One of the Fastest Growing e-Commerce Companies in the U.S." 8 August, 2016.
*3:時事ドットコム,「グーグルも1兆ドル企業 時価総額、米で4社目」(2020年01月17日) 参照
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ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。