スタートアップ投資におけるビジネスデューデリジェンス

近年のDXの動きなどを背景として、大企業を中心として自社事業の強化・進化を目的としたスタートアップ投資の動きが活発化している。その際、不確実なスタートアップ投資の成功確率を上げ、投資後も各企業の戦略に適合する形でスタートアップ企業を生かしていくために、ビジネスデューデリジェンス(以下、BDD)を行うケースが増えてきている。

しかし、スタートアップ企業が本質的に「将来の爆発的な成長」「市場創造」を期する存在である性質を鑑みると、従来の成熟企業向けのM&Aにおいて用いられるオーソドックスなBDD手法、すなわち既存の市場・競争環境や過去の業績トレンドなどを前提とした一連の分析手法が通用しないケースが多い。それゆえ、必然的に個社の事業内容や特徴および日進月歩の技術トレンドに応じて評価の着眼点を見定め、柔軟に評価基準を定めていくのがBDDの要諦となる。換言すれば、スタートアップ企業のBDDに普遍的なアプローチを定義することは困難であるが共通する観点はあるので、その観点に基づき個社別に柔軟に検討していくべき、というのが現時点でのBDD現場における理解である。

このような状況を踏まえた上で、本稿ではスタートアップ企業のBDDで評価すべき観点およびその留意点を整理したい。なお、ここでは主に既に一定の事業実績があり、事業拡大期にあるミドルステージ以降のスタートアップ企業を想定している。

スタートアップ企業のBDDで重視すべき観点

スタートアップ企業のBDDでは、個社の特徴を見極めた上で、1)魅力的・持続可能な会社か、2)事業計画が妥当か・発展性はあるか、という順序で評価を進めると有効である。詳細には、図表1に示す通り、8つの観点に集約される。

1)魅力的・持続可能な会社か

(1)構造的に事業が成立する蓋然性

(2)既存顧客の評価

(3)経営陣のケイパビリティ

(4)投資家の評価

(5)技術の競争力持続性評価

2)事業計画が妥当か・発展性はあるか

(6)売上獲得の安定感

(7)コスト計画の妥当性

(8)投資側による事業支援の余地(シナジー)

1)魅力的・持続可能な会社であるか

BDDでは、個社の特徴を見極めた上で、評価の観点の重みづけを行い、具体的な評価方法を定めることになる。その中で必須となる評価項目が、構造的に事業が成立する蓋然性が高いか(1)である。これがない企業は、そもそも事業計画の妥当性を詳細評価する以前に事業存続が危ういケースが多いと捉えられる。

「外部からの視点」すなわち既存顧客(2)や先行ステージでの投資家(3)といった対象企業の事業をすでに知る者の評価や、「対象企業内部の事業遂行力」すなわち経営陣のケイパビリティ(4)およびコアとなる技術の競争の持続性(5)が挙げられる。これらは一概にクライテリアが定められるものではなく、図表1の「分析対象(例)」に示すように、対象企業の各ステークホルダーに対するヒアリングによって、総合的に判断していくものとなる。

その中でも(5)の技術力に関しては、デジタル系のスタートアップ企業の競争力の源泉として脚光を浴びることもあり、テクノロジーデューデリジェンス(以下、Tech. DD)の領域としてBDDに内包または並存した形で分析されることが多い。しかし、日進月歩かつ千差万別のテクノロジーについては、その要素技術の高さそのものの優劣を客観比較しても容易に状況が変わり得るものであり、仮に技術の高さを証明できても、それだけではBDDの命題である「構造的に事業が成立する蓋然性」を支持するものではない。従って、BDDでは、その技術が継続的に事業を改善していく環境が整っているか、という視点でTech. DDと連携するケースが多い。

以下では、構造的な事業の成立性、技術の競争力評価(Tech. DDの取り扱い)に関して、その判断枠組みの例を紹介したい。

構造的に事業が成立する蓋然性はあるか

経営資源の乏しいスタートアップ企業にとって、構造的に事業が成立する蓋然性を高めるためには、成熟企業または類似の事業を展開する他のスタートアップ企業に対して差別化できるユニークさが求められる。その差別化の要素としては、i)ソリューション、ii)ターゲット市場・顧客、iii)収益モデルがあり、これらの要素の総合または特定要素で際立ったユニークさが検出されるほど、事業成立の確率は高いと判断される。ここで1つの評価事例を示したい。

[B2B事業のオペレーション改善ソリューションを手掛けるデジタルテック企業A社]

A社は、ユニークさを以下により体現していると判断された。

i)ソリューション×ii)ターゲット市場・顧客:セグメント特化

iii)収益モデル:成果報酬を取り入れた納得感の高い課金方式

A社のB2B向けソリューションそのものは、類似のものを手掛けるスタートアップ企業がいくつか存在していたものの、そのソリューションの提供には、深い業界知見と実績が要求されるものであった。そのため、「ソリューション×業界」によるセグメントで見れば、明確にすみ分けがあり、かつセグメントをまたぐ事業拡大が困難であることが示唆された。また、同ソリューションの市場そのものは未確立で、各社「切り取り次第」といった形で、顧客開拓を進められるフェーズにあった。

また、A社は課金方式に「顧客のオペレーション改善によるコスト削減分に応じた歩合」という成功報酬型のリカーリングモデルを取り入れている点で、収益モデルが優れていた。顧客にとってみれば、A社のソリューションを利用している限りは、収益面でのメリットが保証されるので、一度導入すれば継続利用するインセンティブが発生する。実際に、A社が既に獲得した大手企業の顧客からは成果を認知されており、高く評価されている。

技術の競争力をどう評価すべきか

特に、何らかの革新技術を核とした製品・サービスを提供価値とするスタートアップ企業で焦点となるのが技術の競争力である。Tech. DDでは、BDDと連携して、「どのような製品・サービスを」、「どのように企画・開発して」、「どう顧客に提供するか」という一連の流れを技術経営的視点から分析することが要諦である(図表2参照)。

エマージングテクノロジーとも称される革新技術をPwCでは "The Essential Eight technologies"として、以下の8分類で捉えているが、スタートアップ企業の中核技術は、これらの組み合せ、もしくは特定の要素技術に特化するといった形で成り立っている。また、その技術進展も日進月歩であることから、技術の競争力をいわゆる「技術力」単体に一定の尺度で適用して評価することが難しい。

  • IoT
  • VR(Virtual reality:仮想現実)
  • AR(Augmented reality:拡張現実)
  • ブロックチェーン
  • AI
  • 3Dプリンター
  • ドローン
  • ロボティクス

論文発表件数・引用回数、特許件数、第三者によるパフォーマンス評価(計算・分析速度・精度など)といった定量的な指標は存在するものの、そもそも「秘匿化」を旨としてあえて特許出願しない知財戦略を採る企業があること、また特許件数などでも単純に件数ではなく特定の1つの特許が強い価値を持つということもあるため、その比較の有効性は低いことが多い。

それゆえ、Tech. DDでは事業との結節点を意識した以下の6項目をスコープに評価を行うことで、事業の評価への有効な示唆を見出していく。

  • ソリューション概要:顧客との結節点‐機能性、ユーザビリティ、導入しやすさ、顧客ニーズへの一致
  • 技術体系:事業環境(外部環境)との結節点‐産業標準や業界トレンドとの逸脱がないか
  • ロードマップ:事業戦略との結節点‐上位の戦略とR&Dロードマップと整合しているか
  • 組織・プロセス:組織・業務プロセスとの結節点‐R&D実行に必要な組織力・プロセスが存在するか
  • R&D費用の妥当性:財務との結節点‐R&Dのコストパフォーマンスは妥当か
  • 提供インフラ:CRMとの結節点‐提供方法の安定性、セキュリティまたはコンプライアンス上のリスク対策は十分か

なお、スタートアップ企業に「技術力」が不要という意味ではないことを付記しておく。むしろ、尖った独自の技術は差別化要素の1つとなる。ここでお伝えしたいのは、BDDの視点ではそれのみを事業の成立性判断の材料にすることを避けるということである。

2)事業計画が妥当か・発展性はあるか

1)魅力的・持続可能な会社か、という観点での評価が十分であれば、それも加味して具体的な事業計画(予測PL)の評価を行う。対象企業の事業計画を出発点として社内外の情報を分析し客観評価をする、という点では、成熟企業のBDDと同様のプロセスをとる。

しかし、スタートアップの事業が「新たな市場の創造」、「ニッチ領域の顧客・サービスの提供」を伴う傾向にあることを勘案すると、成熟企業の分析で参照する市場規模・競争環境・過去トレンドといった情報の活用が有効ではないことが多い。具体的には以下のようなケースが散見される。

  • 「新たな市場」では、現時点の市場セグメントの定義と当該スタートアップの事業との関連性が不明確なものが多く、事業規模予測の起点とするには不確かさを伴う(あてにならない)
  • 類似のサービスを提供するスタートアップ(=競合)が存在したとしても、その規模ゆえに各々が黎明期の市場で「ニッチ領域の顧客・サービス」にフォーカスしており、「市場シェア」や将来直接の競合になるか、を占うには客観的な情報が少ないケースがある

それゆえ、BDDにおいては、参照できる情報が少ないことは所与のものとして受け入れた上で、以下2つがセオリーとなる。

I. 売上・利益の評価に用いる指標とロジックは可能な限り簡素なものにする

II. シナリオ分析により売上・利益の予測は幅を持って示す

個別性の高いスタートアップ企業にあまねく適用できる手法はなく、詳細には対象企業に応じたカスタマイズが必要になるが、以下では過去のBDD事例の中から比較的応用が利きやすいと思われるエッセンスを紹介したい。

なお、スタートアップには経理・財務の機能が未成熟な企業もある。このような企業に対しては、同企業が掲げる事業計画の根拠となっている施策・ロジックをマネジメントインタビューやデータリクエストなどで丁寧に聴取することから始める必要がある。

売上・コストの評価に用いる指標・ロジック

売上・コストの評価に用いる指標として、広くスタートアップ企業に適用し得るのが「顧客の維持・獲得」、「人件費」の2点であり、その活用方法・留意点は以下のとおりである。

[顧客の維持・獲得]

新たな市場創造を伴うことが多いスタートアップの事業では、その顧客の獲得・維持の成否を注意深く見ていく必要がある。対象企業の提示する(1)新規顧客のパイプライン、(2)既存顧客との契約状況、(3)顧客へのヒアリング、を通じて、新規顧客の獲得・既存顧客への拡販余地、既存顧客維持の確率を評価する。

(1)新規顧客のパイプラインは、きちんと整備されている対象企業であれば、将来の売上高成長のドライブ力を予測する基準となるものである。見るべきポイントは、パイプラインにおける見込み客の成約率の予測精度である。企業によっては、過度に楽観的な成約率を掲げているケースもあるので、可能であれば複数時点のパイプラインデータを比較して、営業の勝率、過去の見込み顧客の成約状況の対比などにより、新規顧客獲得の期待値を試算する。

(2)既存顧客との契約状況、(3)顧客へのヒアリングは、主に現在の売上高のベースの底堅さを評価するのに活用する。前者は、既存顧客への売上高が単発のプロジェクトやトライアルによるではなく継続収益が見込めるものになっているか、が焦点となる。後者は、顧客に対して対象企業の製品・サービスへの満足度、継続の意向、類似のサービスへの切り替えの可能性などを直接問うものである。大手企業や大口顧客から高い評価が得られているか、その理由の妥当性が焦点となる。

[人件費]

スタートアップ企業のコストは、営業・開発にかかる人件費が大半を占めるケースが多い。従って、スタートアップ企業が事業計画において売上の成長を期待する一方で人員計画を少なめに設定すれば、売上高の伸びに対してコストの伸びが抑制され、結果として黒字転換が早くなるように見せかけることが可能である。

このような観点の検証には、売上高成長率と人員増加率の比の妥当性を見るのが一方策である。スタートアップ企業の大まかな動きを、創業期は営業・開発に人手をかけてでも事業規模拡大にまい進し、顧客開拓・開発が一巡して目標とする事業規模に達した暁には黒字化を意識して人件費抑制にシフトする、と捉えれば、売上高成長率と人員数増加率の比には一定の相関があると見られる。図表3は、AI関連のソフトウェア開発を行うスタートアップ企業を対象に分析した例である。同グラフの右下に寄っている企業では、売上高成長に対して必要な人員数が、他企業に比べて過小に見積もられていると判断される。

事業計画評価におけるシナリオ分析

成熟企業のBDDにおいても複数のシナリオ分析により、楽観・悲観シナリオを想定することは一般的である。そこで典型的なものは、市場の成長率やシェアに変動を及ぼし得る想定事象を複数挙げ、そのリスク(発生確率とインパクトで定義される)をもとに事業計画の変動幅をシミュレーションするものである。しかし、ここまで述べてきたとおり、スタートアップ企業のBDDでは「市場×シェア」といったロジックを適用しないケースが多いので、同様の精度でのシナリオ分析は適用しがたい。

それゆえ、スタートアップ企業の事業計画のシナリオ分析には、前項で挙げたような限られたパラメータ(顧客数、単価、人件費など)を対象に、一定の前提の下で幅を持たせる形で簡易的に行うのが合理的である。変動させるパラメータは、個社の特徴に合わせて判断することになるが、変動幅を適切に設定するために指針となるものの例として、以下が挙げられる。

  • 対象会社の事業計画の修正頻度および幅
  • 対象会社の顧客パイプラインの件数の修正頻度および幅
  • 所在国・業種における人件費相場のトレンド

結び

これまで述べたように、スタートアップ企業のBDDでは普遍的なアプローチの定義が難しいだけでなく、援用できる市場データなどの客観情報が限られる。このような条件下でスタートアップ企業の将来性について納得感をもって理解するためには、まず、対象企業の事業の性質を多面的に深く理解することにより、当該企業の会社としての魅力・持続可能性を見極めることが肝要である。この段階で、ある程度の見込みのあり・なしの見当付けができていることが望ましい。

また、事業計画の数値は、客観データが少ない分、必然的に成熟企業に比べて大きな幅を持って予測されるため、投資家にとっては投資判断における悩みの種となる。これに対しては、資金供給だけでなく事業支援を行うことで、スタートアップの成功確率を上げるというのが望ましい姿勢であり、ここに事業会社がスタートアップに投資する意義があるのではないだろうか。


執筆者

服部 真

PwCコンサルティング、Strategy&のパートナー。
約15年にわたり、総合商社、産業材メーカー、エネルギー企業、建設企業等に対し、全社戦略、事業戦略、M&A戦略立案および実行支援のプロジェクトを手がけてきた。近年はスタートアップ投資に関わるビジネスデューデリジェンスにも取り組んでいる。

谷口 善洋

PwCコンサルティング、Strategy&のマネージャー。
素材・輸送機器等の製造業、総合商社を中心に新規事業開発、事業戦略策定、ビジネスデューデリジェンス、デジタル化戦略策定などのプロジェクト経験を有する。


Strategy& Foresight

ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。

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