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本稿では、スタートアップ投資の前提となるエコシステムおよびそこに属するプレイヤーに関して、最大のスタートアップ輩出地域である米国ベイエリアを例として現状を述べる。そこから、日本企業のスタートアップ投資、さらに関連する取り組みに向けた示唆の導出を試みたい。
米国のシリコンバレーは、Google, Apple, Facebookを筆頭に有力スタートアップを複数輩出してきたことは周知の通りであるが、近年ではサンフランシスコを含めたサンフランシスコ湾周辺一帯が「ベイエリア」と総称されており、このベイエリアから有力スタートアップが数多く生まれている(図表1参照)。なお、シリコンバレーはその名の通り、かつてはサンノゼを中心に半導体関連産業の集積地であったが、現在のベイエリアのスタートアップはハードウェアよりもソフトウェア関連企業が多い傾向にある。
最近ではシリコンバレーエリアの不動産価格の急騰により、Twitterのように本社をシリコンバレーからサンフランシスコに移転するケースもあり、また、若手エンジニアはサンフランシスコエリアに居住することを好むことから、サンフランシスコ市内からシリコンバレーに無料送迎シャトルバスを配備する企業も増加している。
これらのスタートアップに対して、多くの企業・団体・個人が多様な関与をしているが、大きくは以下の7類型のステークホルダーが存在している(図表2参照)。
これらのステークホルダーは、(1)資金提供(投資家)、(2)開発支援・事業運営支援といった形でスタートアップの成長を支援しており、スタートアップのエコシステムの中で重要な役割を担っている。近年は上記7類型の典型的なプレイヤーの他に、下記のようなプレイヤーやサービスもそれぞれが上記の役割でエコシステムに参画するケースが増えている。
(1)資金提供(投資家)
(2)開発支援・事業運営支援
このような動きの背景として押さえておくべきことは、特に投資家属性のプレイヤーにとっては「このエコシステムに参加していること」そのものが、良い投資案件の発見、さらには妥当な企業価値評価(Valuation)を可能にすることが経験側的に明らかになってきたという点である。ただし、エコシステムに参加すると言っても事はそう単純ではなく、果実を得ることができるほどまでにエコシステムに入り込み、根ざしていくには時間を要する。事実、参画する各ステークホルダーは年単位の時間をかけて地固めに取り組んでいる。これについては、後段で米国スタートアップ業界の実情を交えながら補足する。
先述のスタートアップにおける各ステークホルダーのうち、投資家としての側面を持つプレイヤーについて、それぞれの特徴を述べる。スタートアップ投資家として脚光を浴びる伝統的なVC以外にも、さまざまなタイプの投資家がいる。ここではスタートアップ企業の成長段階別にどのような投資家が存在し、どのような特徴を有するのかを概観したい。
スタートアップ企業は、創業後、複数回の資金調達を経てIPO(株式公開)を目指すことが多い(図表3参照)。そこに至るまでのスタートアップ企業の成長段階は、「シード」「アーリー」「ミドル」「レイター」の4ステージ区分や資金調達ラウンドの回数(シリーズA, B, C, …)*1で論じられることが一般的である。なお、ステージ区分それ自体に厳密な定義はないが、ここではスタートアップ企業の成長段階の指標として便宜上用いるものとする。
投資家のタイプは、主に(1)エンジェル投資家、(2)アクセラレータ、(3)VC、(4)CVC、(5)事業会社、(6)PEファンドが存在しており、 図表4に示すとおり、投資段階ごとに個々のタイプ別傾向が見られる。
この傾向は、以下のとおり投資家タイプ別の特徴・投資行動と対応している。
(1)エンジェル投資家
(2)アクセラレータ
(3)VC
(4)CVC
(5)事業会社
(6)PEファンド
なお、上記で示した投資家タイプ別の傾向は、あくまで一般化した場合のものである。近年では、事業会社も「シード」から「アーリー」ステージで投資するケースが増えている。
このようなスタートアップ企業のエコシステムにおいて日本企業が成功するための要件について、米国ベイエリアの実情も交えながら見ていきたい。ベイエリアにおけるスタートアップ企業投資では日本での通例とは異なることも多い。よって、従来の日本における成熟企業への投資・提携における取り組み方や考え方を大きく転換する必要がある。特に、現地に根を張った長期的視点での対応策が重要となる。
この重要度は近年一層高まっており、その背景には起業成功者によるVC設立・エンジェル投資、そして第2の起業が増加していることが挙げられる。つまり、ベイエリアにおいてはスタートアップ企業の成功・失敗の経験知が蓄積されている状況にある。これにより、投資家はより厳しい投資目線を持つようになり、一方スタートアップ企業もより質の高い成長シナリオを提示することが求められる。投資家とスタートアップ企業が互いに切磋琢磨して、投資判断・事業構想のレベルが上がってきている。
このような状況も踏まえると、日本企業にとっては以下の3点が特に重要なテーマとなる。
1. スタートアップに対して「選ぶ側」から「選ばれる側」になる‐「立場の転換」
2. 投資判断のスピードアップおよび「現地化」によるネットワーク構築‐「時間軸・地理的重心の変化」
3. 成功の期待値に対する過度の要求水準を改める‐「投資クライテリアの変化」
以下、各詳細について説明していきたい。
投資家は選ぶ側でなく、選ばれる側である。優良なスタートアップ企業ほど資金調達力が高い、すなわち投資家の候補が多くいるため、スタートアップ企業側が求める条件は高くなり、その交渉力も高いケースが多い。特に、資金調達以外の動機で投資を求めに行くファンドレイズのようなケースでは、優良なVCが多く参加するため、スタートアップ企業から見て魅力的な投資家である必要がある。
事業会社にとっては、投資の目的が重要となるケースが多い。例えば、投資側が具体的な事業により一緒に新しいサービスを立ち上げたいなど、一歩踏み込んだ形で投資の目的をスタートアップ企業に伝えることが望ましい。これは、スタートアップ企業の「まずやってみよう」という思考・行動原理にも適合する。投資の目的が単なる情報収集であると、スタートアップ企業側のメリットがなく魅力を感じてもらえないからである。
スタートアップ企業投資の時間軸の目安は、秘密保持契約から条件概要書の確認までを含め、シードからアーリーまでは1~2カ月程度、ミドルからレイターでは3~5カ月で投資実行、となっている。つまり、従来の成熟企業への投資に比べてスピードアップが求められるということである。この時間軸に追いつくためには、まず対象企業を既に現地で知っていること、次に投資対象領域に関する新しいビジネスモデルの要諦やトレンドを把握すること、さらにはVCともよく情報交換して常に最新情報に触れていることが重要となる。これは、初見の企業や斬新なビジネスモデルに対してこの時間軸で判断するのには困難・リスクが伴うためである。
投資候補になり得る企業の情報を事前に把握するためには、「現地化」による地道な取り組みが現状のグッドプラクティスである。これは、物理的に現地に根付くための長期的な取り組みが前提となる。ある日系企業の例では、現地拠点設立、現地駐在、出張者による基礎情報収集に始まり、スタートアップ企業への接点構築、現地インサイダー化、と段階的に現地の情報収集力を高め、ようやく迅速な意思決定ができるようになるまで3~5年を費やしている。このケースは、日本本社からのリモートでの情報収集では不十分であることを示唆している。
このような長期的で地道な取り組みが必要な背景には、スタートアップ企業の情報収集、それらとの関係構築には属人的なつながりが重要、という現地の実情が存在する。子供の学校から始まるコミュニティでの付き合い、あるいは非実行となった投資・提携案件で築かれた人脈を通じて、次の機会や別のキーパーソンへの紹介、といった非定型のチャネルに有益な情報が流れることも多い。後者に関して、スタートアップ企業への投資・提携案件は非実行のものが大多数であることを付記しておきたい。案件非実行でもスタートアップ企業との対話・検討を通じて、徐々にでも着実に現地でのプレゼンスを上げていくことが重要となっている。
スタートアップ企業投資では成功の期待値、すなわち(1)成功確率と(2)その効果への期待水準を新たに捉え直す必要がある。
まず、成功確率については、例えるなら「10本に1本のヒットでよい」くらいの捉え方も必要である。もちろん、対象企業のステージや個社のスタンスによって、要求する成功確率は詳細に調整すべきである。日本における成熟企業への投資では、投資先の減損処理の発生は一大事であり、とかく保守的な投資審査を行うことが常である。しかし、スタートアップ企業投資のプロである現地VCでも投資失敗例は多く、かつ彼らはそれを前提とした投資行動をしている。
また効果については、投資による事業へのシナジー効果を過度に期待しがちなところを改める必要もある。スタートアップ企業側の立場では、自ら描く成長シナリオと既存の投資家に対する義務もある。よって、新たに参加する投資家の描く「シナジー」だけを狙った行動を安易に取るわけにはいかないのである。これは、「立場の転換」として一つ目に述べた「選ばれる側」になるためにも重要な考え方になる。
米国ベイエリアを例に、スタートアップ企業のエコシステムを踏まえた日本企業にとっての取り組み・投資に係る示唆を述べてきた。米国の他にも、中国、インド、ASEAN、中東、欧州など世界の各地域でユニコーン*2、デカコーン*3が育つ土壌があり、それぞれのエコシステムには固有の要素がある。その詳述は別の機会に譲らねばならないが、本稿で述べた「立場の転換」「時間軸・地理的重心の変化」「投資クライテリアの変化」という3つの日本企業に求められる変化・転換の方向性は、スタートアップ企業投資共通の原則として適用し得るものと考える。
*1:上場前の資金調達回数は個社別にさまざまであり、シリーズD, E,… と4回以上に及ぶケースもある。
*2:企業価値が10億ドルを超えるスタートアップの通称。その希少性から架空の生物「ユニコーン(一角獣)」に喩えた表現
*3:企業価値が100億ドルを超えるスタートアップの総称で、“10 billion USD”の10を捉えて、10倍を表す接頭辞デカ(deca)を用いた表現
PwCアドバイザリーのパートナー。
スタートアップ領域含めたM&Aにおけるフィナンシャルアドバイザー業務に従事。特に、テクノロジー、メディア、通信業界に強みを持ち、また、多くのクロスボーダーM&A案件を手掛ける。サンフランシスコ駐在経験あり。
PwCアドバイザリーのシニアマネージャー。
通信、メディア・広告、ITサービス等の業界を中心にM&A戦略や新規事業戦略の策定支援、ビジネスデューデリジェンス等の経験を有する。近年はスタートアップ投資支援やCVC・投資子会社設立なども支援している。
PwCコンサルティング、Strategy&のマネージャー。
素材・輸送機器等の製造業、総合商社を中心に新規事業開発、事業戦略策定、ビジネスデューデリジェンス、デジタル化戦略策定などのプロジェクト経験を有する。
PDFファイル内の執筆者の所属・肩書きは、レポート執筆時のものです。
ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。