【第3章】エコシステム変革の先行事例:自動車業界の新潮流―「CASE」がもたらすエコシステムの構造変化

今、自動車業界は100年に一度の大変革期だと言われている。その原動力が「CASE」と呼ばれるトレンドだ。CASEは「コネクテッド(Connected)」「自動運転(Autonomous)」「シェアリング(Shared)」「電動化(Electric)」という、自動車を取り巻く新技術や新サービスを表す頭文字をつなげた造語であり、今後、CASEの各領域で技術革新やサービスの深化が進めば、これまでの自動車業界のエコシステムは根本から覆される。それでは、CASEは自動車業界にどのような地殻変動を起こし、新たなエコシステムの形成にインパクトを与えるのだろうか。

CASEとは何かを理解する

まずはCASEの中身を簡単におさらいしよう。CASEは、ドイツの大手自動車メーカーCEO(最高経営責任者)が、「パリモーターショー 2016」で提唱したキーワードだ。

「C」のコネクテッドとは、自動車が外部ネットワークに常時接続されている状態を指す。今後、自動車は無線通信機器や車車間通信(もしくは車間通信)システムなど、数多くの通信モジュールを搭載し、走行データや道路・交通状況データなどをリアルタイムで収集・分析できるようになる。「A」の自動運転が可能になるのも、自動車がコネクテッドであることが大前提だ。

自動運転は、人間が運転操作を行わなくとも、制御システムが自律的に自動走行する状態を指す。自動車技術会(SAE:Society of AutomotiveEngineers)では自動運転のレベルを「0」から「5」までの6段階で定義しており、各レベルに応じて運転の主体や走行領域を設定している。ちなみに、高度な自動運転(レベル4とレベル5)では、運転の主体であるシステムがすべてのタスク(運転操作)をこなす。既に大手IT企業は、レベル5の自動運転自動車を公道で走行させる実証実験を本格化している。

「S」のシェアリングとは、個人が自動車を「所有」するのではなく、複数人で1台の自動車を「共有」し、必要なときに利用するサービスのことだ。海外で普及しているライドシェアサービスなどがこれにあたる。COVID-19の感染拡大の影響で、郊外へ移住する人が増加しているとはいえ、世界的なトレンドとしては都市化が加速している。そうした状況下で、自動車は「必要なときに提供されるモビリティサービス」としての役割が大きくなっているのだ。なお、「E」の電動化は、ガソリン車から電気自動車(EV)への転換を示す。現在、世界各国では脱炭素化の流れを受け、電気自動車の普及促進策が展開されている。

自動運転を制することが、今後の競争力のカギとなる

CASEの中でも、自動車業界のエコシステムに破壊的なインパクトをもたらすのは「A」の自動運転である。Strategy&がまとめた「デジタル自動車レポート2020 第1章」*1では、欧州と中国における自動運転自動車(レベル4とレベル5)の新車販売台数比率が、2035年までに15%程度に達すると予測している。この数字を少ないと見る向きもあるだろう。しかし、2025年時点の比率が4%と予測されていることを考えると、今後、自動運転自動車が市場に浸透していくスピードは速い(図表1参照)。Strategy&だけでなく複数の調査機関も、2040年以降は新車の半数以上が自動運転自動車になると予測している。

それではなぜ、自動運転が自動車業界のエコシステムにインパクトをもたらすのかを紐解いていこう。自動運転システムの技術を目的別に分類すると、「認知」「判断」「操作指示」に大別できる。その中でも、自動運転システムの基幹を担うのが認知の部分だ。それを支えるハードウェアは、「LiDAR(Light Detection And Ranging)」と呼ばれる測距装置と「GPS(Global Positioning System / Satellite:全地球測位システム)」、そして大量の画像・運転データを分析するGPU(Graphics Processing Unit)である。またソフトウェアとしては、位置推定ソフトをはじめ、レーダーやカメラで収集した情報を解析・検知するソフト、その対応を判断する人工知能(AI)ソフトが必要となる。

特に重要なのが、LiDARと高精度3次元地図をマッチングする位置推定ソフトだ。高精度3次元地図は、道路標識や車線情報などを高精度に3Dマッピングしたものである。一方、LiDARはレーザーを対象物に照射し、その散乱光や反射光を分析することで、対象物までの距離やその性質を測定する。LiDARが測定したデータと3次元情報を組み合わせることで、システムが車両周辺の環境を認識し、自動運転自動車が障害物を避けながら標識に従って走行できるようになる。言うなれば、LiDARやレーダー、カメラが周囲にある障害物の距離や位置関係を把握する「目」の役割を果たし、AIが「脳」となってハンドル操作やアクセル・ブレーキなどの制御を判断するのである。

当然、これまでの人間が運転する自動車では、こうした技術は必要とされていなかった。 そのため、今後自動運転開発で優位な立場にいるのは必ずしも自動車メーカーだけではなく、自動運転のコアとなるソフトウェアやデータ分析技術を持つ大手IT企業も含まれる。

現在、自動車業界エコシステムの「ディスラプター(壊し屋)」として存在感を見せているのが、米Alphabet(Google)傘下のWaymo(ウェイモ)と、米国の実業家イーロン・マスク(Elon Musk)氏が率いるTesla(テスラ)だ。自動運転の基幹技術やシステムを押さえることが今後の競争力のカギとなる中で、Waymoは自動運転システムの中核を担う技術の大半を自社開発している。同社は認知判断技術で先行しており、最終的には同技術をトリガーに、自動運転操作全体を司るOS(オペレーションシステム)を押さえることを狙っているようである。

その一方でWaymoは、ハンドルやブレーキ、空調といった従来からある車両機能は自社で開発・生産せず、ほかの自動車メーカー(欧州 Fiat ChryslerAutomobiles)に委託している。つまり、Waymoは「協調領域」と「競争領域」を明確に区別しているのだ。

自動運転の領域で大手IT企業が「幅を利かせる」ようになると、自動車業界のエコシステムは、自動車メーカーをピラミッドの頂点としたこれまでの「垂直統合型」から、複数の企業が標準化された部品を使って製品を作る「水平分業型」へとシフトする。水平分業型は、技術進化が速く顧客ニーズの変化が激しいパソコンやスマートフォン業界が採用している生産方式だ。これを自動車業界に当てはめてみると、自動車に必要な車両部品や室内装備品といった部分は、標準化された部品を調達して組み立てるアプローチが増える可能性が高い。

水平分業の世界で主導権を握るのは、付加価値の高い自動運転システムを担うソフトを持つ企業と、GPUのような自動運転システムに不可欠な半導体技術を持つ企業だ。そうなれば、こうした企業からの受託メーカー(OEMメーカー)は、付加価値の低いハードウェアを低コストで作らざるを得なくなる。つまり、極論すればこれまでピラミッドの頂点に立っていた自動車メーカーが付加価値の低い「ハコ作り」を担当してコスト競争に巻き込まれ、付加価値の高い部分は大手IT企業が総取りするシナリオも考えられる。

同じことがCASEのE、電動化領域でも起きる可能性がある。現在、バッテリーを供給する企業は、垂直統合の中間層に位置している。しかし、電気自動車が主流になれば、イニシアチブを握るのは、性能の高いバッテリーやモーターの開発技術を持つ企業だ。こうした企業が大手IT企業と提携して電動自動運転自動車を生産するようになれば、これまでのピラミッド構造は完全に崩壊し、新たなエコシステムが誕生する。


*1:Strategy&、「デジタル自動車レポート2020 ポストパンデミックの世界の針路 第1章 ポストパンデミックの市場ダイナミクスを予測する」

MaaS市場で台頭するプラットフォーマーの「伸びしろ」

自動車業界の新たなエコシステムを考える上で、もう1つ重要なカギを握るのが、シェアリング=MaaS(Mobility as a Service)を提供するプラットフォーマーだ。前述したとおり、これまで自動車は所有するものであり、自動車メーカーは個人に対して「物理的な車体」を販売していた。しかし、MaaSプラットフォーマーの出現によって購買者側の影響力が強くなり、市場の構造が大きく変化する可能性がある。

図表4を見てほしい。これは、世界の自動車産業における価値プール(利益を生み出す場所)の推移予測を示したものだ。興味深いのは、今後も自動車産業の売り上げは成長し続けるものの、利益は従来の価値プール以外へと移行すると予測されていることだ。たとえば、2018年の自動車産業においてMaaS(車両ベースのMaaS)の売り上げは市場全体のわずか2%だが、2030年にはそれが19%まで増加する。さらに、利益の比率も2018年はゼロ(赤字)だが、2030年には11%を獲得すると見込まれている。

一方、従来型の自動車産業に関連するサプライヤーやアフターサービス、自動車保険といった企業の価値プールは、2018年の70%から、2030年には53%にまで落ち込むと予測されている。

こうした価値プールの移行には、実は自動運転技術が大きく関わっている。現在のライドシェアサービスは人間のドライバーが運転しており、それが大きなコスト要因となっている。現状、いくつかの企業では、利用者は多いものの、収益が出ずに赤字が続いている。

しかし、将来的に自動運転自動車が普及すれば、人間のドライバーは必要なくなる。MaaSプラットフォーマーやサービス提供者が自動運転自動車を大量導入して自動運転サービスに切り替えることで、そのビジネスは一気に黒字転換すると見られている。さらに、先述の大手IT企業も自社開発の自動運転自動車を武器に、ライドシェア市場へ参入することが予測される。そうなれば、従来の自動車メーカーにとっての価値プールはますます低下する。

とはいえ、既存の自動車メーカーがすべて「箱作り屋」になるわけではない。いくつかの大手自動車メーカーは自動運転システムも自社開発している。しかし、現在は自動車メーカーにとって、もう1つの逆風が吹いている。COVID-19の感染拡大だ。

コロナ禍初期に自動車メーカーの売り上げは激減し、これまで自動運転開発に投資していた自動車メーカーは、投資領域を絞る必要性に迫られた。一方、既存の自動車メーカーの脅威となっている大手IT企業は、コロナ禍でも増収増益を続けている。自動車メーカーが投資を控えている時期に、大手IT企業は自分たちの本領域であるデータ分析やAI、ソフト開発の分野に積極的な投資をしている。これでは技術力の差が開く一方だ。もはや既存の自動車メーカーは、ピラミッドの頂点に落ち着いていられる時代ではないのだ。

各社の強みを生かした生き残りと差別化の方向性を見極める

こうした状況の中、各自動車メーカーは自社の状況に応じた生き残りと差別化の方法を模索している。下の図表5を見てほしい。これは自動車メーカーのポジショニングを示したものである。

これを見ると、「スマイルカーブ」と呼ばれる現象が発生しているのがわかる。大規模プレイヤーが規模の経済を生かして高い収益率を上げている一方、小規模プレイヤーは少ない生産台数でもブランド価値の高い自動車を生産し、高い収益性を確保している。

こうした状況の中、各自動車メーカーは自社の状況に応じた生き残りと差別化の方法を模索している。下の図表5を見てほしい。これは自動車メーカーのポジショニングを示したものである。

今後、両プレイヤーのとる戦略は大きく異なっていくだろう。小規模プレイヤーはCASE領域への技術投資が難しいため、技術を有するプレイヤーと提携する道を模索する必要がある。そして、例えばブランド価値を評価するロイヤリティの高い顧客向けに、「感性に訴える究極のドライビング体験」を提供する自動車を開発するといった差別化アプローチがより一層重要となるだろう。

一方、大規模プレイヤーは業界の潮流を掴み、従来の保有車だけでなく、保有を前提としない利用者向けの自動車も開発しつつ、コネクテッドやシェアリングといった領域で付加価値を提供していく戦略が考えられる。さらに、自動車産業の枠に留まらず、規模を発揮できるほかの市場にも参入していくだろう。スマートシティやエネルギーマネジメントなどの自動車・モビリティと関連する領域に事業ドメインを拡張することが想定される。

 

こうしたエコシステムの構造変化は、自動車業界だけでなくあらゆる業界で発生している。今後、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進む状況下では、これまでまったくの異業種だった企業が競争相手になる可能性も十分に考えられる。その場合には「どの会社と協業し」「何を自社の優位性にするか」を考えなければならない。経営層には10年先までの構造変化を捉え、自社のポジショニングと目指す方向、そして、「自分たちは顧客に対してどのような価値を提供する会社なのか」というビジョンを明確にすることが求められる。

次章ではヘルスケア業界に視点を戻し、ヘルスケアエコシステムにおける新たな価値創造シナリオの仮説と具体的な事例を紹介する。

※レポート内に掲載されている執筆者および監訳者の所属・肩書は、レポート執筆・監訳時のものです。

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石毛 清貴

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鮭延 万里子

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