地位低下が進む日本、「成功」への5提言 ―日本企業の展望を探る―

少子化やデジタル対応の後れ、低下する日本の存在感

2020年代は世界史に大きな変化の年として刻まれることであろう。特に、世界に多大な影響を与えてきた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はようやく収束の兆しを見せている。世界保健機関(WHO)は、2020年1月にCOVID-19の感染拡大により「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したが、2023年5月5日にこの宣言を終了すると発表した。マスクなどの感染防止策を緩める地域は多く、日本でも5月8日からCOVID-19は感染症法上の分類が、季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行した。

この時期、世界では2つの大きな課題が顕在化した。

1つ目は継続的に取り組みが進んできた地球環境に関する課題だ。日本では政府や大企業に地球環境への対策を求める声が、諸外国と比較して大きくないと言われている。しかし、世界的に多くの国で極めて重大な山火事、干ばつなどが発生し、日本も線状降水帯による甚大な被害を受けた。地球環境の大きな変化が、生活や社会活動に多大な影響を与えていることは否定しようのないレベルになっている。これらの被害を目の当たりにし、社会や個人の意識も少しずつ変わっている。

2つ目はロシアのウクライナ侵攻と、そこから見えてきた世界情勢の変化である。以前より緊張が伝えられていたクリミア半島周囲におけるロシアとウクライナの関係であったが、2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が現実のものとなってしまった。その後、世界各国はそれぞれの関係性や立場に基づき対応を行い、世界情勢は極めて不安定になった。今後もこの不安定さがアジアに影響を与えると考える識者は多く、世界地図を新たな視点で見ることが求められている。

こうした状況で、日本が相対的に経済的な地位を低下させていることを改めて確認しておきたい。

人口構成の変化

政府は少子化対策や、女性の社会参加支援のための政策を打ち出してはいるものの、ここ20年近く続く人口減少に歯止めはかからず、今後も継続する見通しだ。人口減少、少子化が意味するものは高齢化であり、2022年は団塊の世代(1947~1949年生まれ)が後期高齢者に差し掛かった年でもある。600万人近くいる団塊の世代が、2020年からの3年間で後期高齢者となり、アクティブシニアや消費の担い手といった存在から、健康問題を抱えやすい社会システム上の新たな検討要素となっていく*1

一人あたりGDP

日本のGDPは2021年時点で世界第3位と高い。しかし、一人あたりGDPは2000年に世界第2位であったのに対し、2023年には31位と大きく低下している*2。日本に久々に訪れたアジアからの観光客の多くが、為替も手伝って物価の安さを日本の魅力として挙げている。

また、賃金の低さを理由として海外に移住した料理人や手に職のある人たちが、日本の水準からは考えられないほどの高給を現地で得ていることもメディアなどでは伝えられている。かつて人件費の高さから海外移転した工場が、今や日本国内に再建築することが議論されるほどである。気づかぬうちに日本は「安い国」となっている。

デジタル対応の後れ

COVID-19は日本でデジタル技術の活用が大きく後れていることも明らかにした。コロナ禍で物理的に職場や役所に行くことができなくなり、いわば強制的にデジタル技術の活用が進んだ。それでもIMDの「世界デジタル競争力ランキング2022」では、日本は63カ国・地域中29位。コロナ前の2018年には22位であったのが、他の国の取り組みに置いていかれた格好である(図表1)。特に低いのは、いわゆるグローバル経験、IT・データスキル、ビッグデータの分析と活用などである。通信環境などは整い、インフラ整備は進むものの、その活用の準備も実際の活用もできていない。

人間らしさの解放の後れ

少子高齢化が進み生産年齢人口が減少する国において、デジタル技術の活用が進んでいないという状況も深刻な事態を招く。本来であれば創造的なことに使われるはずの脳のキャパシティとエネルギーを、機械の代わりに単純作業をこなすことで消費してしまえば、知的生産性は低下してしまう。また、機械の代わりに人間が作業を行っていれば、労働力人口が減少するなかで人手不足の解消もままならない。加えて、日本はLGBTQ(性的少数者)への理解や受容、女性の社会参加支援といった人間の多様性の確保においても取り組みが後れるなど、大きな課題を抱えている。

グローバル化やESG、日本企業で進む3つの対策

地政学リスクの顕在化やパンデミックの拡大といったさまざまな環境の変化を受け、日本企業においても大きく3つの分野で対策が進みつつある。グローバル化、デジタル技術の取り入れ、そしてESG(環境・社会・企業統治)への対応である。

グローバル化

大企業が海外市場を重要視してきた歴史は長い。日本の発展は戦後の輸出産業により支えられてきた。しかし、日本は貿易立国と言っても、GDPに対する貿易の割合は18%で、OECD36カ国中35位という低い水準であり、内需に大きく依存している(なお、ドイツは47%、韓国は44%である*3)。

その日本にあっても、多くの企業の成長戦略の柱は海外展開となり、進出対象国の見極めやポートフォリオの慎重な検討が行われている。今後は、単に市場規模や自社との親和性といった条件だけではなく、世界の秩序や各国の関係のあり方を想定した上で、展開を決めることが一般化するであろう。

デジタル技術の取り入れ

デジタル技術の取り入れも、単に漠然としたデジタル化などという掛け声を乗り越え、今はデジタルを使って何を成し遂げるのかということに論点が移っている。新たな技術を使って、何をどのように変えたいのか、多くの経営者が具体的な視点を持ち始めている。在宅勤務、ビデオ会議、文書の共同編集、電子署名だけでなく、サブスクリプションサービス、レストランの食事のデリバリーや冷凍食品などは、日本にはそぐわないと言われていた。

だが、世界的なパンデミックを受け、新しい技術を活用する形で今では私たちの生活に定着している。これらはほんの一例に過ぎず、多くの業界において本質的なビジネスモデル変革のためのデジタル化が進むであろう。

ESGへの対応

ESGについても、これらを通して何を実現するかという動きが盛んになってきた。日本では脱炭素やプラスチック使用量の削減といった問題が大きく取り上げられ、無駄や無理のない循環型社会の高度化に向けた取り組みが進んでいる。一方で世界では、さらに環境の重点を生物多様性といったテーマに広げて重要性は減じずに、調達における人権の確保や個々人の幸福度、コミュニティ復興といった社会の課題のほか、企業や組織の運営における健全性と信頼性を確保する企業統治の課題への取り組みも広がりつつある。

「地殻変動」の進む事業環境、生き残りに向けた5つの提言

今の私たちが何もせずとも子どもたちにより良い日本を残すことができると考えるのは、楽観的に過ぎるであろう。世界は大きく変わっており、その中で日本の地位は相対的に沈んできていることは確認した。Strategy&の多くのクライアント企業では、すでにその認識を持ち危機感を強くしている。日本国内で企業体の存在意義・パーパス(Purpose)や、あり方・ビジョン(Vision)までを見直す動きが広がっているのも、この表れであろう。近年成長しているスタートアップを見れば、自社が成し遂げたい理想を明確にし、それを原動力に躍進していることがよく分かる。

特に第二次世界大戦前後に日本の復興や人々の生活を豊かにすることを目指して創業された多くの企業は、当初の目的を達成してしまっている。こうした企業の中には、自社が果たすことになったより大きな役割に見合うよう上手く目標をアップデートする動きも出てきた。自社の前進が世界の前進であると認識し、全世界の人々の生活や地球環境のほか、自社商品を製造・販売する地域の教育や環境整備を含めたWellbeingに責任を持とうとしているためだ。

一方、そうでない企業も少なからず存在し、自社がなぜ、何のために事業を行うのかといった原動力を見失った状態に陥っている。だからこそパーパス主導、ビジョン主導が重要視されるのだ。ただ、美しいパーパスやビジョンの文言を紡いでも実効性に欠けることも多い。パーパスやビジョンを自社らしく、意味のあるものとするためにも世界の中で自社がどのような位置に立ち、どのような顧客に支持されることで稼ぎ、儲けを出し、事業を継続していくのかを明確にすることがまず必要だと強調したい。

先に述べたように、今の経営者は大きな変革期に直面しており、ビジネスモデルのみならず、多くの場合は事業領域も変革の対象に含まれる。例えば、日用品の販売を例にとって考えてみると、従来は日本国内で消費者に商品を届けるためには、メーカーが卸を経由して小売りの棚に自社商品を並べてもらうという流れが必要であった。今は、メーカーと小売りが直接取引をすることが増えているほか、通信販売やメーカー直営店を通じて消費者と直接取引をする動きも目立ってきた。また、小売り側も商品を仕入れるだけではなく、自社ブランドを立ち上げることでより収益性の高い事業を展開しつつある。つまり、メーカーと小売りの垣根が消えつつあるのだ。

こうした事業環境の地殻変動が起きるなかで、自社はどうすれば生き残り続けられるのかを考え抜く必要がある。変化し続ける世界の市場に目を向けつつ、日進月歩の技術を取り入れ、事業運営コストにも目を配ることで変革を推し進めなくてはならない。これは、気の遠くなるような難易度の高い取り組みであるが、やり遂げないことには自社の存続は危ういのである。

今後の日本と日本企業が「成功」する、つまり、子どもたちの世代が不自由を感じず、社会の弱い立場にある人たちにまで十分な福祉を提供できるようにするためには、以下の5点に心して取り組むことを提案する。

1. 戦略を明確にする

国際情勢の緊迫や予想もしなかったパンデミックの拡大など、私たちを取り巻く環境は今までにないスピードで流転し、慣れ親しんできた各業界の常識やプロフィットプール(市場全体の営業利益の総和)も変化する。そして、それらに対応するための技術も急速に整いつつある。こうした動きは今後さらに加速していくだろう。

変わりゆく世界において重要なのは、自社がどのように残っていくのかが明確になっていることだ。チームが安全かつスムーズに目的地を目指す際、進路や進み方がバラバラでは、到達は難しい。そもそもどこを目指すのか、そのためにはどのような道をどう進むのか、障害物はどのように避けるのかを明確にし、共有しておくことが重要であり、経営の舵取りにとっても同様である。

組織の全構成員が目標に向けた大きな地図を理解して、共通言語で話せるようになっていれば、さらに強力な推進力が得られるだろう。

2. 世界の見立てを持つ

多くの業界において企業が継続的に成長するには、日本の外に目を向けることが有効だ。少子高齢化を受けて幅広い業界で国内市場の縮小が予想されるなか、海外市場の重要性はこれまで以上に高まると言えよう。だが、現状世界の「あり方」は極めて流動的である。ロシアによるウクライナ侵攻のように潜在していた地政学リスクが一気に顕在化しかねないほか、米中による経済・技術の摩擦などによって国際情勢のバランスは激しく傾く。

特に魅力の高い巨大市場の環境が急速に変化すれば、自社の他の事業にも大きな影響を与え得る。サプライチェーンの展開状況によっては、モノが流れず、生産が滞るといった事態も起きるだろう。安定した成長には、自社の事業が成功しそうな国や地域を単純に選ぶだけでは不十分であり、今後の世界の方向性について複数のシナリオを持ちつつ、どのように事業を展開していくかを考えなくてはならない。

3. 実効的な戦略推進機能を確立する

明確な戦略を持つことができたら、その戦略を実行しなくてはならない。実行されず利益を生まない戦略は残念ながら意外と多くある。その理由はさまざまだが、戦略を無駄なく漏れなく実現するための人・モノ・カネの確保ができていない、それらが適切に配分されていない、事業を移行させるための事業ポートフォリオの管理がされていないといった複数の要因が挙げられる。しかも、変革は現業に降りかかる多様な課題を同時に乗り越えながら行わなくてはならない。

戦略推進機能というと、いわゆる経営企画や営業を指すと思われるかもしれない。しかし、より大きな課題を抱えているのはいわゆる管理・コントロール機能である。例えば日本企業では本質的なCFOやファイナンス機能が未発達であることが多い。日本で経理財務というと、会計担当というイメージがあるが、海外ではビジネスの計数面を一手に引き受ける存在である。商品価格を決定する際にも当該商品のコストの全体像と確保したい収益性を設定した上で具体的な助言を事業推進側に行うのである。人事、法務などにおいても同様のことが言えよう。

このように組織全般において実効的な戦略を推進する機能が求められる。

4. 正しい人材活用を徹底する

日本企業は長らく人材を設備の一種とみなし、人件費を削ることでコスト効率を高めてきた側面がある。だが、デジタル技術やESGを主軸に据えた経営の変革を行うにせよ、現業の困難に立ち向かうにせよ、テクノロジーと人の柔軟な発想が融合しなくてはそれらは実現し得ない。1.で指摘した明確な戦略に基づき、必要な人材と、その育成・獲得プランを明らかにし、実際に行動に移すべきだ。

ここで重要になるのは、そうした人材がきちんと活躍できる環境を整えているかどうかだ。中途採用者やデジタル系の技術者、グローバル人材が馴染みにくい閉鎖的な組織であったり、実力は満たしていても「若手」「自社に馴染まない」「前例がない」などという理由で軽んじたりする文化であれば、せっかくの人材が力を発揮できず定着もしない。一定の分野について加速を得るために獲得した人材を、従来の育成処遇の枠にあてはめようとはしていないだろうか。多様な価値観、経験、文化的背景を有する人材が刺激し合い、共創し得る環境を用意しなくてはならない。

5. 覚悟を持つ

業界における既存の古い枠組みを越えた先にある機会を捉えなければ、持続可能な成長軌道に乗った自社の新しい姿を実現しづらいことは既に確認した。メーカーと小売りの垣根だけではなく、例えば、自動車業界と電機業界との垣根もなくなりつつあり、似たような事象はあちらこちらで起きている。その中で自社が将来に向けて残っていきたいならば、従来の型を破り、新たなものを創造し、その過程で生じる社内外の確執を乗り越える覚悟が必要だ。当然、大きなリスクを伴いかねないものではあるが、そのリスクを最小化するように管理しつつ、変革を進める覚悟が求められるのである。

以上、日本全体の現在地と見え始めている取り組み事項、長期的に行うべきことについて論じてきた。いずれも、Strategy&の戦略コンサルタントのチームがクライアントと日々真剣に議論をしつつ、その支援について取り組んでいるものである。より詳細に見れば、業界によってその方向性や重点が異なるものもあり、ここからは主要な業界についての考察をまとめる。


出所:

*1:総務省, 2021. 「令和2年国勢調査」

*2:IMF, 2023. 「GDP per capita, current prices」

*3:小川真由, MONOist, 2021.「 日本は本当に『貿易立国なのか』、ファクトに見える真実」
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2108/02/news001_4.html(2023年4月5日閲覧)

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ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。

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