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世界的かつ全産業的にESG(環境・社会・企業統治)への対応が叫ばれるなか、最も大きな影響を受けている産業の1つが自動車だ。
そうした状況の一端を、世界の電気自動車(EV)販売がよく表している。Strategy&の調査では、2022年第3四半期に初めてEVの販売台数が200万台に到達したことが分かった。けん引役はEV市場が急速に拡大している中国で、2022年通期では前年比85%増に達した。米国も同88%増と勢いが出ている*1, *2。
今後2030年にかけて、環境基準関連の規制をリードしている欧州と、市場が拡大する中国が主導権を握る形で、EV販売の拡大が加速すると見られる。ガソリンエンジン車は当面存在し続けるが、市場の趨勢は今後一気にEVへと傾く可能性がありそうだ。
サプライチェーン網の混乱も直近2~3年の大きな課題だった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が引き起こしたパンデミックによって、労働者不足やサプライチェーンの混乱が生じるなか、ロシアによるウクライナ侵攻という地政学リスクが追い打ちをかけた。
National Association of Manufacturers(NAM、全米製造業者協会)のManufacturing Leadership Council(MLC、製造業リーダーシップ評議会)が実施した調査では、製造業者の91%が過去2年間にサプライチェーンを巡る混乱を経験していた(図表1)。
ロシアによるウクライナへの侵攻は、世界の外交関係に大きなひずみとストレスを与えた。今後さらなる地政学リスクの高まりが懸念されるなか、自動車産業はより強靭かつ柔軟なサプライチェーンの構築が欠かせなくなっている。
ESGの対応を迫られるなか、自動車製造のあり方にも変化が出てきた。広がりを見せるのが、製造から廃棄までの二酸化炭素(CO₂)排出量を管理する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」という概念だ。欧州ではすでにライフサイクル全体を通したCO2排出量の削減目標を掲げるメーカーが増えている。日本でも対応に向けた取り組みが一部で出つつあり、今後は自動車メーカーの競争力を左右する要素の1つとなりそうだ。
自動車メーカーを取り巻く状況の難しさは、ESGといった大きな潮流への対応に加え、テクノロジーの進展によって、自動車のあり方自体が大きく変化している点にもある。製造や販売といった自動車メーカー本来の領域にとどまっているだけでは、もはや生き残れる環境ではないという現実が目の前に迫っている。
そうした大きな変化の1つが、ソフトウエアが自動車の性能を左右する「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)」だ。言い換えるならば、自動車のスマートフォン(スマホ)化である。
これまでの自動車は、まずハードがあり、ソフトはそこに合わせる補助的な存在という位置づけだった。今後はそうではなく、ハイスペックな車体を用意しておいて、徐々にソフトをアップデートすることで高い機能をさらに引き出していくという流れになるだろう。ソフトをベースに自動車を設計し、ハードはそれに従うという従来と真逆の関係である。これに伴って、自動車メーカーもソフトウエア会社へと様変わりしていく可能性がある。
現在も安全性や利便性、エンターテインメントといった幅広い領域のソフトがコネクテッドサービスとして提供され、車両体験を向上させる流れが急速に広まっている。欧州、米国、中国の主要3市場の自動車メーカーは、さまざまな料金体系で自動運転やセキュリティ関連、リアルタイム交通情報といった多くのサービスを提供している。
2020年時点では、主要3市場におけるこうしたサービスの潜在的な追加収益は80億米ドル程度だが、2030年には約520億米ドル、2035年には約660億米ドルにまで拡大する見込みだ(図表2)。
変化はそれだけではない。顧客との接点の持ち方や顧客体験の面でも、対応が必要となりそうだ。販売店を介して顧客と接触する従来の手法ではなく、消費者と直接つながるD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)が、顧客ニーズに合致したものづくりやサービス開発の上でも今後は重要性を増すと見られる。
また、EV販売では一部のメーカーが取り組んでいるネットによる販売が、消費者の支持を得つつある。今後はバーチャルショールームといった多様なチャネルの構築が欠かせなくなりそうだ。
自動車“専業”メーカーを早期に脱しなければ、競争に大きく劣後する――。数えきれないほどの変化が意味することは、厳しい現実である。
自動車メーカーが今後対応すべきことは何か。これまでに触れた変化は、いずれも重要な課題であり、自社の置かれている状況を整理しつつ、優先順位やロードマップを策定して取り組むしかない。以下に主な課題と想定される施策を4つに整理した。
欧州におけるESG関連の規制は不可逆的であり、今後も流れは加速し続ける可能性がある。従来のガソリンエンジン車は早晩生き残れなくなる、というストレスシナリオを念頭に置いた対応が必要になるだろう。EVや燃料電池車(FCV)はもちろん、バイオディーゼル燃料に対応したエンジン車といった選択肢があるなかで、自社の強みを生かせる最適な組み合わせを早期に絞り、磨いていく必要がある。
LCA対応も急務だ。CO2排出量が実質ゼロの部材を車体に採用するといった動きも一部で出てきたが、日本の自動車メーカーは欧州勢に比べて対応が遅れているとの指摘も聞かれる。欧州勢を追い上げるためにも、部材選定の見直しだけにとどまらず、サプライチェーン全体を対象に取り組みのすそ野を広げていく必要がある。
ガソリンエンジン車に比べて参入障壁の低いEVには、多様なプレイヤーが入り乱れている。自動車専業メーカーとしての強みだけでは戦いづらくなっており、自社グループが持たないケイパビリティーを有するプレイヤーとの合従連衡の重要性がこれまでになく高まっている。
自動車メーカーの中には、デジタルサービスの基本ソフト(OS)を自ら手掛け、グループ内に広めるなどプラットフォームを築こうとする動きも出ている。だが、全ての自動車メーカーが自前で手掛けられるわけではない。OS自体は完成させることができても、他社との競合に耐えられるかどうかは別問題だからだ。そうした企業はソフトウエアの技術に長じた他社と提携するのが、現実的な解決策となるだろう。
難しいのは、手を組める相手が無尽蔵にいるわけではないことだ。有力な技術を持った企業は奪い合いになり、出遅れれば手を組めるプレイヤー自体が見当たらなくなる。動き出しの速さが重要になると言えそうだ。ただ、OSの提供者が覇権を握った一方で、端末メーカーの多くが苦戦したスマホの領域と同じ構図が待っている可能性もある。
EVの領域では半導体や電池といったキーデバイスも、自動車の性能や価値をこれまで以上に大きく左右するようになる。ソフトウエアと同様に、自動車メーカーの領域外で価値が生まれ始めているということだ。電気や水素といったエネルギー分野も含めて、さまざまな業界が自動車と融合し、その中でいかに強力かつ最適な合従連衡を組めるかが、自動車メーカーの将来を決めることになるだろう。
コロナ禍や地政学リスクによって、サプライチェーン網や生産体制をグローバルに再構築する必要性が高まっている。今後も台湾有事といった火種がくすぶっており、見直しを進めていく必要がある。
すでに欧州ではEV用の電池を域内製造するために工場を立ち上げる動きが広がっている。上記の台湾有事といったリスクが起きうることを前提とした取り組みであり、今後も同様の対応が拡大しそうだ。重要なのは、欧州や中国、北米といった一定の極で、ものづくりやサプライチェーンをなるべく完結させる仕組みであり、さらに地域を絞った地産地消といった選択肢もあるだろう。
その際にはモノの流れや製造だけではなく、組織のマネジメントや人材育成などといった点も、ローカルで運営していく仕組みが望ましい。これに対してグローバルの本社では、グループ全体のブランディングやリスク管理、ガバナンスという役割に加え、カーボンニュートラルといった大きな方針の旗振り役を担う「セントラライズとマルチローカライズの体制構築」を急ぐ必要がある。
この体制のメリットは、サプライチェーンの強靭化や柔軟化以外にもある。自動車に関連した消費者向けサービスが今後拡大する見通しについてすでに触れたが、取り組みを推進するには現地の顧客ニーズや規制に精通している必要がある。マルチローカライズは、こうした観点でも効果を発揮すると見られる。
押し寄せる数々の変化に対して、因果関係を踏まえたうえで優先順位やロードマップを策定するべきだと述べた。その際に重要なのは、全体としてどれに取り組み、何を捨てるのかを的確に判断することだ。
欧米企業の場合はトップマネジメントで迅速に方向性を決めて動き出すケースがよく見られる。一方、日本企業は組織の構造として、各部門から重要事項として上がってくる項目をつぶさに検討する傾向が目立つ。幅広い課題を認識して対応できる半面、取捨選択しきれないことで迅速な対応が取りづらいというデメリットにもつながる。
不確実性の時代において、次々と生じる課題や変化への判断が後手に回るということは、組織の致命的な弱点になりかねない。意思決定のラインをシンプルにしたり、社内の役割を明確にしたりするなど迅速かつ的確な判断ができるような組織体制にするほか、リアルタイムで情報を収集して分析するインテリジェンス機能の抜本的な強化が必要となる。
マルチローカライズの体制を敷くなかで、どこまで現地の状況を把握し、細かく判断していくのかというのは難しい問題だ。サービスビジネスを含めて基本的にはローカルの事業は現地に委ねる一方、どういう指標で結果を判断し、それによってはトップの更迭や事業撤退をするといった明確な線引きを設けることが必要になるだろう。
大規模な成長市場を持つ中国、環境規制をリードする欧州、そしてテクノロジーの新陳代謝が激しい米国。新しい自動車産業の主導権は、この三者が握りつつある。これら地域・国の企業は市場や技術、規制の流れなどから産業のトレンドを察知しやすいアドバンテージを持っており、一定以上の反射神経と判断力があれば変化にも対応できるだろう。
残念ながら、こうした主導権を失いつつある日本勢は、変化を感じてから動き出したのでは後手に回るしかない。反射神経では勝負にならず、先見性をいかに磨き、先手を打って迷いなく改革につき進めるかが生命線となる。
減点主義や前例踏襲など、スピードと判断力を削ぐ文化は残っていないか。トップマネジメントに必要な組織形態や情報収集・分析の機能は整っているか。最低限これらをクリアすることが、この先の競争のスタートラインに立つ条件とも言えるだろう。
改めて自らを見つめ直す時が来ている。
出所:
*1: Strategy&, 2022「, Electric Vehicle Sales Review Q3 2022」
*2: Strategy&, 2023「. Electric Vehicle Sales Review Q4 2022」
PDFファイル内の執筆者の所属・肩書きは、レポート執筆時のものです。
ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。