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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が引き起こしたパンデミックによって、絶頂から奈落の底に転落した観光・宿泊業界。緩和と緊張が繰り返されたウィズコロナの段階を過ぎ、再び息を吹き返しつつある。
2022年10月には日本に入国・帰国する際の水際対策が緩和されたほか、今年5月8日からは感染症法上の分類が、季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行した。アフターコロナ期が到来したと言えよう。
行動制限や水際対策の緩和、感染者数の低減などを受けて、観光客数は回復傾向が鮮明になってきた。観光庁の宿泊旅行統計調査によると、2023年2月の国内延べ宿泊者数は4,039万人泊であり、22年同月比73.5%増、コロナ禍前の19年と比べても7.2%減の水準まで持ち直した*1。
インバウンド(訪日外国人)も再び日本に戻りつつある。日本政府観光局(JNTO)がまとめた23年1-3月の訪日外国人客数(推計)は479万人で、19年同期比59%まで回復している。直近に「ゼロコロナ」政策からの転換が行われた中国を除くと、19年同期比で79%まで復調。米国(101%)、ベトナム(131%)のように4年前の同時期を上回る国も出始めている*2(図表1)。足元の円安傾向も手伝って、23年はインバウンド需要の急速かつ持続的な復調が続く見込みだ。
世界的にも旅行需要の回復基調は鮮明になってきた。国連世界観光機関(UNWTO)は1月、地政学リスクや景気減速などのリスク要因はあるものの前向きなシナリオの場合、23年の国際観光客到着数はパンデミック前の80~95%に達する可能性があると公表している*3。
一連のデータを踏まえれば、日本における旅行需要の先行きは直近の3年と比べてかなり明るい見通しだと言えよう。だが懸念もある。日本国内では急激に物価上昇が進む一方で賃金は上がりにくい状況が続いており、個人消費が低迷すれば旅行需要に冷や水を浴びせかねない。
また、コロナ禍の影響が直撃した観光・宿泊業は政府の各種支援や自助努力で何とか苦境に耐えてきたが、実需の回復と共に、経年の課題である経営の健全性確保に改めて向き合うことになる(図表2)。需要の安定化、業務効率の向上、コスト削減、人手不足の解消など、コロナ禍以前から業界として抱えている経営課題群に対し、スピード感を持って取り組む必要がある。
COVID-19の感染拡大によって人の行動が大きく制限されたことで、多様な観光の形態が生まれた。例えば温泉や観光地に滞在して仕事と休暇を両立する「ワーケーション」。リモートワークの定着によって働く場所の縛りがなくなったほか、人が密集しない郊外で感染リスクも低減できることからニーズが高まった。
ワーケーション需要も狙った高級宿泊施設が誕生しているほか、首都圏の企業がリモートワークを許容し、都心以外にオフィスを構えるといった動きが活発になっている。地方自治体も潜在的移住者にお試しで地域を知ってもらう格好のチャンスと見ており、ワーケーションの環境を整えることで交流人口を増やし、移住につなげるケースが出てきた。
以前の国内旅行と言えば複数日の宿泊を前提とした旅行形態が主であったが、公共交通機関を長時間利用することによるCOVID-19感染の懸念から、こうした概念も大きく変わった。新しい旅の形として脚光を浴びたのが、自家用車などで近場の観光を楽しむ「マイクロツーリズム」だ。
日帰りまたは1泊程度の小旅行で、今回は自然満喫、次回は文化観光のように、リピートを前提とする立体的なプログラムを充実させている観光・宿泊事業者も増え、同じ地域を異なる季節に複数回訪れるといった観光の仕方が新たな選択肢として芽生えてきた。
ターゲット客の半径が狭まるなか、地元客に目を向ける事業者も増加。近隣地域の人でも知らない魅力的なスポットを紹介するツアーのほか、周辺のディープな飲食店といった情報の提供が人気を呼んでいる。こうした動きは、今まで気づいていなかった地域の観光資源を再発見し磨く好機となり、近場ゆえにオフシーズンに安価で訪れやすいといった消費者のニーズも満たす。
一方、業界を取り巻く深刻な課題もある。宿泊業界における人材および人手の不足はその1つだ。帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2023年1月)」によると、人手不足割合の上位業種において旅館・ホテルは正社員・非正社員とも1位であり、その深刻さがうかがわれる(図表3)。
不規則な勤務形態や長時間労働、デジタル化や業務の効率化の後れ、低賃金のイメージから、観光・宿泊業における人手不足は長年の課題ではあった。そうした環境からさらにコロナ禍を受けて雇用調整をせざるを得ず、他の業種に人材が流出。観光需要が回復しても供給サイドの労働力が戻らないリスクを抱えている。
観光の現場だけではなく、企画機能を担う人材も不足している。観光地域づくりの舵取り役として次々と設立された観光地域づくり法人(DMO: Destination Management Organization)には、地域のステークホルダーの調整機能に加え、戦略立案やデータマーケティングを推進する役割が求められている。そうした専門人材は地元には乏しく、自治体の観光部門や観光協会などからの人材供給にある程度依存するDMOも少なくない。
観光・宿泊業界においては、さまざまな階層において人材と人手が足りない状況が続いている。
コロナ禍を経た観光・宿泊業界では多様な変化と新たなビジネスチャンスが生まれ、観光需要も戻りつつある。そうした機会を生かすには、スピード感を持ってコロナ禍前からの課題を着実に解決していく必要がある。観光・宿泊業界においては、個別の事業者の視点を越え、地域や国の単位でより中長期的な視点から取り組むべきテーマも存在する。紙面の関係で主要なものを以下でご紹介したい。
スマートフォンをはじめとするデジタルツールの普及により、旅行者は適切な情報にアクセスし、旅行行動を決めることが可能となった。豊富なデジタル情報への容易なアクセスや選択肢の広がりは、今後も旅行者の利便性を高めていくだろう。
一方でこうした環境は、旅行者の情報検索が宿泊・食事・移動といった旅行の主要要素単位である点や、旅行者に必ずしもプロアクティブにリーチできていない点で、地域単位でとらえると機会ロスが発生しているとも言える。例えば、某鉄道駅に到着した家族連れのケースを思い浮かべてみる。宿泊先のチェックイン時間まで余裕があるため、立ち寄れるカフェを自ら検索し、そこで時間を潰してから宿泊先にチェックイン、以後は宿泊先の周辺を散策して1日を終えたとする。この場合は宿泊先以外にたまたま探し当てられたカフェにしか消費が落ちず、旅行者視点でもこの旅行ならではの体験を満喫したとは言いがたい。
本来この鉄道駅周辺には、特別展を行っている美術館、子供と釣り体験ができる河川、桜の美しい寺院、夕方市のある商店街、夜間ライトアップされた散策路などがあるかも知れない。それら一つ一つを旅行者が探索するのではなく、情報同士が連携され、複数の提案コースとして現地にいる旅行者へプロアクティブに働きかけることができれば、旅行者にとってはその旅ならではの体験がより充実し、地域経済への貢献も大きくなる可能性がある。今回は回り切れなかった場所が、近い将来の旅行における訪問先の候補になることもあるだろう。
以上のような環境は、各事業者の保有する情報がデータ化されてプラットフォーム上で連携し、旅行者の特性(嗜好・旅行形態・時間制約など)に応じて情報提供するスキームを構築することなどで実現される。旅行環境という特性上、空き状況や、アクセスにかかる時間の提示など、ある程度のリアルタイム性を確保することも重要だ。
特に地方の観光関連事業者においてはデジタル化が後れており、昨今のテクノロジーが実現できる環境を十分に理解できていないことも多い。一方のプラットフォーマーやDX事業者は、どこにどのようなニーズがあるかを把握しきれていない。観光事業者とサービス提供者とをマッチングする仕組みづくりのほか、自治体や観光地域が旗振り役になって相互のアクセスを容易化する取り組みも必要だろう。
他の業界と同様に、観光・宿泊業界においても持続可能性は重要なアジェンダである。観光客が目的地を選択する軸の1つとして、近年は環境への影響が重視されている。観光客の集中に伴う騒音や渋滞、ごみの発生など、いわゆるオーバーツーリズムの課題はコロナ禍以前から議論されてはいたが、最近では移動に伴う温室効果ガスの排出量や、会議や飲食など現地での過ごし方に伴う環境負荷についても目が向けられている。
こうした動きは、観光客が自分たちの行動や意識に対して責任感を高め、よりよい観光地形成に参加するというレスポンシブルツーリズムの考え方とも親和性がある。近年では環境への「負荷軽減」から一歩進み、環境への「貢献」を組み込む旅行形態も増えてきた。旅行先において環境対策の考え方や取り組みを学ぶような教育的なものから、旅行者それぞれが環境に及ぼした影響を定量化し同等の金銭等によりオフセットするもの、地域の環境保全活動への参画を組み込むものなど、幅広く用意されつつある。
観光地域のサステナビリティは、そのような自然環境的な狭義の意味合いに加え、コミュニティーや地域経済をいかに発展させるかといった要素を考え合わせる必要がある。いわば儲かる仕組みの中でそれらを複合的に成立させていかなければならない。
そうした要素を観光事業者単位で最適化することはなかなか難しい。自治体や観光地域の単位で感度を上げ、旅行者と地域双方にとって魅力的な旅行商品の造成、環境面における国際的な認証・評価制度の取得、地域への貢献の見える化などを推進し、地域や観光事業者を動機づけしていくことが重要である。
今後の観光は教育的な色彩を帯び、社会貢献をもたらす活動として再定義される可能性がある。旅行者は旅行体験を通じ、地域や環境への貢献を果たすことを目的として旅行先を選定する。観光地域は、旅行者を受け入れることで地域の価値を維持向上し、さらなる旅行者や定住者を呼び込むことにつなげていく。それぞれの価値が複合的に連鎖し、発展させ合うような観光モデルが今後は進展していく。
国内の大学には観光学部・観光学科がおよそ50程度、コースや専攻に観光の名の付くものを含めると100以上存在するが、少なくない卒業者が観光・宿泊業以外に就職してしまう。このような課題に対応すべく、各大学では実地での観光現場の体験をプログラムに組み込み、長期間のインターンシップ等を通じ就職機運を高めてきた。取り組みは一定の成果をあげているが、今後は求められるケイパビリティを再定義し、より専門性の高いスキル獲得を目指すことが期待される。
一例として、利害関係の異なるさまざまなステークホルダーを調整して最適化するリーダーシップ能力や、他業界でも通用するレベルの統計分析スキル、デジタルをベースとしたマーケティングスキルなど、必ずしもこれまでのカリキュラムではカバーされてこなかった範疇のものが挙げられる。そのためには教える側の多様化も追求する必要がありそうだ。
また、今後の観光現場を支える存在として、シニア人材の安定確保は1つのカギになると考えられる。特に主要都市圏で働いていた人たちの定年後のキャリアとして、地方の観光業界への就業を促進する余地がある。シニア世代は、Iターン・Uターンといった地方の移住政策とも相性がよく、旅行経験も豊富であり、長い社会人キャリアで培われた対人能力の発揮も期待される。海外駐在経験がある人は多言語対応もできる。
観光の概念が地域経済や環境への貢献へと進化するのに伴い、次のキャリアにおいても社会貢献を果たしたいシニア人材のニーズとも符合することが想定される。今後は、地方の観光人材ニーズをくみ取り、シニア人材とマッチングするサービスに成長の余地がある。
観光・宿泊業界に既に従事している人への研修やリスキリングの機会を確保することも重要だ。現状では、OJTや同一企業内のサービスマナー研修など、働く人が能力を伸ばす機会は限定的だ。今後は同業他社における研修のほか、異業種経験や就学・留学を含めた幅の広い学びの機会を提供し、スキル向上を促進することが望ましい。
そうした人材確保や人材育成を推進するためには、労務環境や雇用形態の見直しと共に待遇の改善を図る余地が大きい。不規則な勤務形態や非効率な業務環境を改め、公休日や休館日の設定、人事制度の見直しやデジタル技術の導入でよりよく変化させ、求める人材がサステナブルに働き、学ぶ環境を作る必要がある。
日本交通公社(JTBF)と日本政策投資銀行(DBJ)が2022年2月に公表した外国人旅行者の意向調査によると、「次に海外旅行したい国・地域」において、日本はアジア居住者の間でも米国・欧州・オーストラリアの居住者の間でも、それぞれ1位だった。理由としては「以前も旅行したことがあり、気に入ったから」が両者ともに8割を超えており、リピーターの需要が高いことがわかる*4。豊富な観光資源や安全性、高品質な接遇などが、一度は行ってみたい国、一度行くとまた行きたい国としての日本の地位を高め続けている。
コロナ禍によって業界全体は大きなダメージと停滞を迎えたが、この衝撃を奇貨として観光のあり方を再考し必要な準備をする段階を迎えている。足元の好調な需要に対応しつつ、そうした中長期的な視点での業界の進化を期待したい。
出所:
*1:観光庁, 2023. 「宿泊旅行統計調査」
*2:日本政府観光局, 2023. 「訪日外客統計」
*3:国連世界観光機関, 2023. 「世界観光指標」
*4:日本交通公社、日本政策投資銀行, 2022. 「DBJ・JTBFアジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査(第3回 新型コロナ影響度 特別調査)」
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ストラテジーアンド・フォーサイトは、PwCネットワークの戦略コンサルティングチームStrategy&が、経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆さまに向けて発行する定期刊行物です。日本企業の方に興味を持っていただけると思われる記事をリーダーシップチームのメンバーが執筆、また欧米で刊行している季刊ビジネス誌「strategy+business」およびグローバルで刊行している冊子や調査報告書の中から抄訳し、ご紹介させていただいております。