深化・拡大する医療・製薬業界、問われる合従連衡の巧拙 ―医療・製薬業界の展望を探る―

市場成長止まる日本、緻密なグローバル戦略必須に

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の本格的な感染拡大から3年が経過し、収束傾向が日本国内でも鮮明になりつつある。

国立感染症研究所によると、4月中旬の1週間では人口10万人あたりの新規感染者数が46人となった*1。5月8日からは感染症法上の分類が、季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行。コロナが日常の一部となり、マスク着用といった感染対策も個人に委ねられるアフターコロナの時期が到来したと言えるだろう。

この間、パンデミックの波に大きく翻弄されつつも対峙し続けてきたのが製薬業界だ。富士経済によると、感染拡大が本格化した2020年は、医療機関での受診を控える動きが広がり、日本における医薬品市場は8兆5,497億円と前年比2.3%減少した*2。その一方で、日本を含む各国政府は医療関連の予算を手厚くしたほか、ワクチンや経口抗ウイルス薬への需要増という追い風が吹いた。

アフターコロナによって、ワクチンや治療薬の特需が消えることを「崖」に例える向きもあるが、2024年からの医薬品市場はコロナ禍前のトレンドに戻って緩やかながらも成長すると見られている。IQVIAによると、世界の医薬品市場は年率3~6%で成長し、2027年には1.9兆米ドル(COVID-19のワクチンと治療薬への支出の影響を除く)に達するという。

ただ、地域によって動向は大きく異なるようだ。2027年までの5年間で、ラテンアメリカは7~10%、インドは7.5~10.5%、アジア太平洋は5.5~8.5%の高い成長が見込まれる。人口の増加に加え、製品構成が高価な医薬品にシフトすることが主な要因となる。主要市場においても北米は2.5~5.5%、西欧は3.5~6.5%と安定的に拡大する見通しだ。

一方、日本では平均-2~1%と停滞が目立つ。少子高齢化の進展によって増加が見込まれる医療費を抑制するため、薬価改定の頻度を2年に1度から毎年に変更したほか、ジェネリック医薬品への移行が進むためだ。価値の高い新薬には一定水準の薬価が認められるものの、それ以外は段階的に引き下げられることで、横ばいが続くこととなる。

ただ、米国と比べた薬価の低さなどから、日本市場の魅力は急速に低減しているとの見方がある。2027年までには市場規模でドイツに抜かれて世界4位になるとの予測もあり、世界において日本市場は存在感を失いつつある*3

製薬会社にとって、足場となる日本市場が沈下するなか、緩やかながらも成長が見られる欧米へ本格的にシフトしつつ、インドやラテンアメリカといった成長市場でいかに種をまけるかが長期的には避けられないテーマとなるだろう。これまで以上に緻密なグローバル戦略が日本の製薬会社には求められる。

予防医療や新薬開発、すそ野広がる医薬品の領域

製薬業界を翻弄したコロナ禍だが、これまで重要視されてきた中長期的なテーマは大きく変わっていない。代表的な例がAIを用いて大規模なデータ解析をしたり、新しいモダリティ技術を活用したりする新薬の開発だ。細胞医療や遺伝子医療、核酸医薬などといった新たなモダリティが、医薬品市場に占める割合は今後さらに拡大が見込まれている。既存の主力医薬品の特許が切れる前に、こうした領域の新薬をいかに素早く開発できるかが、製薬会社の将来を左右することになる。

ただ、従来の低分子化合物による医薬品とは、開発の仕方や難易度が大きく異なる。また、遺伝子情報を解析するゲノミクスなどによって効率よく候補物質を見つけられるようになり、開発期間の短縮につながる半面、膨大なデータの中から革新性の高い、意味のあるインサイトを発見するためにはAIによる解析が欠かせなくなってきた。医薬品開発の領域が急速に広がっていると言え、国内でもスーパーコンピューターによるデータ分析を得意とする大手電機メーカーやIT企業が創薬領域に参入している。

海外でもテックジャイアントが次々とバイオベンチャーを買収してきたほか、ベンチャーキャピタル(VC)から巨額の投資を集めるバイオベンチャーの誕生も勢いづいており、業界内のプレイヤーが急速に多様化している状況だ。

こうした新たなモダリティ開発において、ワクチンを除けば日本の製薬会社はオリジネーターとして一定の地位を保ってきた(図表1)。例えば、細胞医療では米国、韓国に次ぐ3位の承認済み製品数を有するほか、ワクチン以外の遺伝子治療においても承認済み製品数は米国に次ぐ2位につけている。遺伝情報であるRNA(リボ核酸)を創薬に生かす核酸医薬は、承認済み製品数が10を超える米国の独壇場だが、2位のドイツと並んで日本も1品が承認されている。

ただ、臨床開発品目数に目を向けると状況は様変わりする。細胞医療では中国や韓国に水をあけられ4位、ワクチンを除く遺伝子治療では7位、核酸医薬も3位といずれも順位が後退。さらに前段階の前臨床開発品目数でも状況はほぼ変わらない*4。欧米だけではなく、台頭する中国・韓国勢に押されつつあり、相対的な地位の低下が懸念される。

他の業種と連携して新たな付加価値を生み出す必要性が高まっているのは、医薬品開発だけではない。治療の領域でも同様の流れが加速しており、その端的な例が予防医療だ。

高齢化社会が今後さらに進行するなかで、高齢者の健康寿命をいかに延ばせるかは社会にとって大きな課題となる。まだ病気を発症していない未病者の行動変容が必要となるため、運動や食事といった生活習慣、活動量や健康状態を継続的にモニタリングするツール、収集したデータを活用したサービスなど関連する領域が大幅に拡大。個人を取り巻く新たなヘルスケアのエコシステム構築が、今後は欠かせなくなる。

予防医療の世界でも、健康データを解析・活用するテクノロジープラットフォーマーのほか、質の高い睡眠や食事に関連する食品メーカーなど、製薬とは異なる領域の企業が果たす役割が大きくなりつつある。また、健康的な行動をすることで料金を割り引いたり、特典を与えたりする保険商品が登場するなど、新たな切り口で参入してくるプレイヤーも多い。治療に軸足を置いていた製薬会社や医療機関にとっても、新たな顔ぶれと連携することで、これまでになかった価値を提供することができよう。

前述の新薬開発を含め、すそ野が広がりプレイヤーが多様化するということは、プロフィットプール(市場全体の営業利益の総和)が拡大しつつも配分は変わっていくことを意味する。今後は特にデジタルやゲノムといった高度なテクノロジーの重要性が一層高まることから、旧来型の事業や領域にこだわり続ければ、得られる利益の目減りは避けられなくなるだろう。

新薬開発やグローバル展開、立ち位置定め連携を

製薬の領域が急速に拡大して他業種と融合しつつあるなか、製薬会社は成長に向けて、どのような対応を進めていくべきか。取り組むべき施策を提案したい。

1. 特定のケイパビリティによる差別化を明確にし、自社のポジショニングを定める

まず大切になるのが、特定のケイパビリティによる差別化を明確にし、自社のポジショニングを定めることだ。得意とする疾患領域やモダリティ技術、バリューチェーンを軸にした製造技術など、自社が強みのある領域、今後伸ばしていくべき方向性を明確かつ早急に定義する必要がある。

ただ、自社の強みを分析する際には、特定の製品や既存の設備といった個別の要素に注目しすぎると、見誤る可能性がある。見つかったケイパビリティの価値がどこに宿っているのかを詳細に分析し、市場において優位なポジションにつながるという根拠まできちんと突き止める作業が必要だろう。そのケイパビリティを徹底的に磨き上げるための重点的な投資に加え、戦略対象から外れたケイパビリティへの投資を削減して原資をねん出するといった取捨選択も欠かせない。

2. 新薬開発に必要なアライアンスの全体像を描き合従連衡を急ぐ

徹底的な強みの分析は、不足しているケイパビリティという弱みの把握にもつながる。何を自社で獲得し、外部企業や研究機関にはどこを補ってもらうのかという全体像を、将来も見越しながら描かなければならない。そして実際にアライアンスを組んでいく必要がある。

特に社外との連携の重要性を増しているのが新薬開発の領域だ。求められる専門性が飛躍的に高まるなか、製薬会社単独で医薬品のシーズをゼロから作る時代は終わりを迎えつつある。学術機関や研究施設の知見を得つつ、異業種やスタートアップの技術とノウハウを生かす流れをいかに早く構築できるかが問われている。

そもそも、研究開発や医薬品の製造で必要となる設備も従来とは大きく異なる。細胞医療や再生医療の場合、個人の細胞を採取して培養し、厳密に保存・管理をする一連のプロセスに基づいた設備設計が必要になる。無菌の操作環境や細胞の取り違い防止の仕組み、汚染の拡散防止、清浄化手段など多様な要素が欠かせず、自動化のための高性能なロボットを含めて投資費用は莫大だ。グローバルで事業展開をするならば1つの拠点では済まないため、自社単独で全てをまかなえる企業は限られる。

3. アライアンスにおける結節点としての機能を高めて効果を最大化する

提携先を見つけるにあたっては、特定したケイパビリティの磨き上げが前提になると述べた。ただ、こうした協力関係の効果を最大限引き出すためには別の要素も必要になる。幅広いステークホルダーとの間で、製薬会社が結節点となり、プロジェクトリーダーの役割を果たすことだ(図表2)。

新薬開発では研究、開発、製造、販売といった長大なバリューチェーンが横たわり、医療機関や材料メーカー、評価機器メーカーなど多岐にわたるステークホルダーが参画する。自社単独でカバーする領域と、他社と協業するか完全に委ねる領域を、プロジェクトのコアメンバーの中で整理する必要がある。加えて、コアメンバーがカバーしていない領域は、追加メンバーを選定して臨床開発から参画してもらうといった段取りも組まなければならない。

調整力に加えて創薬や安全性、薬事コンプライアンス、マーケットアクセスといった幅広い知見が求められるため、リーダーとなれる人材を意識的に育成していかなければアライアンスは機能マヒに陥りかねない。多様な組織を横断的かつ機能的にリードするマネジメント力を組織として養えるかが、アライアンスの効果を左右すると言っても過言ではないだろう。

4. 主要な欧米市場で事業を育てつつ、新興国市場で種をまく

目線をマーケットに転じたい。日本の医薬品市場規模は当面横ばい圏で推移するものの、長期的には医療費抑制のプレッシャーによって縮小は避けられなくなりそうだ。緩やかながらも成長がみられる巨大な欧米市場で事業を育てつつ、急速に市場が拡大する新興国にも足場を徐々に築くなど多方面に目配りをしたグローバル戦略がより重要になる。開発拠点を北米といった主要市場に置くほか、新興国を含めて各地の市場環境に適した地域ごとのコマーシャルモデル構築が手立てとなりうる。

ただ、グローバルファーマと呼べる規模の企業は日本に数少なく、日本人の役員や管理職によるマネジメントが主流の日系企業が依然として多い。組織としてのグローバル化が進んでいないことに加え、自前で大規模な海外展開を手掛けられる資金を持っている企業も限られることから、アライアンスを組んで事業エリアを広げていくのが、多くの企業にとって現実的な選択肢となるだろう。自社と提携先の強みや組織的なリソースを踏まえ、勝てる可能性のある領域を見極めつつ、どの市場は自ら開拓し、どの市場は提携先に任せるのかを早急に整理していく必要がある。ここでも前提となるのがケイパビリティの特定と磨き上げだ。

先行き予測、技術主導で困難に 早期のケイパビリティ特定欠かせず

製造業では自動車産業を中心にESG(環境・社会・企業統治)の取り組みが加速し、脱炭素や生物多様性といった事業環境に直結するルールが欧州主導で定まりつつある。製薬業界も同じ環境に置かれているが、つぶさに見れば状況はよりシビアかもしれない。規制は多国間の合意を得つつ人間が決めるものであり、どのような厳格なルールであっても一定の期間をもって施行される。変化は事前に周知されることから準備を進めることも可能だ。

一方、製薬業界においては遺伝子工学やデータサイエンス、AIといった先端技術の与える影響が高まっている。加速する技術の進化は将来予測の難しさにもつながり、常に潜在的な危機とチャンスにさらされることになる。どこでどのような技術が生まれて研究されているかといった最新の知見や動向、情報を得ていなければ、実用化された技術によって突如として競争環境が変化する危機(他社にとってのチャンス)に見舞われかねない。メガファーマや大手電機メーカー、テックジャイアントが豊富な資金力を背景にバイオベンチャーを買収し、その買収でさらに知見を得て別の企業を取り込んでいけば、情報と技術の格差は一層広がるだろう。

日本の製薬会社が足場とする国内の医薬品市場は成長を見込みづらいうえ、欧米やアジア勢の新薬開発スピードは速まっている。後れを取らないためにも、異業種や研究機関との連携による速やかな新薬開発、そして同業他社との提携も視野に入れた海外展開が重要になることは先述した。ただ、手を組める相手は無尽蔵に存在するわけではなく、陣取り合戦が日夜繰り広げられている。前提となるケイパビリティの特定と磨き上げにどれだけ素早く取り組めるかが、製薬会社の先々の運命を決めることになりそうだ。


出所:

*1: 国立感染症研究所, 2023.「 新型コロナウイルス感染症の直近の感染状況等」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/11995-covid19-ab121st.html(2023年5月16日閲覧)

*2: 富士経済, 2022.「 2030年の医療用医薬品市場をフォーキャスト」
https://www.fuji-keizai.co.jp/market/detail.html?cid=22082&view_type=2(2023年4月6日閲覧)

*3: IQVIA, 2023.「 The Global Use of Medicines 2023」

*4: Informa Citeline PharmaprojectsをもとにStrategy&にて分析


執筆者

石毛 清貴

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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